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12ハクション ワンサイドゲーム(前編)

「ハッピバースデートゥーユー」


 照明を消して真っ暗になった居間に楽しそうな歌声が響く。


「ハッピバースデートゥーユー」


 ちゃぶ台にはデコレーションケーキ。その上にひしめき合う様に刺さった18本のロウソクの灯りが父と母、そして想いを寄せる幼馴染みの顔を照らしている。


「ハッピバースデーディーアしゅーんたろー」


 4月4日。俺の誕生日。


「ハッピーバースデートゥーユー!」


 歌声が止んだのを合図に首を伸ばし、ロウソクの火を勢いよく吹き消していく。

 18本ものロウソクはさすがに一息じゃ消しきれなくて、結局2回息継ぎをして鎮火させた。

 蝋の香りの余韻が鼻から抜けた後、パッと照明の明かりが()いてから大きな拍手の音が本日の主役を包み込んだ。


「おめでとうシュン! 大人の仲間入りだな」


 先ず父さんが俺に祝いの言葉を掛けてくれた。


「おめでとうシュンくん。ふぇぇぇん、もうシュンくんが子供じゃなくなっちゃったよ~」


 母さんがわざとらしい泣き真似をするが、いくつになっても俺はアンタの子供だから安心しろ。


 そして最後に、大好きな花菜。


「おめでとう春太郎。18歳もよろしくね」


 毎年、俺の誕生日はこうして花菜がウチに来てくれて祝う。去年はおじさんおばさんも来てくれたが、今日は取引先とのパーティーがホテルであって夫婦で出席しないといけないらしい。帰りが夜中になるから来れないようだ。二人からは朝にお祝いの言葉を貰った。


「ありがとう。なんか照れくさいな」


 こういう雰囲気は何回やっても慣れないけど、何回やっても飽きる事なく、嬉しい。


「お礼を言うのはまだ早いぞ。これは父さんと母さんからのプレゼントだ」


 テレビ横のサイドボードの上に置かれた小包を取って俺にくれた。


「ありがと、何かな? 開けていい?」


「ああ、開けてごらん」


 一ヶ月前、花菜に「誕生日、親からのプレゼントだったら何が欲しい?」と聞かれていた。恐らくうちの親に頼まれて聞いてきたのだろう。だからプレゼントの中身も予想がついている。


「うおおお……マジか……」


 予想はついていたが、予想通りだったことに驚く。


 ミラーレス一眼カメラ。


 100,000円。


 なんと御値段は十万円。


 さすがに十万円もする物は無理かもしれないと思っていたが、箱から取り出したのは間違いなく俺がリクエストしたものだ。動画を撮るのに最適な高性能カメラだった。


「こ、こ、こんな高い物いいの?」


 思わず声が上ずってしまう。


「ああ。ただ壊しても代わりは買ってあげられないから、大切に使えよ」


 大切にするに決まっている。これがあれば夢に近付く。


「うん、大切に使うよ。ありがとう父さん母さん」


 まだ皺の気になる歳ではないが、俺の素直な感謝の言葉に両親は目元に大きな皺を作って目一杯微笑んだ。

 きっと花菜の事だから、これを何に使うかも話したのだろう。それを知ってもカメラをプレゼントしてくれたという事は俺の事を信用してくれてると言うこと。それが何より嬉しかった。


「あとね、これはうちの親から。ICレコーダー」

 

 可愛らしくラッピングされた長細い箱をくれた。丁寧に包装を剥いて箱を開けると俺が使いたい候補に挙げていた高音質のICレコーダーが入っていた。これも15,000円ぐらいする立派な奴だ。


「スゲー、これで道具が揃った……」


 パソコンは母さんが手組みしたウチの奴が超ハイスペックだから問題ない。編集ソフトは前のバイト代で買ったし、動画作成の準備は整ったと言える。


「うちの親に春太郎の夢の事を話したらね、応援するって」


 ありがたい。手放しで歓迎できる事じゃないだろうに、花菜の両親も俺を信じてくれているらしい。


「ありがと。次会った時お礼言っとく」


「ハッ、ハッ、『夢に向かう春太郎大好き!』うん。さ、食べよ。料理とケーキは私が作りました!」


 ちゃぶ台にはご馳走が並べられた。はっきり言うとウチの母さんは料理が得意ではない。在宅でのシステムエンジニアの仕事で我が家の家計を支えている母は家事全般に苦手意識を持っていて、やらない訳ではないが積極的ではない。父さんと上手いこと分担しながら何とかやっている。


