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人の思考とは面白いもので、この娘がナディアのお嬢様に対して『悪役令嬢』だとのたまわったのだとほぼ決定されると、彼女へと向けられていた猫の仮面がガラガラと落ちていった。
貴族のご令嬢に対して不躾な態度を取ってお嬢様に何らかの傷がつくかもしれないと、そんな気遣いはこの光の娘には必要ないだろう。
「お嬢様、お荷物を整理しないと」
「そうだったわ、ヒロメニア様申し訳ないのですが、本当に今日は急いでおりますの。また今度ナディアとの時間を作りますから今日はこれで失礼しますわ」
本来侍女は口を挟んではいけないが、今回はナディアの言葉でなければ事が動かなそうである。
お嬢様が後日、真面目に光の娘との時間を作ってしまう可能性も高いが、今は逃げる口実にはぴったりだ。光の娘は、今回は空気を読んだのか不満そうな顔は隠そうともしないものの再び服を掴んでくる事はなかった。
早足でその場を去ると、ナディアは口を開く。
「お嬢様、あの方」
「ナディアも感づいたのね……以前話していた光の魔力を持つ子はあの子のことなのだけど……」
「だけれど?」
「私を悪役令嬢と呼ぶ事など今では可愛い方だわ」
そうナディアへ伝えてくるお嬢様の目が死んでいる。
話を聞けば、光の娘は学校で本当に好き放題やっているらしい。
貴族とは思えぬ態度に全員が距離を置いているようだが、全く気に留めていない姿は最早学園で知らない者はいないようだ。
「教科書をしょっちゅう忘れるわ、婚約者がいる方と堂々とくっつくわ、しかも殿下にまでタメ口を使うのよ!?近くにいたアルレイド様は呆れて言葉を失ってらっしゃったわ!」
「お嬢様、『お嬢様』に戻ってください」
「あら、つい感情に任せて言葉を出してしまったわ」
少しだけ大きな声を出したお嬢様は口に手を当ててそのままパタパタと顔を仰ぎ、ナディアの他には誰にも居ないが扇子を取り出して顔を隠していた。耳が赤いので、つい気を緩めてしまったか、あるいは我慢が限界に来ているのだろう。
教科書を忘れてくるなど怠慢なのかと思いきや、忘れて目当ての男性の横に座り、ひっつきながら見せてもらうという戦法で光の娘は様々な男性と仲を深めようとしているそうだ。
「殿下は顔を引き攣らせながら引き剥がそうとしておられましたけど、あの子は『緊張しているのですか』と顔を寄せて話しかけていたのよ。一体どういうつもりなのかしら」
結果は空回りしているようだが、平民だったからといつまでも許されるはずもない。上から注意をされる前にお嬢様や、その友人が行動について警告を行なっているがどこ吹く風らしい。
最早自業自得なので、ナディアからすれば放置で良いのではと思ったが、案外そうでもないようだ。
「私たちは彼女の手本にならねばならないの。それを放置する事などできないわ」
責任感の強いお嬢様は平民生活が長かった光の娘を少しでも正したいという優しさから見捨てるという選択はないようだ。
その優しさを少しでも自分に分けてくれやしないかとナディアは思ったが、今そんな事を話しているのでは無い。問題は必死に正そうとする姿勢がお嬢様にとって不利益にならないかどうかだ。
万が一にでも光の娘を援護する輩が現れてイジメだのなんだのと言いがかりをつけて来たらどうするのか、と、そこまで考えて、ナディアは疑問に思う。
何でそんな考えが浮かんだのだろうと、例え光の娘を擁護したとて、お嬢様は公爵家の娘。更には、弱い者いじめにならぬよう注意する時は光の娘が誰かといる時に婚約者であるアルレイドか友人1人を共にして対応をしていると聞いたばかりなのに。
「まさか、ナディアに執着するなんて予想外だわ。彼女の瞳には有力な美男子しか映らないと思っていたのに」
「では、アルレイド様の事も?」
「ええ……『一緒にお食事いたしませんか?』って食堂で堂々と隣に座ったのよ!!うらや……図々しいわ!」
「お嬢様、お嬢様。落ち着いてください」
「……はぁ、もう。だめだわ、ナディアと一緒にいるとつい気が緩むわね。話はお部屋を片付けてからまたするわ」
図々しいの部分で少し振り上げていた拳をおろしながら、お嬢様は進めていた足を早めた。久々に見る優雅な早足にナディアは慌ててついていく。
きっと早く話したいのだろう、今日のお茶はすぐに飲めるようにアイスにして出そうとナディアは考えながら頬を緩ませた。
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