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22ハクション オフセットサンセット(前編)

 宇野川から3駅程離れた由野浜(ゆのはま)町に到着。この由野浜は母さんの実家があって小さい頃から一人で来ていたから庭みたいなものだ。


「ふあ~あ」


 リムジンから降りて特大のあくびを放つ。道中で東堂院が着替え終わったから後部座席に移動したのだが、アロマの香りとふかふかのソファのコンボに俺はすっかり眠くなってしまった。


「ちょっと稲村君、退屈そうにされると傷付くのだけど。演技といえどちゃんと恋人っぽくしてもらわないと困るわ」


 俺に続いて降りてきた東堂院が呆れているが、これが俺の普段通りだからな。伊達に居眠りする太郎と呼ばれてないぞ。


「ふぁい、ごめんなふぁい」


 あくびを噛み殺しながら謝る俺に東堂院は更に顔をしかめた。


「もう。ひょっとして貴方、好きな女の子の前でもだらしなくあくびしてるんじゃないでしょうね?」


 え? だったらまずいの?


「してるけど?」


「呆れた! いいわ、今日は貴方のダメな所をいっぱい指摘してあげるから、精々男を磨きなさい!」


 間に合ってますと言いたい所だが、チャンスかもしれないな。花菜のくしゃみはいつも俺の事をベタ褒めしてくれるから、自分が男としてどうなのか実際よくわかってない。客観的に見てくれる存在ってのもありがたいのではないか。

 しゃっくりの音でコテンパンに傷付く未来しか見えないけどな。


「はあ、お手柔らかにお願いします」


「はあ、じゃないわよ。ほら、早速デート相手に言う事があるんじゃなくて?」


 そう言って期待に満ちた表情でくるりと回る。スカートが空気を孕んでふわりと舞った。

 なるほど、セーラー服を褒めろと、そういう事か。


 宇野川商業のセーラー服は勿論うちの変態親父が母さんに着せて鑑賞するために所持しているものだから、サイズも母さんに合わせてある。背丈は東堂院と同じぐらいだから一見丁度良さそうなのだが、胸の辺りが明らかに窮屈そうだ。なんと言うか、引っ張られている。全体的に前に引っ張られていてぱつんぱつんだ。

 どうもありがとうございます。


「ずるいよな。東堂院は可愛いから何でも似合う」


「あ、あら。そうかしら」


 催促してきた癖に俺が褒めると顔を赤くして照れた。

 恐らく東堂院は綺麗と言われる事はあっても、同年代の男に可愛いと言われるのは滅多にないのではないか。

 普段着ることの無い服を着ているのだから、褒め言葉も特別な物にした方が効くハズだ。

 とは言え、決して思っていても「ぱつんぱつんで最高だよ!」なんて言ってはいけない。多分、ぱつんぱつんは褒め言葉ではない。

 

「葵の園の派手な白ブレザーもいいけど、黒い素朴なセーラー服もいいよ。何て言うか、葵の園の制服は天上の女神って感じだけど、今は手が届きそうで届かない地上に舞い降りた天使って感じ」


 何言ってんだ俺。バカかよ。

 これにはさすがに東堂院もドン引きである。


「そ、そこまで褒めろとは言ってないわよ……『キモ』『キモ』『キモ!』」


 うん、キモいよね。知ってた。

 

 あくびをしたら恋人失格と言われ、キザな言葉で褒めちぎればキモいと言われ、デリカシーゼロ太郎の俺は早々に死亡。しかしデートは始まったばかりだ。生まれたての子牛が立ち上がるシーンを思い浮かべ勇気を貰い、自分を奮い立たせる。


「じゃあ行こうか。このビルの2階だ」


「行ってらっしゃいませ」


 運転手さんと執事さんとはここでお別れ。文殊四郎さんの深いお辞儀に見送られ雑居ビルの中に入った。


 

 ◆



「可愛い! おいで、おいで!」


 東堂院がデレた。


 雑居ビルの2階にある猫カフェ「ニャンクチュアリ」。猫様と猫好きの為の聖域であるこの店は俺のお気に入りだ。

 椅子の無い店内はカーペットが敷かれており、まるで自宅の様に猫様と触れ合う事が出来る。

 東堂院も猫様の愛らしい仕草にやられてしまい、オヤツで釣って何とか膝の上に乗って貰おうと必死だ。


 この猫カフェにはいつも一人で来る。花菜の母親のすみれさんが重度の猫アレルギーで服に毛でも付けて帰ればそれだけで反応してしまう。だから花菜も猫や犬には触れないので連れてこない。誰か他の人と来るのは初めてだったりする。ちなみに俺は猫派だ。というか、犬は苦手だったりする。


