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【22万PV突破!】Anemone ~ 君とまたいつの日か。  作者: NexT
#── Capture1. Gray Days ──#
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#── 1 ──#

この度、【Trust me!】から【Anemone~君とまたいつの日か】に題名変更しました。

 ──ただ、信じている。


 ──近くにいても、遠くにいても。


 ──君の笑った顔がもう一度見られるのなら。


 ──もう一度君と笑い合える日々が来たるのなら……何度だって、俺は──。




 #ーー Question1. Gray Days ーー#




「それで、どうなのよ?」


 四月二十二日。気温は暖かく、四季でもっとも過ごしやすい時期に移ろうこの日、片瀬優太(かたせゆうた)は放課後特有の静けさに包まれた教室で、一人、こめかみに痛みを覚えていた。


「……いやだからね、それは無理って何度も言ってるだろ」


 窓から差し込む斜陽を反射して光沢するフロアタイルの床。馴染んできたワックスの匂いが鼻につく。

 優太は正面に立つ人物をできるだけ見ないようにしていた。この場に呼び出されてから極力視線を合わせないようにしていた。人は、見たくないものから目を逸らしてしまう生き物で、優太もあえて視界に入れるほど卑屈な感性をもっていない。


「ねぇ、ちょっとあんた、さっきからどこ見てんの? ちゃんと私の話聞いてんの?」


 逸らした視界の端で濃紺色のスカートが楚々(そそ)と揺れ、赤色の上履きがきゅっと鳴く。張り詰めたような空気が漂う教室は、居心地が悪く、隙あらば今にも逃げ出したいと思えた。


「まぁ、一応は……」


 生返事の応答。不満げなのは見て明らかだったが、優太は逃げない。逃げ出さなかった。というのも、彼女みたいな、言ってしまえば強引で人の話に耳を貸さないタイプを相手する際に大切なのが尖った態度で反発してやろうだとか考えないこと。だからといって真摯的な態度で応対した結果、後の対応が面倒なことになる可能性があるため、スタンス的にはある程度耳を傾けているくらいの態度が望ましいのだ。


「なら、その理由を良い加減教えなさいよ。あんた、阿久津と仲良いんでしょ?」


 阿久津……あぁ、またその名前か。優太は咄嗟にため息をつかなった自分を褒めてやりたかった。

  毎回こうだなのだ。言葉の端々から滲む苛立ちも聞き慣れた友人の名前も、静謐(せいひつ)に満ちたこの雰囲気さえも、進級してから往々に聞かされてきた。

 優太からしてみれば、こっちこそ良い加減に諦めてくれても罰は当たらないと思う。思うけど、それでも口を噤み、言葉には出さないのは、十中八九、薮蛇になるとわかっているから。無難に凡庸に当たり障りもなく、波風立てずにやり過ごせばいい。彼女の問いに答える義務なんて優太には存在しないのだから。


「悪いけど俺から言えることは——」

「それ、もう聞き飽きたから」

「あ? なんだそれ……言わせてんのはそっちだろ」


 横暴な言い分に優太は思わずくってかかった。

その際、初めて彼女を意図して視界に収めた。

 最初に目に飛び込んできたのは、すっらとしたふくらはぎ。色白で弾力のありそうな太ももとそれを際どいラインで覆い隠した、明らかに校則違反すれすれであろう丈の短いプリッツスカート。限界までに着崩したブレザーとワイシャツを結ぶ覇気のないネクタイ。一見だらしなく思える服装も校内では先進的で、割とあちこちで目にする。優太の進学した高校は進学校であり、勉学優先の思考と傾向が強く、教師もその辺の善し悪しについあまり口うるさく注意しない。


