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23ハクション キューピッドステューピッド(前編)

「ふあ~あ」


 始業前の朝の教室にあくびを一つ。蒲ちゃんが来るまで机に突っ伏して少しでも眠ろうと思ったが、隣の席の親友の声に顔を上げる。


「ういっす春太郎。眠そうだな。有名人は辛いね」


 そう、俺は有名人。先週までは無名のミーチューバーだったのに、たった5日でエラい事になってしまった。


「おっーす。実感ねーけどな」


 泰の言葉に苦笑いで返していると流行りの話題に敏感そうなギャルの大曽根さんが割り込んで来た。


「アゲハの動画見たし! 稲っちスゴいじゃん! ボヤイターのトレンド2位だし!」


 ボヤイターとは「ぼやき」の様な短文(ボヤイト)を投稿するSNSサイトだ。羽根田アゲハの呪いの動画踊ってみたボヤイトは朝見たら3万RB(リボヤイト)を超えていた。物凄い反響である。


「そりゃそうでしょ。だって今日のXIP(ックスィップ)でも特集してたもん。中高生に話題の呪いダンス、って」


 XIP(ックスィップ)というのは日替りでナビゲーターが替わる朝の情報番組だ。爽やかな朝に似合わない言いづらい番組名が何故かお茶の間に受け入れられている。

 っていうか、テレビ?


「テレビに出てたの? 俺に連絡なんてどこからも来てないんだけど」


 朝はギリギリまで寝てるからテレビなんて見ない。だからXIPでどんな風に俺の動画が紹介されてたかは分からないが、使用許可ぐらい取るもんだと思ってた。


「でもミーチューブ動画は規約でも引用フリーだし。有名税だって割り切るしかないし」


 確かにミーチューバーとして成功したいとは願っていたが、まだ自分が有名人だなんてピンと来ない。


 こうなった経緯を始めから話そうか。


 5日前、若葉ちゃんが閲覧数に伸び悩む「春P先生のミーチューブ教室」を宣伝しようと、俺の呪いの踊りを中高生に人気の動画サイト「チックタック」に挙げた。チックタックは15秒程の短い動画が主流になっていて頭を空っぽにして見るタイプの動画サイトだ。そのチックタックに俺のダンス授業動画から一番気持ち悪い箇所を編集してアップした所、大いにウケた。


 いわゆる「バズッた」という奴だ。


 コメント欄には多くの「キモい」「寿命が縮んだ」「春Pは俺の嫁」等の応援メッセージが寄せられ春P先生は大層傷付いたが、お陰でミーチューブの方のアクセス数も増えて結果オーライ万々歳。チャンネル登録者も50人を超えた。


 それだけでも俺的には物凄い事なのだが、それで終わらなかった。


 どこで聞きつけたのか、UNK09+31ユーエヌケーフォーティーの羽根田アゲハが自身のミーチューブチャンネルで俺の呪いのダンスを真似た動画をアップした事が発端となり、羽根田アゲハに続けと他の芸能人や有名ミーチューバーがこぞって呪いのダンス動画をアップしまくったのだ。


 芸能人の発信力というのは凄まじく、3日前に羽根田アゲハがダンス動画をアップしてから瞬く間に俺のミーチューブチャンネル登録数が爆発的に増えた。


 その数、なんと11,000人。


 これはヤバい。


 余裕で収益化申請が出来るレベルだ。

 勿論このビッグウェーブに乗らない手はない。中間テストが終わるまで細々と活動するつもりだったが昨日急いで新しい動画を3本撮影し、今は若葉ちゃんが呪いの絵かき歌動画を編集しているところだ。


「ふあ~あ。ま、芸能人がわざわざ宣伝してくれるなら願ったり叶ったりだよ。収益化まで1年はかかる見通しでいたからありがたい事さ」


 お陰で更に睡眠時間を削る羽目になってしまったが、花菜に勝つ為の勉強も動画作成もどちらも手を抜けない。中間テストはもう来月だ。そこで結果を出して花菜に告白するまで睡眠など贅沢なのだ。