「いただきます。……美味い! すごいな、また料理の腕上げたんじゃない?」


 俺の大好物がいくつも並べられていた。パイナップル入りの酢豚、金目の煮付け、衣にアーモンドのスライスをまぶしたエビフライ。どれも本当に美味くて、箸を伸ばす手が止まらない。


「美味しい! 本当、すみれさんに似たのね。いい奥さんになれるわ。いいなあ、うちも男じゃなくて花菜ちゃんみたいな女の子が欲しかったなあ」


 ウチと杉野家は特に母親同士が仲がいい。専業主婦のすみれおばさんと在宅仕事の母さんは平日の昼下がり、ほぼ毎日隣で一緒にお茶をしているようだ。


「一人息子の誕生日になんて事言うんだよ」


 俺のツッコミに牛乳瓶の底の様な分厚い眼鏡を光らせてコロコロと笑うと、母さんのその細い首筋に血管がクッキリと浮き出る。ウチの親は二人ともガリガリだが、酒は飲むけど食が細い父さんとは対称的に母さんは食べることが何よりの趣味だ。今だって俺以上に花菜の手料理を口に運ぶのに夢中になっている。花菜の様な娘が欲しかったというのも、美味しい手料理が毎日食べたいというのが本音だろう。


「花菜ちゃんがシュンくんのお嫁さんになってくれたらねえ」


「おおおおおばさん? どどどどういう意味? ハッ、『親公認! 親公認だよ!』」


 盛大にあわてふためく花菜を見て母さんは更にニヤニヤといやらしく笑う。


「べっつにぃ~、他意は無いわよ。そうしたら毎日ゴハンが楽しみだな~って」

 

 杉野家では俺と花菜の事をあまりからかったりしないが、我が家ではしょっちゅう冷やかされる。さっさと付き合えばいいのにと毎日言われている。


「そうなったらおじさんも嬉しいなあ。その時は猫耳つけるからお義父にゃんって呼んでね!」


 父さんはナチュラルに変態だ。猫耳メイド服やバニー服とかを集めていて母さんに着せて喜んでいる。寝室のクローゼットの中は人にはとても見せられない様なコスチュームでびっしりだ。息子としては複雑だが、歳を取ってもラブラブなのは正直羨ましい。


「何でお父にゃんが猫耳つけるんだよ! そこは可愛い花菜(はにゃ)に着けて貰え……ゲフンゲフン」


 俺もその変態親父の血を受け継いでいるから興味はある。特にミニスカ婦警の制服は花菜に着て貰いたいと常々思っている。


「もう、春太郎までワケわかんない事言わない……ハッ、ハッ、ハッ、『にゃ~~ん』」


 照れ隠しにツンとした態度を取ってもくしゃみの音が可愛すぎて俺までにやけてしまう。


 美味しい料理はすぐなくなるものだ。沢山作ってくれたご馳走もあっという間に無くなって、父さんが珈琲を淹れてくれて、母さんが花菜特製のデコレーションケーキを切り分けてくれた。


「クッキープレートはシュンくんが食べてね」


 そう言いつつ母さんはHAPPYBIRTHDAYとチョコペンで書かれたクッキーのプレートを花菜の皿に置いた。


「おばさん?」


 花菜も母さんの真意がわからず目を白黒させる。


「食べさせてあげて。あーんで」


 バカかよ。ありがとうございます。


「しゅ、春太郎。あ、あーん」


 あーんなんて何回もやっているが、親にまじまじと見られながらは流石に恥ずかしい。それでも律儀にそのちっちゃくて細い指でクッキーをつまむと、母さんの言う通りに俺の口へと運んだ。

 クッキープレートは少し大き目だが、何回もやらなくていいように一口でかぶりつく。勢い余って花菜の指に自分の唇が触れた。


「んっ……」


 変な声を出すな。おかげで俺の顔は熱を帯びる。花菜と同じように真っ赤になっている事だろう。


「ヒューヒュー! あっついあっつい!」


 父さんが口笛を鳴らして囃し立てる。花菜はたまらず俯いてしまった。


「だーー! 二人ともいい加減にしろよ! 黙って食べる!」


「はーいシュンくん、黙って食べまーす」

「父さんもシーするね。シースルーね」


 二人とも見極めを知っている。あまり焚き付けると逆に離れてしまうラインをわかっているのだ。毎回俺が怒った所で冷やかしをピタリとやめる。親父のシースルーは見たくねえよ。


「フフッ、稲村家はホント賑やかで楽しいよね」


 花菜が笑って、つられて皆も笑う。


 幸せ過ぎた。


 全てが平和で。全てに愛されて。

 ずっとこんな時間が続けばいいのに。そう思った。



 後編は夜に。

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