くるんとかわる
どうして皆わざわざ昼休みにまで体育館に行きたいと思うのだろう、教室の中身はからっぽだ。
せっかく教科書を返しに来たのに。
直接渡せないならしょうがない、机に置いてわたしも体育館にいこう。
ああでも今日スカートの下スパッツはいてないけどいいや行こう。
と、机に置いたけど何かもの寂しい、そうだメモ帳。お礼のお手紙。
女子ってめんどい。メモ帳は自分ところの教室だ、取りに戻るのはもっとめんどい。
ぐるっと教室を見渡すと“らくがきちょう”が誰かの机にのってる。98円のやつ。
あれ、今誰か人間っぽい人影が教卓の横の机にみえた。ような。
ちょっと左に一歩足を出すと机にべったりと男子が寝てた。びびる。いたのかよ。誰だよ。
あれだ。この人かわもと君だあの地味な子だ。
まあいい。そうだこの落書き帳一枚もらって良いだろうか。いいだろう。
わたしはビッと切り取ってチャッと書いてベッとノート置いて体育館に行かねばならんのだ。
だけど私は手を止めた。これ表紙に川本淳って書いてある。これそこで寝てるやつのやん。
つーかなんて読むのこれ、あつし?りょう?じゅん?あつしっぽい。顔的に。
まぁいいやもらっちゃえとぱらりめくったらポニーテールの笑顔が飛び出た、左斜め。
びっくりして目の前の男を見る、これは、もしかするともしかするかもしんない。
しげしげみるとなんだか地味に格好良く見えてきた。
あつしっぽいって思ったけどじゅんとかりょうっぽいかも、
まつげ長いし色白い色素薄い。まつげ何センチある、ん、だぁ、
ぱちり
音を立ててわたしとかわもと君の目があった、川本君は目を開けた。
……………………………………
何十秒か、何分か。
川本君は瞬きをする。呼吸をする。けれど姿勢は机にべったり、そのまま。
あれから時計が大きく響く。
わたしは動かない、呼吸も出来ない。手には川本君のらくがき帳。
目は?目は合ったまま。何十秒か、何分か。
想像してみて、机四つごしの相手との。
耐えられなくなってわたしはごくり、とのどを鳴らした。
川本君は胸をふくらませるのと同じに乾いたような唇と少し開けて、わたしは身構えた。息を吸った。
のと同じに。
教室の外が急に動き始めた気がした。ざわざわし始めた。
体育館帰りの人だろうか。
かわもとー、階下から彼を呼ぶ声がする。
「おぅ」
あれほど何も発さなかった彼の口から普通の声が出ていた。しんじられない。
立ち上がった、もう私の方は見ていない、見ているのは私の向こう側、ドアの方だけ。
わたしのことなんて見えていない風に私の横を歩いて通った。
ふわり、いい匂いがして、女子よりいい匂いがして、それは私の頭を1つにした髪の束をすこしゆらした。
がらり、パタン。
お終い