「あんた、どこ見てんの?」


 そんなことを呆然と考えていると、クラスメイト、佐々木恵理ささきえりの一段と底冷えした声が静まりかえった二年一組の教室内に冷たく響き渡った。

 現実逃避の結果、見るべきところではない部位に視線がいっていた。

 優太はバツの悪さを覚え、やっと視線を合わせた恵理から再び視線を床に戻して口を開く。


「……どこも……っていうか、この話はもう終わりってことでいいか?」

「ダメに決まってんでしょ」

「……」


 ふんっと鼻から息を吐き出し、恵理が解放を許さない。何がなんでも目的を達成してやるという気概をかんじる。怖いくらいに。


「……」


 それと同時に優太は悟った。どうやら覚悟を決めるときが来たのかもしれないと。

 どうせ不幸になるのなら、今一度、この場を持ってもう一度、きちんとした意思と言葉を用いた自分なりの意見を伝えるべきだろう。そうすれば、さしもの彼女も分かってくれるはず……という淡い期待を込め、優太は大きく息を吸ったあと、彼女の大きな瞳を見つめて口を開く。


「いいか、もう一度だけ言う。もし仮に、この先こうやって何回頼まれようとも、何十回呼び出されようとも、俺は佐々木さんと阿久津の間を取り持つような真似はしないぞ」


 人によっては厳しいことを口にしている自覚はある。でも、意地悪や悪意から妨害したいわけじゃない。どちらかと言えば恵理のため。彼女が傷つかないためにあえてそう宣言している。いや、逆にいえば、それくらい、他の第三者が割って入る余地はないと思えるくらい、彼と、そして彼の幼馴染の間には、目に見えないけれど、強固で揺るがない繋がりがある。

 そしてそれは、優太の目から見てもわかること。ならば、日常生活のなかで彼を追う恵理の目にはより顕著に見えているはずじゃないだろうか。


「だからその理由を言えって、さっきから言ってんじゃん」


 この発言から察するに、おそらく理恵も優太と同じ印象を感じ取っている。だから現にこうして呼び止められ、食い下がられているのだ。

明確な言質をとるまいとする恵理とそれを避けたい優太。世の中とはつくづくままならない。彼女を傷つけまいと配慮する優太と、彼を想う理恵。相入れない二人の意見は平行線を辿る。ぐるぐるとまるでタチの悪いメリーゴーランド。


「はあ……なんだかなぁ」


 きっと明日からもこの煩わしい時間の浪費は続くかと思うとおのずとため息も漏れた。彼女の恋の熱でこっちが火傷しそうになる。


「あのね、あんたね……」


 明言しようとしない優太の姿勢に恵理がもどかしさを感じさせる声を出した。

次にくるのはお決まりの文句だろう。今ではもう聞き慣れた文句に備えている。一秒、二秒、三秒と時間だけが刻刻と過ぎていく。遠くの方から誰かの楽しげな話し声が聞こえてきた。


 結論から言えば、優太は文句を言われなかった。いや、よく見ると先ほどから何か言おうと口を開いてはいるが、桃色の唇はすぐ閉じられる。ぱくぱくぱくと何かを言いかけては言葉を呑み込んで、一向に文句を発せらることはなかった。

 彼女らしからぬ控えめなその様相に優太は戸惑った。いつもの彼女ならまず間違いなくお小言の追加注文がリストアップされていたはずなのに。


「……何よ、何か文句あんの?」


 普段と違う様相に訝しむように見ているとすかさず理恵がツンとする。


「いや、べつに」


 いつもの態度とは少し違うが、眼力はさすがに強い。クラスの中心人物としてブイブイ言わせる彼女と隅っこのほうにいる優太とでは迫力からして違っていた。

 気になるのは、どうして彼女は先ほどから文句も嫌味も口にせず、黙り続けているのか。

 無言の時間が流れ続ける教室で、思考のリソースを割いて考えてみる。

 すると、時間にすれば五秒ほどでその答えは意外なほどすんなりと出てきた。


 つまり、今回、恵理はそれだけ本気だということなのだろう。


 ふと過去を思い返してみると、恵理からのこういった要請はこれで三回目にもなる。その全部が二学年に進級して早三週間が過ぎる間に行われてきている。そしてそのタイミングは今日と同く放課後か、昼休みのどちらか。共通点は誰もいないタイミングだということ。相違点はいつも一緒にいる取り巻きの女子たちも連れていないこと。