「東堂院はナイトシュバルツが気に入ったみたいだな」


 ナイトシュバルツはオスの3歳。白と黒のツートンの毛色で目の上に極太眉毛のような模様があり、いつも眠そうな表情がニャンともいえない。


「だって稲村君にそっくりじゃない。見なさいよこの眉毛」


 俺とナイトシュバルツを見比べて笑う。確かに顔は似てるが、ナイトシュバルツは俺と違って愛想がよくサービス精神旺盛な猫様だ。


「ニャオン」


 差し出されたオヤツを一口で平らげると、まるでお礼だと一鳴きしてスッと東堂院の膝の上に移動し、くるんと丸くなった。


「キャッ! ナイトシュバルツが膝の上に来てくれたわ!」


 優しく首を撫でると気持ち良さそうに目を細目ながらノドを鳴らす。それがまた可愛くて東堂院はずっとナイトシュバルツを撫で続けた。


「こんな近くで猫を触ったのは初めて! 猫カフェって素敵な所ね!」


 お気に召してくれたようで一安心。さて、記憶に残ったところで記録にも残しておこうか。


「スマホ貸して東堂院。写メ撮ってやるよ」


 女子高生なのだから映え写真はライフワークだ。まさか財閥のご令嬢がSNSなんてやってないだろうが、ネットに挙げなくても後で見返すだけでも十分楽しい。


「あ、葵の園ではスマホによる撮影ははしたないからと禁止されているわ」


 なんだそりゃ、また極端な校則だな。まあ確かに、街中で葵の園のお嬢様方が自撮り棒持ってイエーイなんて周りからギョッとされるか。だけど、葵の園の生徒なんてここにはいない。


「いいんだよ。今の東堂院は宇野川商業の3年生なんだから」

 

「フフ、そうね。葵の園女学院の生徒じゃないなら校則なんて関係ないわね。スマホを取ってくださる? 鞄のサイドポケットに入っているわ」


 宇野川商業3年F組の東堂院美咲はどこにでもいる普通の女の子。週に一度の猫カフェで受験勉強のストレスを発散するのだ。ちなみに俺の中の設定では文学部の部長で好きな言葉はBeMyBaby(あなたはわたしのもの)だ。


「ああ……これか?」


 身動きが取れない東堂院の代わりに、葵の園女学院指定の高級そうな白色の鞄からスマホを抜き出して彼女に差し出してやる。葵の園では身に付ける物はほぼ白に統一されており、校章が刺繍されたニーハイソックスも有名デザイナーの手掛けた物らしい。ニーソだけで2万円もするそうだ。

 ん? どうしてニーソの値段まで知ってるのかって? 親父が買おうとして諦めてたからだよ。


「そのまま持っててちょうだい……はい、あとは画面を押すだけで撮れるわ」


 ロック解除のパスワードを入力する所をバッチリ見てしまった。お嬢様もいつぞやのアイドルと同じ様に警戒心が薄れているようだ。ま、俺が信用されているのだと思おう。


「了解。はいチーズ」


 合図と共に何枚か撮っていく。ナイトシュバルツは慣れているのかバッチリカメラ目線、一方の東堂院はぎこちない微笑みをレンズに向けた。


 もう普通の女の子だ。


 勿論染み付いた気品は相変わらず滲み出ているが、猫を抱いて恥ずかしそうに笑う東堂院はどこにでもいる普通の女の子だった。


 さて、写真も撮ったし移動しよう。


「じゃあ次の場所に行こう。またなナイトシュバルツ」


「ニャオン」


 そう声を掛けるとナイトシュバルツはスッと東堂院の膝の上からどいた。本当に聞き分けがいいというか、プロの猫様である。


「えっ、もう? 入店してからまだ20分ぐらいしか経ってないのだけれど」


「悪いな、まだまだ色んな所に行く予定があるんだ。あまり長居してられない」

 

 6時半までにあと2つデートスポットを巡らなきゃならないからな。多少急ぐ必要がある。名残惜しそうな東堂院を連れて猫カフェを後にした。


 ◇◆◇


「ど、どうかしら?」


 東堂院がテレた。


 動画撮影会社社長の沖田さんに紹介してもらった結婚式場、そこのチャペルで清楚なウェディングドレスに身を包んだ東堂院は強烈に可愛かった。


 ここでもコネを最大限使って、東堂院のウェディングドレス写真を撮りにやって来た。何も結婚しなければウェディングドレスを着てはいけないなんて法律はない。折角だからお祖母さんの望みは全部叶えてしまえばいい。沖田さんの学生時代の同級生が働いてるらしく、びっくりするぐらい格安な値段で引き受けてくれた。本来なら何万円もするだろうが、高校生のお小遣いでも払えるぐらいの“破格”だ


「綺麗だよ。着てる人間がいいからな」


 歯の浮くような台詞だけど、ご機嫌取りで言ってる訳じゃない。イギリス人の血が半分流れている東堂院には本当に純白のドレスがよく似合っている。

 出来るだけ派手じゃないドレスをお願いした。飾り気を最小限におさえて、清廉に、お淑やかに。賑やかなドレスは東堂院の美しさの邪魔をするからだ。


「はーい、じゃあ撮っていくんで、ブーケを胸の前に構えて貰っていいですか?」


 カメラマンのお姉さんに指示されて初々しい花嫁はポーズを取る。パシャパシャとフラッシュが光って、東堂院の17歳の一瞬一瞬を切り取っていく。


「よし、彼氏さんも一緒に写りましょ!」

 

 は? 


「い、いや、俺は彼氏じゃ……」


 咄嗟に否定するが、今日に限っては塾の仲間ではない。


「あら、今は私の恋人でしょ? 私だけ恥ずかしいなんてダメよ。道連れにおなりなさいな」


 くっ、仕方ないか。お祖母さんに見せる写真の為だ。覚悟を決めて東堂院の隣に立ち、精一杯微笑んでフラッシュを浴びた。



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