ガラスのかけらをばら撒いて
カラオケで集まって歌っていても、周りはスマホに夢中だったり、必死で自分の歌いたい曲を選んでいたりと、いまいち聞いてもらえなかった。
だから動画サイトでこっそり、ハンドルネームで曲を上げているのは、カラオケの替わりのつもりだった。
もしかしたら誰かが聞いてくれるかもしれない。もしかしたら誰かが上手いと言ってくれるかもしれない。動画サイトで一攫千金を目指すというのは、今時一度は思うことだけれど、動画を触ったことのある人は、大概はすぐに諦めてしまう。
動画サイトに曲を上げているのは、アマチュアだけではない。プロもなにかあるたびに動画を上げるし、歌を歌う。
お年玉を駆使してマイクを買って、それで一生懸命レコーディングしても、プロがスタジオで録音した音には負けるし、こちらがネットで必死に検索しながら動画を上げても、向こうは手伝ってくれる人がたくさんいるから、私がひとつ動画を上げるよりも早く上げてしまう。
今はひとりに曲を聞いてもらうだけでも、一苦労なんだなと痛感してしまう。
誰かに聞いてほしい。
誰かに褒めてほしい。
まるで瓶に手紙を詰めて海に流すように、祈りに近い気持ちで私は今日も動画を上げる。
誰も聞いてないんだとしたら、せめて私だけでも自分の歌った曲を聞きたい。
敵は全くいないけれど、味方も全くいない。
今の私は「無敵」なんだから。
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「灰ちゃん灰ちゃん、カラオケに行こうー」
「うん」
友達の十姉妹ちゃんに誘われて、今日もカラオケに赴く。
女子会が専らカラオケで行われるのは、それは個室だからだ。ファミレスやコーヒーショップだったらクラスメイトや学校の先生に話の内容を聞かれるしれないけれど、カラオケの中の会話をわざわざ薄い壁に耳を当てて聞く人はそうそういないから。
多分そのほうが普通なんだろうけど、私は歌を歌いたかった。
マイクを持つ暇もなく、十姉妹ちゃんはカラオケの限定メニューを注文する。
「このパフェ食べたかったんだよね」
季節限定のフルーツパフェは、季節の果物がふんだんに使われていて、カラオケのチープな味の中でもなかなかおいしい。
私たちはそれをふたつ頼んで、ちまちまと食べていく。
「そういえばねえ、最近動画サイトに覆面歌姫がいるんだってさ」
「えー……動画で歌っている人って、大概顔は出さないんじゃないの?」
動画をちまちま上げている私が言うのもなんだけれど、よっぽどのことがない限りわざわざ顔を出さない。
十姉妹ちゃんは「ほらほら」と動画を見せてくれた。
動画というよりも、絵を一枚だけ出して、延々と歌っているものだった。最近だったら動画もプロのイラストレーターさんが参加してアニメーションになっていたり、歌っている光景を見せるのが主流だから、こんな昔ながらの動画は珍しい。
ぱっと再生数を見ると、ちまちま二桁の動画を繰り返す私と違い、六桁もある。すごいな。
アカウント名をぱっと見たら【よき魔女】と書かれていた。
流れてくるイントロは最近流行った歌だけれど【よき魔女】さんはそれをただ歌っているんじゃない。自分の中でしっかりと咀嚼した曲の解釈を、自分の喉を通して一気に吐き出している。
コメント欄を眺めてみると【すごい】【よき魔女ワールド全開】と絶賛される一方、【人の曲じゃん】【動画サイトはカラオケ会場じゃないんですけど】という流行曲の歌手のファンらしき意見も散見する。
ただ私は、この曲をうっとりと聞いていた。
いいな、この人みたいに歌ってみたい。
私は思わず十姉妹ちゃんに言ってみる。
「私も歌っていい? この曲」
「なあにー? 歌い手さんに感化されたのー?」
「そうじゃないけど。すごいと思ったから」
【よき魔女】さんも歌っていた流行曲を機械に登録すると、私はマイクを握って歌いはじめる。
「でも灰ちゃんも歌上手いよね。動画とか投稿しないの?」
私がマイクを握って一番を歌っている中、十姉妹ちゃんはなんの気もなくそう言うので、私はギクリとする。
十姉妹ちゃんはあくまで人気ランキングに乗った動画を見ているだけで、私みたいにランキング外で細々と動画を上げていても、それを見ている訳がない。
「誰も見ないから、上げられないよ」
「ふうん……【よき魔女】さんと灰ちゃんがコラボしたら面白いねと思っただけなんだけれど」
「……無理だよ」
本当のことなんて言えなかった。
私も【よき魔女】さんみたいに褒められたいし、なにを歌っても彼女の個性を発揮しているすごい歌い手になってみたい。
