ノンハクション!! ~同じ塾の秀才がお人好し過ぎてついつい頼ってしまう件 なお、本人は気にしていない模様~(後編)
翌日。応接間に稲村君とふたりきり。彼は家具や調度品をキョロキョロと見渡して挙動不審。どうやらあくびも出ない様子。
「少し落ち着きなさいな。ご自分の家だと思って寛いでちょうだい」
「無理言うな。この部屋の家具だけ……いや、あのシャンデリアだけでウチ一軒分だろ。ソファだって柔らかすぎて、花菜じゃなくてもムズ痒くてくしゃみが出そうだ」
花菜というのは隣の家に住む幼馴染で同級生で、彼が想いを寄せる相手。彼曰く、「何でも出来る普通の女の子」。
「ただの物よ。物に畏まったって意味がないわ」
家具職人に敬意は払うわ。だけど家具は家具。家族が団欒を共に過ごす道具でしかないもの。
「まあそうなんだけどさ。それよりほら、写真」
この前撮った私のウェディングドレスの写真が出来たようで持ってきてくれたみたい。テーブルにアルバムを置いてくれたけど一緒に見たくて向かいのソファから彼の隣に移動する。
「と、東堂院さん?」
さっきまでソワソワとしていたのに私が肩を近づけたらビクッと固まってしまって、まるで借りてきた猫みたい。予想通りの反応で楽しい。
「何かおかしい?」
キョトンとした顔を向けて気付かない振り。だって面白いんだもの。
「な、何でもねえよ」
彼はその真っ赤な顔を私から逸らして、大げさに咳ばらいをしてアルバムをめくった。
「わあ……綺麗ね」
別に自分の事を綺麗だと言ってるつもりはない。純白のドレスと金髪の色合いがとても自然で、本来の私以外の物がとても綺麗に見えたからそうこぼした。
それなのに。
「ああ。東堂院は綺麗だ」
恥ずかしげもなくサラリと言う。
さっきまでこちらのターンのハズだったのに、今度は私が顔を真っ赤にした。悟られたくなくて誰か助けてと声に出さず祈る。そしてそれは通じたようだ。
「お嬢様。大旦那様がお帰りになりました」
使用人が告げると同時にお祖父さまが応接間に入ってきた。稲村君が立ち上がろうとするのをお祖父さまが手を少しだけ挙げて制すると向かいのソファに腰を下ろす。
「座ったままで結構。美咲が無理を言ったようで済まなかった。美咲の祖父です」
一応お祖母さま以外には彼との関係は演技だと言ってある。じゃないとお父さまもお祖父さまも何をするかわからないから。
東堂院英樹には三人の子供がいるけど全員男性だ。孫の私が初めての女の子と知ったときは泣いて喜んで「絶対に嫁には出さん!」と言っていたらしいし、今も溺愛されている自覚はある。
「いえ、僕も自分が出来なかった祖母への孝行をさせてもらっているんで、ギブアンドテイクって奴です。はじめまして、稲村春太郎です」
東堂院の総帥に対してごく普通に挨拶を返す。彼の一番の長所は頭の良さや勤勉さよりも、この物怖じしない胆力だと思う。きっと相手が誰だろうと身分とかで態度を変えたりしない。一条様も本郷様だって東堂院総帥の前では借りてきた猫の様に縮こまるというのに、見せかけの恋人とはいえお祖父さまにハキハキと話す姿は頼もしい。どうやら他の人は皆お祖父さまの軍人の様なピンと伸びたカイゼル髭が怖いみたいなの。だけど、お祖父さまが髭を伸ばすようになったのは小さいころの私がよくお祖父さまの髭を面白がってよく触っていたから。皆が恐れるあの髭が実は孫娘のおもちゃだったなんて誰も予想だにしないんじゃないかしら。
「美咲と同じ、東大の文科を受けると聞いた。あそこの古文の教授とは親交があってよく飲むんだ」
「稲村君も古文好きだったわよね? お祖父さまの趣味は古書の収集なのよ。書斎は古い本でいっぱいなの」
「へえ、それは素敵ですね。僕も万葉集とか徒然草はよく読んでます。こちらの書斎には珍しい書籍が沢山あるんでしょうね」
「ああ、興味があるなら書斎に行ってみるといい。持ち出さなければ好きに見て……失礼」
胸ポケットから響く無粋な着信音に眉をしかめながらスマホを取り出し、画面を確認すると一層表情を険しくさせた。
「なんだ正樹……その件はお前に一任……わかった、本社へ向かう。ふう、せっかく来てくれたのにすまないが急な仕事が入ってしまってね。失礼する。くれぐれも菊代を頼む」
舌打ちをしながら屋敷を出ていく。どうやらお父さまがSOSを出したみたい。お祖父さまの隠居はまだまだ先のよう。
「忙しそうだなお祖父さん。でも優しそうなお祖父さんだな。東堂院グループの総帥っていうぐらいだから誰にでも厳しい人を想像してたんだけど、案外普通の人だった」
「ウフフ、お祖父さまを普通だなんて例えたのは貴方が初めてよ。じゃあ、お祖父さまへの紹介も済んだし、お祖母さまの所へ行きましょうか」
「ああ、いよいよ本番だな。ちゃんと彼氏しないとな……えーっと、美咲さん? 美咲様? 美咲お嬢様?」
「東堂院さん、でいいんじゃないかしら。下手に演技しようとするとヘマしそうだもの」
だって彼は嘘が苦手だもの。その言葉は素朴だけどいつもストレートで、だから心に響く。
「そうだな、もともと不器用だし、ありのままでいいか」
「そうよ。ありのままでいいわ」
そう、ありのままがいいわ。こんな風に気取らないで、自然な空気が一番。
そう思ってお祖母さまの部屋へと向かう。
けれど、待ち受ける現実に自然には居られなかった。ありのままではいられなかった。
「お祖母さま! 美咲です。稲村君を連れてきたわ!」
いつもの様にノックをしないで扉を開ける。
「美咲……? どなただったかしら?」
そしていつもの様にすぐには私を思い出せな……あれ? お祖母さまの雰囲気が違う? なんだか若くなったような……それに野沢さんの表情もおかしい……?
「菊代様、み、美咲様ですよ」
菊代様? 大奥様じゃなくて?
「美咲なんて人は知らないわ。あら英樹さん、お仕事お疲れさまです。来週の結婚式が待ち遠しいですわ! だって式が終わったらずっとお側に居られますもの!」
お祖母さまは稲村君を見てパッと表情に花を咲かせる。
「英樹……? 誰と間違えてるんですか?」
嘘よ。そんな。せっかく写真も出来たのに。稲村君も来てくれたのに。
「何を言ってるの英樹さん。貴方の冗談はいつも面白くないんですから」
認知症はお祖母さまから私の記憶を全て消し去ってしまった。そればかりか稲村君の事をお祖父さまと間違えて、まだ結婚する前だと言ったりする。
「そ、そうよ。英樹さんは真面目だけが取り柄なんだから。ね! 野沢さんもそう思うでしょ?」
私はお祖母さまをがっかりさせたくなくて、認知症だと現実を突き付けたくなくて、咄嗟に嘘をつく。
残酷。現実はいつも、想像より少し酷い。
「と、東堂院?」
嘘なんてつけない稲村君に、私はどれだけ罪作りな事をさせるというのか。
でも、お祖母さまの無邪気な笑顔を曇らせるなんて私には出来なかった。
25ハクションにつづく。