 つまり、彼女はそれだけ阿久津に本気で、本当に抱いた好意を叶えようと、少しでも可能性のあるものへと昇華させようとしている。彼女の中で今もなお燻り続ける感情は強烈で、痛烈で、鮮烈なのだ。他人のプライベートな時間を潰してもいいと思えるくらいには。



 今回、優太を呼び出した恵理の意思の強さは理解した。確かに伝わった。

 でも、だからと言って、「はいそうですか」と頷けるかどうかはまた別問題だった。いや、どれだけ彼女の思いが尊く眩く輝いて見えようとも、事この問題に関して優太から言えることは決まっていた。


「何? もしかしてあんた、阿久津とあたしの間を取り成すことができない理由でもあんの?」


 優太の表情や雰囲気から汲み取ったのだろう。先回りしてそんなことを口にする恵理の氷柱のような凍てつく視線がまっすぐ優太に突き刺さり捉えて離さない。


「……あるって、言ったら、どうするんだよ?」

「どうするって……ていうか、あんたが協力してくれない要因ってあの女ことでしょ?」


 答えを濁そうとしたのに恵理は容赦なく、一層声を低くしてさらに深く切り込んでくる。


「……」


 彼女のてした疑念に優太は無言をもって是とした。

 言葉にしなかったのは、言葉に出してしまえば確定してしまうから。

 現実は怖い。世の中、答えを出さない方が幸せなことだってある。後悔後に立たず。傷つくのがわかった上であえて傷つく選択をする意味はないのだから。

 でも、それでも、傷つくことを恐れない、強く、芯の宿る瞳が優太を捉えていて。


「ほら、阿久津といつも仲良さげに喋っている、四組のあの女のこと」

「……」

「そう、やっぱりあの女が原因だったんだ」


 無言を貫く優太を一瞥(いちべつ)したあとで、恵理はどこか腑に落ちたように呟く。意外だったのは恵理から悲観的な感情は一切見受けられなかったこと。


「……それがわかったから、佐々木さんはどうすんのさ?」


 彼女は強い。ブレない軸を持っている。でも、確定させてしまえた彼女なら、進級してから早三週間のうちにクラスの中心的立ち位置に君臨している女王様ならば、なぜそれを本人に直接聞かないのか疑問だった。なぜ優太というワンクッションを挟むのか、彼女ならばそれとなく、怪しまれない程度には間接的に、上手く尋ねられるくらいのスキルやら人脈は持っているはずなのに……。


「どうって……どうもしないわよ」


 だから恵理のこの返答には酷く驚愕させれ、「は?」と思わず間抜けな声を上げてしまう。

 そんな優太の反応に恵理は形のいい眉根を不服そうに吊り上げ不満顔。その大きな瞳に不服な意をいっぱいに溜めこちらを睨んでいるのはなぜか。優太にはもう彼女の考えていることが何がなんだか分からなくなってしまった。


「もしかして、私が卑怯な手を使ってまであの女から阿久津を奪ってやろうとか、そんなしょうもないことでも考えていたの?」


 恵理の鋭い眼光が優太を容赦なく射抜く。その瞳は心外だと強く訴えかけてくる。

 優太はあながち彼女が言ったことを否定はできなかった。

 タイミングもいい事、これを機に彼女の目を見て答えてみてもいい気がして、優太は首を縦に振った。

 物事において危険な芽は早いうちに摘み取るに限る。二度と同じ過ちは繰り返させないために。それがあの二人のためならなおのこと。

 でも、それも杞憂だったと教えてくれたのは、斜陽の中、恵理が浮かべたあっけらかんとした表情だった。


「残念ながら、私ってそこまで自分に自信がないわけじゃないの」


 恵理は肩にかかった髪を手で払い、自嘲気味に笑ってみせた。

 そんな言葉に、思わず優太のほうが押し黙る。本来ならば「嘘つけ」と鼻で笑い飛ばしている場面。なんといっても彼女はクラスの女王様。クラスの誰もが一目置いていて、そういう存在は往々にして自尊心が高い。というか、自分に自信がある人を多くの人間はすごいと感じ、自分にはない光に手を伸ばす。

