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「おーい、優太。ちょっといいか?」
昼休み。
午前中最後の授業を終え、弁当を忘れたことに気づいた優太が購買から仕入れてきた焼きそばパンを自席で食べ終わった直後のこと。
何やら神妙な面持ちを浮かべた慧が、唐突に教室の中に入って来たのはまさにそんなタイミングだった。そして、もれなくその途中で見知った人に話しかけられるのも毎度お馴染みのこと。
人気者は今日も人気者だった。
「おっ、今日は弁当じゃないんだな」
実際、窓際の席に座る優太のもとまでやって来る頃には、たっぷり一分ほど経過していた。
「まぁな」
「残念、お前の母ちゃんが作った弁当を楽しみしてたのになぁ」
本気とも冗談ともとれる言葉を口にしながら慧が優太の前の席へと座る。その席は女子生徒の席で、件の席の主である女子生徒は教室の端で友達と弁当を食べている。
「……戯けめ、モテ男にやる弁当などないわ」
教室の端のほうからちらちらと刺さる視線を感じながら優太は悪態をつく。そんな優太の言葉に慧はふっとニヒルに口を歪ませた。
「やめときな、兄弟。僻みは男の格を落とすんだぜ?」
「死ぬまで言ってろ」
「おいおい辛辣かよー」
容赦も情けもない優太の言葉を受けても、慧は気にする素振りはない。慧と優太のふたりは高校一年からの付き合い。さすがに冗談だとわかっているのだろう。が、優太自身がどれほど本気で言ったのかまではわからない。
「ちっ、この幸せ者め」
彼の目は本気で僻んでいた。少なくても、慧にはそう見えた。
「まぁまぁそう僻むなって。て、俺もそれほどモテはしないから僻まれて意味がないんだけどな」
「……」
「ん? 何、俺、何かおかしなことでも言ったか?」
「……いや、何も」
世の中には知らない方が幸せになれるようなことが多く存在する。ただ、それを知っている人物も、意外と近くにいることぐらいは気づいていた方が良いとも思う。もちろん、それを教えてあげるほど優しくない人間が存在することも含めて。
「んで、いったい俺に何の用だ?」
当然、優太には慧に用件などありはしない。
「用がないと来ちゃだめなの?」
「やめろ、その彼女っぽい言い方。普通に気持ち悪いだろが」
背筋に悪寒が走った。思わず、二の腕あたりを軽く摩ってしまう。ついでに、教室の中央付近で団を組んでいる女子グループの視線がさらに居心地を悪くしてくる。誰とまでは言わないが、特出すべきは昨日の放課後、呼び出されたあの女子生徒の視線で間違いない。
また呼び出されては敵わない。優太はそう結論に達した。
「用件を早く言え。苦労をするは俺なんだぞ」
「優太が苦労? どうして?」
慧は恵理から好意を寄せられていることを知らない。だから、何も知らない慧が無邪気とも言える疑問を口にするのはある意味で当たり前のことだった。
そして、そのことを失念していた優太があっさりその理由を口にしようとしたとき、恵理から凄まじいほどの視線を感じ、咄嗟に口を噤んだ。
「おい優太、さっきの苦労ってなんだよ」
優太を見る慧の瞳が思慮の色を帯びる。だが、優太は顔に脂汗を浮かべたまま何も話そうとはしない。
そんな優太の挙動が慧に閃を与える。
「な、なぁおい、優太……、お前、まさか俺のことで何か——」
「ば、ばっかお前、俺がお前なんぞのことで困らせらているわけないだろっ! 気のせいだ、気のせい、全部気のせいだ忘れろすべて忘れろいいなっ!」
「お、おう……」
優太のあまりの必死な抗弁に慧は気圧されるように頷いた。世の中には知らないほうが幸せなことがあるのだろうと、今は納得しておくほかない。なぜか、今の優太を見た慧はそう思うのだった。
優太は慧の優しさに救われた。いや、問題を引き起こしているのは頬を引きつらせ引いている慧自身なのだが、彼に罪はない。強いて言うなら彼が異性にモテるだけの魅力を持っているのが悪い。優太にできるのはこの世の不平等を嘆くことだけだろう。
しかし、嘆いていてもピンチは続く。今もなお、教室の真ん中からは虎を連想させる彼女の視線はびしばしと感じ取れる。なぜ、優太がこんな思いをしなければならないのか。優太には一切の罪はないのに……。
「おっほんっ! それでは、お前がここに来た用件を聞こうではないか」
「なぜ急に自慢げ? お前の中で何があったっ!?」
「何も聞くな……。ただお前は用件を口にすれさえすればいいのだ」
「諦め顔っ!? いやほんとうに何があった!」
「うるせぇ! モテモテクソ野郎はさっさと用件を言いやがれってんだっ!」
「うわぁ、今度は急にキレやがった、訳わかんなねぇって!」
それから、なぜかキレ出した優太を落ち着かせるのに五分ほど掛かり、慧は当初の目的を優太に伝えること成功したのだった。