そう思っていても、全部他人事だから好き勝手言える、悪気のない十姉妹ちゃんには言えなかった。
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その日も動画をひとつ上げた。【よき魔女】さんも歌っていた歌だし、流行曲だから、誰かひとりくらい歌っているのを聞いてくれないかなと思ったんだ。
でも。今はその曲が大人気なせいで、次々と上手い歌い手や、プロの歌手まで歌い出すから、どんどんと私の動画は押し流されていく。
本当にネットの海に、小瓶を放り投げて中身を読んで欲しいって感じだ。
誰かに私の歌が届いて欲しい。
誰かに私の歌の感想が欲しい。
しばらく眺めていたけれど、諦めてパソコンを閉じようとしたとき。最後に自分の動画の閲覧数だけ確認しようとしたとき。
「え?」
私は少し目を瞬かせてしまった。何故かどんどん閲覧数が上がっていく。
普段から多くて二桁、少なかったら一桁からちっとも伸びないのに。何故かぐんぐんと伸びていくのだ。
なんで、どうして。
思わず私は自分のアカウント名でネット検索をはじめた。
普段はなにか悪口を言われていたら嫌だと、そんなエゴサーチはしないけれど、どこかで悪く言われて閲覧数が上がっていたら、怖いから動画を削除しないといけない。
震えていたら、つぶやきSNSのアドレスが検索に引っかかった。
【大好きなサンドリヨンさんが、新曲をアップされていました】
サンドリヨンは、私のアカウント名だ。
その人が私の新しい動画のアドレスを紹介してくれたんだ。なによりも驚いたのは。
「……【よき魔女】さん?」
彼女のアカウント名は、私が動画サイトで心底羨ましがっていた【よき魔女】さんだったのだ。彼女のプロフィールにも、しっかりと彼女の動画サイトのアドレスが貼り付けられているし、日頃から歌っている曲の内容を見ても本人だろうと思う。
嘘。嘘……。私はただへたり込んでしまった。
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次の日、私がひとりでまた動画サイトのアクセス数を覗く。
どんどんとコメントもアクセス数も増えていき、そろそろランキング入りも視野に入ってきた。
誰かに自慢したくっても、自分のアカウントを言うのが嫌で、ただひとりでにやにやと笑っていた。
掃除当番で、学校の裏庭を掃除していた。一緒の掃除当番がクラブで忙しいらしく、私に押し付けて帰ってしまったので、ひとりでスマホを覗きながらにやにやしていたとき。
聞き覚えのある歌が耳に入ってきた。
それは動画サイトに上げている声じゃない。肉声だ。
伸びやかな声、ハスキーな吐息交じりの声。それは動画サイトにアップされる歌声の何十倍も迫力がある。
私はきょろきょろと裏庭を見ていると、そこで雑草を抜いている女子がいた。掃除当番は雑草抜きは頼まれていない。
彼女がスマホで音楽を流しっぱなしにして、歌を歌っていたのだ。
「……【よき魔女】さん……?」
私がおそるおそる声をかけると、彼女はビクッと肩を跳ねさせて、こちらを振り返った。長い髪を伸ばしっぱなしにしているけれど、その気だるげな雰囲気が彼女の味になっていた。化粧もしていないっていうのに、肌は驚くほど透き通っていて、唇もリップクリームだけ差して潤んでいる。
見覚えがないところから言って、学年は違うんだろう。
「……誰?」
「えっと……【サンドリヨン】です……!」
「あ」
私は昨日歌った歌を歌いはじめた。
誰も聞いていない。誰も届いていない。そう思っていたのに、今は【よき魔女】さんに聞こえている。
気付けば【よき魔女】さんも一緒に歌声を重ねていた。
私たちの歌は、誰にも届かない。
吹奏楽部の音にかき消され、運動部の掛け声かかぶさり、私たちふたりだけの歌では、どれだけ上手くても、消すことはできなかった。
ふたりで歌い終えたあと、学年も名前も知らないのに、気付いたら顔を見合わせて笑っていた。
「あの……どうして雑草を……?」
「私、園芸部だから。本当に活動休止状態で、私しか参加してない部だけれど、こうして裏庭で雑草を抜きながら、好きなだけ歌えるから」
部に入っても入らなくってもいいという校風だけれど、こういうときだけ役に立つものらしい。
私たちはひとしきり笑ってから、動画をふたりで上げようと約束して、それぞれ帰っていった。
今は誰にも届かないけれど、ようやく仲間を見つけた。私たちはようやく誰かに届ける歌を歌うことができる。
世界に、反撃することができる。