 だからこそ、彼女には自信があると思ったし、彼女に自信がなければ、優太はもっと悲惨なことになってしまう。

 決定的だったのは、今、目の前にいる少女の表情。

 いつもクラスで見せている自信に満ちた表情はなく、不安や懸念に揺れていた。

 窓から差し込む斜陽がそう見せているだけなのか、本当にそう見えているのかわからない。

 いや、それを含めてさすがはクラスの女王様とでもいうべきなのだろう。

 彼女の表情から憂いはすぐに取り払わられ、気づいたときにはいつも自信ありきの彼女に戻っていた。


「まあ、だからといって、あの女に負ける気はさらさらないけど!」


 そう言って強がる姿はやけに眩しく、健気で……優太には直視できなかった。


「……そっか。なら、頑張れ」


 口にしたエールに嘘偽りはない。正々堂々。あの幼馴染みから、彼を奪い去ることができるポテンシャルを恵理は兼ね備えている。堂々と胸を張っていればチャンスくらい、あると思う。


「あんたに言われなくても余裕よ、あたし、可愛いから」


「うわぁ、すげぇ自信」


 ふんっ、と溢れる自信を漲らせる恵理。いつもの姿。やっぱり女王様は自信がないと務まらない。


「事実なんだから、仕方ないでしょ」


 夕陽を背景に恵理が不敵な笑みこぼした。なぜだろう、今、すごく眠れる獅子を起こしてしまった気がする。やっぱり今のはなし……なんて、一度口に出してしまった言葉は撤回するわけにもいかず、優太は爽やかな笑顔を浮かべる友人に心の中で謝罪した。


「じゃあ、そういうことだから」


 そんなことを考えていると、恵理は自分の席から鞄を肩に掛け、後方の扉から出て行こうとする。話が済めば、女王様にとって優太みたいな間者は用済みなのだ。いい意味でも、悪いでも、恵理は真っ直ぐな少女だった。


「佐々木」


 だからこそ、優太も聞きたくなってしまったのかもしれない。


「何よ? あー、さっきの話なら、誰に公言してもいいわよ」


 立ち止まった恵理が肩越しに振り返り、先回りしてそんなことを言ってきた。

 このまま再び歩き出されるのも面倒だと思い、優太はさっさと尋ねることにした。


「いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ、なに?」


 早く帰りたいのか、恵理が素早く先を促してくる。ならばお言葉に甘えて、優太は思ったままの質問をぶつけてみることにした。


「どうして、阿久津なんだ?」

「は?」


 本当に質問の意味がわからなかったのか、それともなぜそんな当然のことを聞いてくる必要があるのか、それが理解できないという表情を恵理は浮かべていた。

 なら、もっとわかりやすく、優太は言葉を紡いでいく。


「ほら、あいつじゃなくても、お前に釣り合いそうな男子とか、他にもいんだろ? それなのになんであいつにこだわるのか、疑問に思ってさ」


 今、口にしている言葉はただの欺瞞ぎまんで、どうしようもないほどの詭弁きべんだということくらい優太もわかっている。わかっているけど、それでも問わずにはいられなかったのだ。


「あんたそれ、本気で聞いてんの?」


 向けられた瞳からは今日一番の冷徹さを感じる。

 それでも優太は無言で頷くだけ。こっちは一発ぐらいは殴られる覚悟だってできている。


「頼む、教えてくれ」


 もしかしたらわかるかもしれない。理解できるかもしれない。恵理の話を聞ければ、あの時、あの場所で、あの少女が何を思い、どうしてあのような選択肢を選び取ってしまったのか、その真意を知ることができるのなら——。


「そんなの、マジで好きだからに決まってんじゃん」

「……」

「なに? 何か文句でもあんの?」


 無言のまま立ち竦んで動けない優太を理恵の真っ直ぐな視線が射抜く。


「……いや、十分……」

「そ。じゃあ、また明日」


 そう言って恵理は今度こそ教室をあとにしたのだった。



少しでも「おっ」と、思った方!

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