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「やりすぎですよ、先輩」
「……ちっ」
二人の後輩たちが去った屋上に、ぽつりと呆れ声が響いた。
声が聞こえてきた方向に視線を向ける。向かって正面、塔屋の影からひとりの女子生徒が腕組みしたままゆっくりと姿を現した。
毛先に緩くカールがかかったセミロングの髪が、穏やかに吹き付ける恵風にさらりと揺れる。
こつんこつんこつん……。
ゆっくりとした足取りで近寄ってくる足音に、海は罰の悪そうに視線を逸らした。でも、それも一瞬。すぐにあっけらかんとした態度に翻し、悪びれもなく笑って見せる。開き直ったのか、いつもの調子に戻ったのだろう。
「まあ、彼女を取られたのは事実だし、それに、最初にボコれって言い出したのはお前の方だろ、なあ彩花?」
あくまでも、自分は指示され通りにやりました……と海は自分の意見を主張した。大義名分は自分にあるのだとそう宣った。
そんな自己中心的な言い分に、彩花と呼ばれた女子生徒は、盛大なため息を吐き出した。言いたいことが上手く伝わらなかったと言わんがりの態度。いや、実際、正確に受け取ってもらえなかった。
「だからと言って、私は、あそこまでの横暴を頼んだわけじゃない」
確かに、「これから屋上に来る男子生徒を軽く痛めつけてくれ」と頼んだのは彩花だ。けれど、大切なのは、あくまでも軽く。やっても一発殴る程度で十分だった。
そのはずだったのに……。
彼女は、自分の中に確かな苛立ちを覚えながら、思いを言葉に乗せる。
「あの一方的な蹂躙劇は約束の規定違反、先輩、もしかして私との約束、忘れたんじゃないですよね?」
もし、海の答えが想像と違えるものだったら、スマホのフォルダーに入れたばかりの暴力行為の映像がどうなってしまうかわからない。
ひとつだけはっきりしているのは、事この件に関して、ひとりの男子生徒の行末がどうなってしまおうが彩花には知ったことではないということだけ。
約束は、先に破った方が悪いに決まっているのだから。
「……ちっ、くそっ、わかった。俺が悪かったよ」
けれど、海が自らの非を不承不承ながらにも認めたことで、その考えはすぐさま捨て去った。海の暴走により思わぬアクシンデントに見舞われたものの、大方計画に問題はない。それに、計画の一端を知っている海の協力を失うのは痛手でもある。
「でもよ、わざわざ智花にビンタさせるような真似をさせなくても、お前が最初からあいつの役所に就いてれば済んだ話じゃないのかよ?」
不満げな声が彩花のやり方に懸念を抱く。確かに、海の言っていることもわかる。
「それは無理ですよ、先輩」
彩花は、海の案を意図もたやすく一蹴して見せた。そこに一考の余地もなかった。
「だって私、あの人に死ぬほど嫌われていると思うから」
逆に嫌われていない方がおかしいと彩花は思う。あんだけのことをやっておいて、忘れ去れている方が不気味で不愉快だ。だから、こんなにも手間のかかる方法を取っている。
「まあ、それはいいけどよ……」
背筋に薄ら寒い何かを感じ取った海が半ば強引に話を終わらせた。このまま地雷を踏みそうな、そんな予感がしていたから。けど、海にとってはここからが本題になる。
「それで?お前の方こそわかってんだろうな。守れよ、俺との約束」
「わかってますよ、機会は、私が用意しますから」
それだけ伝えると、濃紺色のスカートを翻した彼女もまた、二人の消えた屋上から出て行った。
獲物を前に、舌舐めずりするような薄ら笑みを浮かべる狩人だけを残して——。




