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19ハクション 心葉(ここのは)色付く(前編)

「お前、ミーチューバー舐めてんだろ」


 日曜、とある撮影スタジオにて朝からこっぴどく叱られていた。プロからしたら俺なんて子供の遊びにしか見えないのかもしれない。気を付けの姿勢で叱咤を甘んじて受け止める。


「舐めてはいません。ですが、怠慢は認めます。すみません教えてください。お願いします」


 舐めてはいない。ただ、知識と経験が乏しすぎる。俺は動画配信のイロハも何も知らない。沖田さんが俺に呆れるのも無理はない。


「はあ、まあ芝社長と(のどか)に頼まれてるから面倒は見るけどよお。その代わり全力でやれよ。考えて行動しろ。いいか、プロの世界じゃ考えてから行動じゃ遅い。そんな時間なんてねえ。俺達の世界じゃ考動(・・)が基本だ」


 ライオンみたいな金髪に日焼けした黒い肌の、いかにもヤンチャしてますな感じの沖田さんに叱られるのは正直怖い。しかし、言ってる事は至極まともだ。見た目はオラオラ系なのだが性格は意外にも理論派のようである。


「はい、わかりました。お願いします」


 沖田さんは動画撮影サービスの会社を切り盛りしている「動画のプロ」だ。結婚式の撮影、編集や披露宴で使うVTRの作成の仕事が多いらしいが、インディーズのアーティストのMVなども手掛けていて、この界隈では有名な人らしい。一見チンピラの様に見える外見も、舐められない為の彼なりの武装なのだそう。

 そんな人が俺に動画のイロハを教えてくれる事になったのは完全にコネだ。

 ミーチューバーになる、と決めたは良いものの、俺は動画の作り方を知らない。勿論独学で調べてはいるが不安は募る。そこで広告代理店で働いている泰のお姉さんと、以前ヒーローショーで知り合ったイベント会社の芝社長に動画に携わる人物を紹介してほしいと頼んだ。それぞれ別にお願いしたのだが、なんと二人は同じ人物に口利きをしてくれた。それが沖田さんだ。泰のお姉さんの大学の時の先輩らしい。年齢は教えてくれなかったが、多分アラサー成り立てといった感じだろう。

 今日は花菜と若葉ちゃんを連れて沖田さんの会社のスタジオに教えて貰いにやって来たのだ。20畳程の広いスタジオの隅の編集スペースで、動画編集に特化した超ハイスペックPCを四人で囲んでいた。モニターには他のミーチューバーの授業動画が流れている。


「これ見りゃわかるだろ。今ミーチューブ上にどれだけの授業動画があると思ってる。それと同じ事やったって意味ねえだろ」


 どんな動画を撮るつもりだと聞かれて試しに沖田さんの前で授業をしたのだが、ケチョンケチョンにけなされてしまった。曰く、わかりやすい授業したって誰も見ねえよ! との事だ。

 確かにどれだけクオリティの高い物を出しても、見つけて貰わなければ見られない。現在ミーチューブにある授業動画は有名な塾の講師や有名私立中学の本物の教師の物がほとんどだ。現役高校生の俺と大手塾の講師の動画が並んでいて、誰がわざわざ俺の動画を選ぶというのだろう。

 授業の内容には自信がある。正直、有名私立中学にも負けてない。ただ、実績と肩書きが俺にはない。そしてそれは一朝一夕で手に入るものではない。


「でもお兄ちゃん現役高校生で全国模試10位でしょ? 動画あげてる人ってオジサンばっかじゃん。アピールポイントとしては十分じゃない? サムネだったっけ? 動画の表紙みたいな奴。あれにデカデカと『全国10位の秀才が教えます』みたいに書いておいたら目立つんじゃない?」


「じゅっ、10位? 北高でじゃなくて、全国?」


 若葉ちゃんの言葉に沖田さんは目を剥いた。ん? 全国模試10位ってそんなにアピールする事なのか?


「はい。といっても、本物の化け物、いわゆるIQオバケみたいな奴は俺の歳で大学行ってたり起業してたりするから、数字通りに俺が10番目かって言ったら違うと思いますよ。それに花菜は4位ですし」


「4位も10位も変わらないって」


 謙遜するが、花菜は余裕で化け物の中に入ると思う。生徒会とか部活の助っ人とかやってなければ飛び級で大学に行ってたとしても全然おかしくない。

 

「そういう事は先に言えよ! だとしたら話は違ってくる。少なくとも目にはつくな。だけど、更に動画のハードルは上がる」


 若葉ちゃんも沖田さんも、「全国10位」を前面に出せばとりあえず見て貰えるのではないかとの事。しかし、その中身がオジサン連中と同じ感じだったらすぐに見るのを止めてしまうかもしれない。

 考えろ。俺の目指す動画は不登校の子達が学校に行く代わりに見る為のものだ。分かりやすいだけじゃダメだ。俺にしか出来ない事。歳が近いのを武器にしろ。


「弱点を見せます。動画の先生って、完璧タイプの人が多いです。だから取っ付きにくいっていうか、親しみは湧きません。壁を感じます」


 まして俺は全国上位の成績で、ただでさえお高く止まりやがってと思われるかもしれない。不登校の子達は大小あると思うが劣等感を持っているはずだ。完璧な講師に引け目を感じてしまうだろう。

 俺が理想とする蒲ちゃんだって完璧とは程遠い。不器用ながら生徒に真摯に向き合うその姿勢に心をうたれるのだ。


「そうだな。信頼出来るいい先生ってダメな所が憎めない部分あるからな。で、例えばどんな事が苦手なんだ?」


「ハッ、ハッ、『春太郎は完璧にカッコいいよ!』」


「……絵と運動です」


 花菜のくしゃみをスルーして答える。恋は盲目というが、どうしたら俺が完璧に見えるんだよ。完璧なのは花菜の方だ。


「美術と体育って事?」


 運動が苦手だとは前に述べたが、実は絵心もない。壊滅的レベルでない。


「あ、覚えてる。保育園行ってた頃、お兄ちゃんにマジピュアの妖精を描いて貰ったら変なピーマンのお化けみたいの出てきて怖くて泣いちゃった事」


 マジピュアとは日曜朝に放送している女児向けの魔法少女アニメだ。耳の長い猫みたいな妖精も、俺にかかればピーマンのお化けに大変身する。


「幼児が泣くレベルって何だよ。ちょっと何か描いてみろ」


 3人が見守る中、紙にペンを走らせていった。




 

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