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「私はどうやら、悪役令嬢という……らしいの」
お嬢様が学校に初めて登校したその日、とても疲れた顔をしてそんな事を呟いた。
「へぇ、悪役?悪魔ではなくですか?」
お嬢様の我儘三昧の日々はナディアの寿命を一体何年削った事だろう。
今ではお嬢様の好みは勿論、突発的な行動にさえ順応する程逞しい侍女となってしまった。
「ナディア?」
「こほん……それは、なんとも勇敢なお嬢様ですね」
「なんだか今すぐに焼きたてのクッキーが食べたくなってきたわ」
しかし現在、お嬢様の木に登るようなお転婆は、仮面の裏に静かに隠れていた。
それは4年ほど前に婚約者となったファビント侯爵家次男、アルレイドと面会した時まで遡る。
現れたのは、ふわふわの黄金の髪に透き通る様なアクアブルーの瞳を持つ、まるで天使の様な男の子。
女神様の生まれ変わりだと思わせる程までに整った外見、微笑む頬は紅色に色づき、転がす様な軽やかな声はお嬢様の頭の先端から爪先まで真っ赤にさせたのだ。
ナディアは横目で、これが一目惚れというやつか、と納得した事を今でも思い出すことができる。
一瞬にして心を打ち抜かれた嬢様にはその瞬間、『お嬢様』という仮面が作られたのだった。
大層上品に振る舞う姿はまさかナディアへパシリを要求するわがまま娘には見えないだろう。
「もう、ちゃんとお話聞いてくれる?」
「ごめんなさい、つい、それで?今の『お嬢様』に対して一体誰がその様なことを」
「ふふ、今まで一度も出会った事のない、光の魔力を持つと話題の子。と言ったら分かるかしら?」
光の魔力というのは強い癒しの力を持っているとされる。
昔の歴史書には四肢が切られた死にかけの人物すら元の体に戻してしまった。と記載が残るほど強力だ。
大人になる過程で徐々に使えるようになる魔力が、既に多量に使用できる事も珍しいのに光の魔力を持つ人間は殆どいない。
それを、平民の娘が持っていたとすれば貴族に引き取られることは当然。
そして今年、誰もが考えるその哀れな娘が学校に入学したと国中で話題になっているのである。だが、お嬢様によると全員が想定していた『哀れ』とは少しだけ違うらしい。
「あの子は『平民』を何か悪い単語だと思っているのよ、何を言っても『私はどうせ平民上がりだ』と言うの」
「変なこと言いますね。この世界でそんな事を言うなんて」
「ええ、そうなの」
「そんな子が、どうしてそんな事を……」
「知らないわ、出会ってすぐに言ってきたんだもの……その時にアルレイド様に相応しくないって言われたのよ」
「…… 」
「私が『悪役令嬢』だから、なんですって」
どこか嫌な気持ちになる『悪役令嬢』という言葉。
しかしお嬢様は、悪役と呼ばれた事よりも、婚約者アルレイドに相応しくないと言われた事が余程こたえたのだろう。
その原因となる悪役令嬢とは何か悩んでいるに違いない。
確かにお嬢様は悪魔みたいに酷い嫌がらせを考えている時もあるが、お嬢様は『お嬢様』として婚約者殿と釣り合うべく外見や食事に気を使い運動をかかさず、領地の勉強も毎日行なっている。
ナディア以外の誰かに悪魔だのなんだの言われる理由は全く無い。
「確かにお嬢様は悪魔みたいですが」
「ちょっと」
「でも、私以外に言われるのは腹が立ちます。しかも初対面でなんて!」
「そう、初対面なのよ。私、世間の噂で悪い事は言われていないし」
「ではお嬢様、アルレイド様と学園で二人きりで過ごされては?」
「……は!!?な、何を言い始めるの貴女は!」
「相応しいお姿を焼き付けてやりましょうよ!仲よろしいのですから」
アルレイド様の婚約者として悪役令嬢のお嬢様が相応しくないと言ってくるならば、相応しい姿を見せつけてやればよいのである。
そもそも側から見てお嬢様と婚約者殿が相応しく無いかはともかく、ナディアから見て現状お二人はとても仲睦まじい。
視線だけでもお互いに想いあっている事は明白なほどである。
そして、二人のお気持ちを知った上でお互いに色々と隠しながら相引きをしている姿はナディアにとって何よりも至福の時間だった。
ついはしゃぎそうになるお嬢様に、密かににやける婚約者様……。この、胸がワクワクする気持ちに誰か名前を付けて欲しい。と毎度思っているのだ。
そんな二人が相応しく無いなどあり得ない(寧ろお似合いすぎてナディアは悶えているというのに)。
ふと、興奮してしまった心の中を落ち着けてナディアはゆっくりと茶を淹れる。
「ば、バカを言いなさい。私は公爵家の令嬢なのよ。はしたない姿を晒すなんて出来ないわ。それに!べつにな、仲良しじゃないもの。アルレイド様が……お優しい方だから」
ナディアはしかし、ああ、この姿を婚約者殿に是非見てもらいたい。と再び興奮の炎に火が灯る。
「もっとアルレイド様に甘えてみても良いと思うのですが」
「もう、それで嫌われたらどうするの!ナディアのばか!」
こうして拗ねてしまったお嬢様の機嫌が治ったのは結局次の日で、ナディアは本当に下町までクッキーを買いに出されて戻ってもお嬢様は口をきいてはくれなかった。
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