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12ハクション ワンサイドゲーム(後編)

 朝の続き、春太郎の誕生会後編。


「も、もうやめてぇ……」


 母さんがすがるように花菜に懇願する。


「花菜ちゃん、お願いだ。もう争うのはよそう」


 父さんも停戦を申し出るが、花菜は口の端を醜く歪めてそれを却下する。


「ダメだよ。ようやく面白くなってきた所なんだから。ハッ、『たのしー! もう一回!』」

 

 俺は無言でトランプを並べる。メシの時にあれだけ冷やかしたんだから素直に花菜の生け贄になる運命を受け入れろ。

 全部並べ終えてカウントダウンを始める。


「3、2、1、スタート!」


 始まりの合図と共に花菜の両手が千手観音の様に増殖した。目にも止まらぬスピードでトランプをめくっていく。

 

「8と8……クイーンとクイーン……」


 同じ数字のカードを次々と揃え取っていく。


 花菜がウチに晩ご飯を食べに来たときは毎回、食後にトランプをして遊ぶのだが、我が家のトランプのルールは少々変わっている。

 ターン制を廃止したリアルタイム制、つまりスタートしたら順番関係なく好きに取っていってもオーケーなのだ。

 

 その名もリアルタイム神経衰弱。


 一度見たものはすぐに覚えられる花菜にはこのルールだと誰も敵わない。一人だけ競技かるたをやっているようなスピードで手が動いて瞬く間に揃えていく。


「えへへっ、いっちばーん!」


 俺や親が一組二組揃える頃には花菜が残り全部を取ってしまう。連戦連勝ですっかりお姫様はご満悦な表情を浮かべる。


 いわば接待だ。


 稲村家では杉野家の御令嬢は一番のVIPだ。全身全霊を持っておもてなししなければならない。

 それ(ゆえ)のリアルタイム神経衰弱なのだ。


 何故なら、花菜は普通のルールだと弱すぎる。


「じゃあね、次は普通のババ抜きやろ!」


「了解。二人ともいい(・・)よね?」


 俺は二人に目配せをする。

 

(適度に手加減して花菜を勝たせよう)


 二人も小さく頷き、接待試合第2幕の始まりである。


 カードを配り終え、手持ちのペアを揃えて準備完了。

 

「ハッ、ハッ、『いきなりババきちゃった!』」


 こんな具合に花菜は駆け引きが出来ない。

 稲村家以外ではコテンパンに負けるらしいが、我が家では忖度の結果、ある程度奮闘してからギリギリで花菜が勝つように皆で頑張っている。


「じゃあ引くわね花菜ちゃん。どれかな~? これかな~?」


 母さんはわざとらしく一枚ずつ掴み、花菜の反応を待つ。


「ふあ~あ。母さん、何引いても同じだって。早く引けよ」


「まあまあシュン。かすみは負けず嫌いだから」


 あくびを放って退屈感を(かも)し出し、それを父さんが(たし)める。母さんの演技がバレない様に全力でフォローだ。


「おばさん早く……ハッ、『ババは一番右端!』」


 有力な情報が出た所で左端のカードを引いた。後は最後まで残った人が花菜から右端のババを引いてやればミッションコンプリートだ。しばらく普通にゲームを進める。


「揃ったわ! 上がりね!」


「おっ、これで上がりだな。シュンと花菜ちゃん、ビリはどっちかな~?」


 やがて母さんが一抜けし、続いて父さんも上がった。俺と花菜が残って正面に向かいあう。

 手札は花菜がババを含め2枚。俺がラスト1枚。花菜からババじゃない方を引けば俺の勝ちという局面。


 花菜はわざとらしく右端のババを高く上げて目立たせた。


「春太郎、右のカードを取ってくれたら嬉しいなあ」


「右がババってこと?」


「さあ? どうだろうね~? ハッ、『右がババだよ!』」


「……わかった。花菜が俺に嘘をつく訳ないからな。信じるとしよう」


 裏をかいた(てい)で右端のカードを引く。当然くしゃみの方が正直で、見事にババだった。


「嘘じゃねえか! 騙したな花菜! 卑怯だぞ!」


 怒る俺と、笑う両親と、勝ち誇る花菜。わめく俺の手からババじゃない方のカードを引いて花菜の勝ち。


「えっへへ~! 勝負の世界に卑怯もへったくれもないよ~だ。ハッ、ハッ、『春太郎大好き!』ハッ、『おじさんもおばさんも大好きだよ!』」


 卑怯だよ花菜。そのくしゃみは卑怯だ。


 いつだって、稲村家は花菜に完敗。

 いつだって、花菜の反則勝ち。

 最凶に可愛らしい隣の女の子は、我が家にとって天使そのものだった。



 ◇◆◇



 お誕生日会もお開きになって、花菜は自分の家に帰り、俺も自室で勉強をしていた。

 

 楽しかったなあ。


 花菜の料理は美味かったし、プレゼントは欲しい物全部貰えたし、両親も嬉しそうだった。花菜の誕生日も盛大に祝ってあげないとな。


「ふあ~~。もう1時か、そろそろ寝ようかな」


 いつもはもっと遅くまで勉強をしているが、明日から学校が始まる。初日だし早めに切り上げて寝てしまおう、そう思い片付けていた時だ。 

 控えめなノックの音の後、静かにドアが開いて顔を向ける。


「あ、あのね春太郎。一緒に寝てもいい?」


 パジャマ姿の花菜が立っていた。後ろ手にドアをそっと閉じて、夜はまだ終わりそうになかった。



 ドッキドキの誕生会夜のお楽しみ編は次の13ハクション「スイーツスリープスニーズガール」にて。ご期待ください。なお、次話は展開の都合上、分割出来ません。13日は夜に一回のみの投稿となります。


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