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ドアの向こう側から聞こえてくる声は、くぐもっていて誰かを判別する事は難しかった。
ナディアはしばし考えると、再び投げ込まれた紙に目を落とした。
『アナタシアは悪役令嬢ではない』
至極当然の事が書かれたそれは、ドアの向こう側の人間が光の娘と同じ言葉を理解していると同義のようだ、とナディアは思った。
悪役令嬢という言葉は造語であると考えていたが、実は違うのかもしれない。
「……誰なのか、分かりませんが」
ナディアは一度言葉を切ると、ドアをキッと睨みつけて堂々と胸を張った。
「お嬢様の事が好きなんて、そんな軽々しく口にして良い言葉ではありません。ですが言葉でどうしても表現しなければならない、というのであれば。答えは、はいでしょう」
そもそも、お嬢様を呼び捨てで呼んでも良い人物なんて、知り合いにはお嬢様の家族と婚約者殿位しか居ないナディアである。
声で判断出来ないなんて、怪しんでくださいと言わんばかりだ。
「では、アナタシアのこと、命に変えてでも守れるの?」
「当たり前……いえ、命を落とさずに必ず助けます」
「……それは良い心がけ。絶対にローラに負けないで。またね」
ドアの向こう側で少しだけカタリと音がした。隙間から差し込まれた薄い円盤のネックレスは、銀色の体に僅かに光を帯びており、ナディアは持ち上げる事を躊躇った。
棚からタオルを取り出して、タオル越しにそれに触れ、持ち上げる。
特に変化はないようだ。
ネックレスを見ながらも、ナディアは先程の人物を考える。
つい先日寝込んだだけでお嬢様を泣かせてしまったナディアは、もし自分が命をかけてお嬢様を守れても、きっとまた泣かせて、悲しませてしまうと知ってしまった。
だからこそ、ドア越しの相手にだろうと決意を表すために『命を落とさずに』と言い直したのだが、ドア越しの相手もそこに安心した様な回答であった。
一旦誰だったのか、ナディアは再び頭を悩ませる。
「ローラって……なんだっけ。ローラ、ローラ……光の娘か!!」
ナディアははっと口元を押さえた。
つい出した大きな声は、少なくとも光の娘であるヒロメニア・ローラに対しては不敬な言葉である。もしお嬢様に聞かれていたら一時間のお説教はくだらないだろう。
無罪だと心で叫びながらナディアは指を顎下に持っていく。
「……てことは、ヒロメニア様の事も呼び捨て?」
しかも、名前で。
ふと、ネックレスに文字が書かれている事にナディアは気がついた。
だが読めない。
現代の文字でもなく、魔法陣に使用される古代文字でもない。この国には他にも文字はあるため図書室で調べる他ないだろう。
明日お嬢様は婚約者殿と図書室で勉強だと言っていた。
ナディアは慎重に、その文字を紙に書き写していった。
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