1話
季節は秋。
ホームルームも終わり、生徒たちがぞろぞろと帰り出す頃。
「あれ、合馬帰らねぇの?」
「うん、委員会の仕事が残ってて。」
「そうか。じゃあ先に帰る。」
「諌見くん、また明日。」
すっかり遅くなってしまった。
早く帰らないと日が暮れる。
そんなことを考えていたとき、ふと視界の端に何かが映る。
そこには、大きくて真っ暗な穴が浮いていた。
明らかに怪しいが、絶対に関わらないほうがいいはずなのだが。
好奇心に逆らえない僕は、穴の中に入ってしまった。
気が付くと、見たこともない場所に立っていた。神殿というものだろうか。
変わった服装の人たちに囲まれている。
「勇者様だ!勇者様が、我々を救いに来てくださった!」
「俺たち、これで助かったんだ……!」
勇者?助ける?この人たちは何を言っているんだろう。大丈夫かな。
近くに居た、歳の近そうな人(仮にAさんと呼ぶ)に話しかけてみる。
「あの……勇者って?」
「ああ勇者様!今、我々は滅亡の危機に陥っているのです!
どうかお力を貸しては頂けませんか……!?」
Aさんたちの言う勇者とは、もしかして僕のことを指しているのだろうか。
あまりにも怪しいが、この人たちの必死な顔を見ていると、何故だか放っておけない。
「あの……僕で良ければ、力になります。」
「ありがとうございます、勇者様!本当に、本当にありがとうございます!」
その後、Aさん(馴染みのない発音で、名前が聞き取れなかった)から聞いた話によると、どうやらここは僕が今まで居た場所とは違う世界で、この世界はもうすぐ魔王によって終わりを迎えるらしい。
言い伝えでは、それを阻止するために異世界から勇者が来ると言われているんだとか。
「それで呼ばれたのが僕、と。」
「はい!古くから伝わる伝承の通りに儀式を行って、貴方様が選ばれました。」
と言われても、僕は普通の高校生で、魔王に対抗できるとは思えない。
それどころか、自分が元の世界に帰る方法すらわからない。
「まずは魔力の検査をする必要があるそうです。」
「魔力!?そんなの使えないですよ……」
「それはまだ分かりませんよ。向こうの世界では、魔法が使えないようになっているそうですから。」
謎の水晶の前に連れてこられてしまった。
Aさんに促されて恐る恐る手をかざすと、水晶が強い光を放つ。
「これは……やはり貴方様が勇者で間違いないです!」
「本当に?これ誰でもなるとかではないですよね?」
やはり怪しい気はするが、きっと今まで僕が生きてきた世界とは勝手が違うから仕方ないのだろう。
それから魔法を使う練習をしたが、今まで一度もやったことがないことをいきなりしろと言われて、サラッと出来たら人生苦労はしない。
しばらくは魔法の練習をしながら、皆の手伝いをすることになりそうだ。
「このツルハシに魔法をかけて、威力を上げてみてくれ。」
「こ、こうですか?」
「うーん、素質はあると思うんだけどなぁ。まだ制御は出来ないか。」
「すみません……」
ツルハシを壊してしまった。
魔力の量は十分にあるらしいのだが、全く使いこなせない。
このままでは、この世界を救うどころか皆の役に立つことすらできない。
一人で凹んでいると、神殿の方から騒ぐ声が聞こえた。
一体何事かと駆けつけると、やたら人が集まっている。
その中心には、明らかにこの世界の人たちとは違う服装の……
「──っ!!」
その人はこちらに気が付くと、突然近くにあった剣で僕に斬りかかってきた。
間一髪避けることができたが、咄嗟のことだったため体勢を崩しす。
僕が死を悟った瞬間、その人は小さく舌打ちをしてどこかへ行ってしまった。
ほんの一瞬だけ、その人の顔が見えた気がしたが、きっと見違いだろう。
だって、諌見くんがこんなところにいるはずがない。
座りこんでぼんやりしていると、周りの人たちが駆け寄ってくる。
「勇者様!お怪我はありませんか!?」
「えっ、あっ、はい。」
「あの者は、先程突然現れたのです!しかし、勇者様に斬りかかるなんて……」
そのとき、誰かが声をあげる。
「まさか、彼奴が魔王では?」
「なるほど、だから勇者様に……」
「そうだ、そうに違いない!」
もし本当にそうなら、僕はあの人と戦わなければならないのだろうか。
到底勝てる気がしない。
今更ながら、勇者というものは命懸けなんだと思い知った。




