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ナディアは、コーコリア公爵家にて働く侍女見習いである。
働き始めて約1年、そろそろ侍女見習いから正真正銘の侍女として認められる事が決まっていた最近を思い出し、心の中で絶叫した。
タイミング悪すぎ!!!
今目の前で自分の仕える家のお嬢様が2階からカーテンを使って猿のように降りて来ている。是非今すぐに、この解決方法のお手本を教えてほしい。
あの破天荒なお嬢様は今年で10歳。サラサラの輝く銀色の髪はまるで聖なる絹糸で、琥珀のような美しい瞳を持ち、まるで本物の聖女が生まれたのではと当初は言われていたらしいが、今じゃ屋敷が最も頭を抱えている問題児である。
その頭脳は初めて来た家庭教師を唸らせるほど良く、人を騙すことに長けている。
周りの目を盗み逃亡なんて日常茶飯事、侍女の服にはカエルを仕込み、突然隠れんぼ大会を開いて一日中井戸の中に居たなんてこともあった。その際に奥様は数日間寝込んだと聞いている。
その時お嬢様の世話をしていた侍女はぱったりと屋敷に来なくなり、侍女達の中では奥様に辞めさせられたのではとの噂がまことしやかに囁かれているのだ。
さて現実に時を移そう。
お嬢様はもうすぐ1階と2階の間に到達する辺りだ、少し疲れたのか縁に足をかけて休んでいる。
ナディアは現実を受け入れたくない気持ちでいっぱいであったが放置する訳にもいくまい。万が一外に逃亡して悪党にでも捕まったと知れたら一生後悔するだろう。
手に持っていた箒をぎゅっと握りしめると音をたてながらズンズンとお嬢様の近くへと歩み寄った。
「お嬢様!!そこは危ないですよ!!」
「あら、ナディアじゃない。箒なんか握りしめても何の液体も絞れないわよ」
「お嬢様が落ちないか心配で、手に力が入っているんです!!」
ナディアは色々な感情が混ざり合い、声を裏返しながら必死で叫んだ。
この声を聞きつけて誰か手助けをしてくれないか、なんて考えもあった事は認めよう。だが、一番は『お嬢様をこの場から早くに立ち去らせたい』方が正解であった。
「あっはは、臆病ねぇ!問題ないわ、カーテンがあるもの」
「カーテンが切れる可能性だってございます!!」
恐らくナディアがヒヤヒヤと慌てていれば、お嬢様は茶化すようにするりと降りるか、部屋に乗り移る事だろう。
本当にお嬢様は人を慌てさせる事が大好きなのだ。
「うふふ、貴女の考えはバッチリ分かってるわよ。そうね、じゃあ今から飛び降りるから、私を抱き止めてくれるかしら?」
「な!!?何を言うのです!!万が一の事があったら!」
「なぁによ、そんなに重くないわ。それに飛び降りる事は決定しているから……きゃああ!」
「ひぃ!!!」
突然上がったお嬢様の悲鳴はナディアの心臓を一時止めた。目をつぶり手を前に出して固まるも、箒が落ちた音以外、何の音も聞こえてこない。
「あらまぁ、いけない子が居るわ」
「全く、我が妻との宝物は少し元気すぎるみたいだね」
ナディアが薄らと目を開けると、お嬢様はふわふわと空に浮いていた。視線を少し下げてみると、コーコリア公爵家当主であるナハメルト・コーコリアと妻のアリア・コーコリアの姿があった。
「おわわ!公爵様、奥様、ご無礼をお許しください」
ナディアはまだ侍女見習い、裏方での仕事が多く、良くいたずらをやりにくるお嬢様とは違い、公爵とその妻に出会う事など殆どない。
恐らく挨拶を交わしたこともないだろう。
それ程までに遠い存在が目の前に急に現れたとなれば、ナディアの心は大嵐である。
先ほどから恐怖体験の連続で、顔を真っ青にした彼女は今にも死刑台に登る気持ちで頭を下げた。
そろそろ正式な侍女となれるだろうと言われてからも、毎日コツコツ働き、今か今かと待っていた日々はナディアにとって最も幸せなひと時だったのだろう。また実家に戻れば貧乏生活の始まりである。運良く転がり込めたこの侍女仕事も、慣れるまで頑張ってやってきたつもりだった。
ああ、さよなら、侍女ナディア。また運良く金持ちの男性の目に触れて絶頂の日々を送る予定も砂となって消え去ったわ。かわいそうに、いつも少しだけついていないと思っていたけど、こんな場所で発揮してしまった事が運の尽き、この悲しみは永遠にしまいましょう。
などと考えていたナディアの頭上から、ゆったりとした声が聞こえてくる。
「まぁまぁ、貴女。もしかして、そろそろ正式な侍女になるナディアかしら?」
「!!!?ど、は!そ、その通りでございます!!!」
どうして私の名前をご存知なのですか、という長文を飲み込み、ナディアは声を張り上げた。
驚きで頭は真っ白、今だけは天と地が逆になっても分からないと言い切れるとナディアは思いながら、頑張って視線を合わせる。
「あら元気が良いこと。ふふ、いい機会だわ。貴方、この子をアナタシアの専属侍女にいたしましょう?」
「おお、そうだな。ちょうどタイミングも良いとなれば案外適任かもしれない。ナディア、頼めるかな?」
「あ、は、はい!!有り難き事にございます……へぇ!!?」
無事に娘の侍女が決まった夫婦はにこやかに笑い、ナディアの驚いた声だけが屋敷中に響き渡った。
こうして運の悪いナディアは無事、コーコリア家長女アナタシアの専属侍女となったのである。
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