「おはよ、ハッ、ハッ『今日も春太郎がカッコいいよ~!』」

「おはよう皆」


 蒲ちゃんに呼ばれ職員室に行っていた花菜と萌々が挨拶と共に教室に入ってきた。その表情は強張っているというか、少し緊張しているように見える。


「おはよ。蒲ちゃん何の話だったの?」


「ん、今日ね、モモコの取材でテレビのカメラが来るんだって」


「テレビ?」


「ああ。一日私に密着するようだ。皆には迷惑をかけるが協力してくれ」


 今やモモは時の人だ。空手人気はモモの肩に乗っていると言っても過言ではない。オリンピックを今夏に控え、来月の日本選手権はテレビでも生放送するらしいし、これからはもっと取材が増えるだろう。

 

「え? きょ、今日?」


 泰が驚くが、何だろう? 今日だとマズいのか?


「ああ、今日一日、家に帰るまでだそうだ。私の強さの秘密を探るというのがテーマらしい」


 秘密も何も、モモは小学校の頃に山で仙人に育てられたのが強さの理由だ。今も仙人とは伝書鳩でやり取りをしているらしい。


「でね、これから芸能人がリポーターとしてこの教室に来るんだけど、騒いだりしないで欲しいの。午前中は一緒に授業を受けるんだって」


 どうやらテレビ局とうちの学校はモモを「文武両道」としてアピールしたいらしい。芸能人リポーターも共に受けながら授業内容を放送して北高のレベルをお茶の間に伝えたいようだ。

 そこで花菜は1組の教室が騒ぎにならないようにまとめる役目を蒲ちゃんから言い渡されたそう。モモの親友としてインタビューも受けるみたいだし、生徒会長も大変な事だ。


「あ、あとね。春太郎も出て欲しいって」


「は? 俺? 何で?」


 完全に他人事だと思って余裕ぶっこいてたのに、俺もモモの友人として何か聞かれるのだろうか。


「あのね、オープニングで踊って欲しいって」


「はあ?」


 踊るって、まさか呪いのダンスをか? って本人は別に呪われてると思ってねえよ真剣に踊ってんだよ。


「私とリポーターの人と3人で、春P先生がセンターだって」


「俺がセンターって、リポーターって誰なん……」


――キーンコーンカーンコーン――


「みんな席に着けー。おはよう、朝のHR(ホームルーム)を始めるぞ」


 要領を得ない俺の疑問を始業のチャイムが遮って、同時に蒲ちゃんがやってきた。皆大人しく席に着く。


「えー、杉野から聞いたと思うが、今日は日本選手権を前に(からもも)の事をテレビ局が取材にくる。午前中は授業の様子も撮影するらしいからよろしく頼むな。更に一日だけ、我がクラスに転入生が来ることになった。どうぞ、入ってください」


 さっき花菜が言ってた芸能人のリポーターってヤツか。蒲ちゃんに促されて一日転入生が入ってきた。


 北高の紺色のブレザーに身を包み、スカート丈は膝上程度でそれほど短くなく、首元も一番上までしっかりとボタンを留めてキッチリと真面目な印象を受ける。しかしその顔は凛々しく中性的な雰囲気の美少女で、髪型はボリューム満点の彼女の代名詞であるサイドテール。


「――!」

「マ、マジかよ!」

「カワイイ! 顔ちっちゃい!」


 花菜に騒ぐなと言われていたのにクラスメイトはざわつく。無理もない、だってトップアイドルが何の前触れもなく教室に生徒としてやって来たのだから。


「おはようございます! 一日だけお世話になります、UNK09+31(フォーティー)の清川つぼみです!」


 振り返って笹原の様子を窺うが、長い前髪のせいでその表情はわからなかった。






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