ノンハクション!! ~尊敬する生徒会長のくしゃみが可愛すぎていじらしくて辛抱たまらんのじゃい! もう食べてしまいたいんじゃ~! なお、ヘタレな先輩で遊んでいるけどこれも愛情の裏返しなのです~ (後編)
勉強の為に脳には糖分が必要だ。それは自然の摂理。
私はチョコレートを愛している。大袋を机に置いて時々食べながら勉強しているほどだ。図書館の自習室は飲食禁止だけど、休憩室で食べようと思ってスーパーに寄った。チョコレートの中でもエアインチョコが特に好きだ。ふんわり軽くていくらでも食べられる。
大袋の菓子コーナーに一直線すると、そこには小さくなった会長が真っ赤な顔で棚の最上段に手を伸ばしていた。
あれ? 髪切ったのかな? それに背も縮んだ?
何にせよ偶然会長に会えるなんてラッキーである。
「どうぞ会長」
最上段に陳列された高級板チョコを取って手渡すと会長はびくびくしながら礼を言った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。この雛岸いばら、会長のお手伝いをするのが使命です。これぐらいの事、アゴで命じてくだされば……ん? 会長? やはりお変わりになられましたか?」
背も150ないぐらいだし、似合ってはいるがショートカットのせいもあってやはり幼い。それに、いつも会長から感じるオーラがないのだ。
「会長、って誰ですか?」
え? 別人? 似てるだけ?
「これは失礼しました。人違いをしたようです。お詫びにその可愛らしいおみ足を舐めさせてください」
「へっ? あ、足を?」
「古代より日本では無礼を働いた時に足の指を口に含ませる事で禊としてきました。今では欧米より靴下を履く文化が根付いておりますゆえ廃れてしまいましたが、元々我が国では下の者に舐めさせることで足の清潔を保ってきたのです。さあ、遠慮はいりません。靴下を脱いでください。さあ、さあ!」
膝をつき、ミニ会長の足を持ち上げようとした所で――私の脳天に拳骨が落ちた。
「ぎゃっ!!」
「公衆の面前で凶行に走るな! 大体そんな文化なんて過去はおろか未来の日本にもねえよ! お前はどこの世界線の人だよ!」
「この痒いところに手が届くと見せかけてただ回りくどいだけのツッコミは……お笑いネタやろう先輩」
強烈な痛みに頭を抑えながら見上げると、予想通りミニ会長をその背に隠す稲村先輩がこちらを睨み付けていた。
「そこまで笑いに貪欲な名前じゃねえよ!」
更にツッコミを重ねる先輩をスルーし、不安そうな顔のミニ会長に笑いかける。会長には中学生の従妹がいると聞いたことがあるが、まさかここまでそっくりだとは思わなかった。
「稲村先輩の知人ということは、会長の従妹殿ですね? はじめまして。花菜先輩の後輩で雛岸いばらと言います。お名前は?」
怖がらせないように膝をついたまま尋ねる。
「す、杉野若葉です」
なるほど、あどけないそのお顔は萌ゆる新緑の芽の様だ。なんと相応しい名前だろうか。
「素敵な名前ですね。わかりました、では参りましょう」
立ち上がり、若葉ちゃんの腕を掴み歩き出そうとするが野暮村先輩が止める。
「ちょ、どこに行くんだよ! 平然と拐うな!」
「わかりました。テイクアウトは諦めます。ではお召し上がりで」
いただきますの一言の後、その細い腕を骨付き肉にかぶりつくように大口を開けて歯を立てようとするが、またもや拳骨が私の頭頂に振り下ろされた。
「ぎゃっ!!」
「そのカエルが潰れたような悲鳴をやめろ!」
「こんな声、稲村先輩にしか聞かせた事ないんですからね……」
「瞳を潤ませて言うな! そういう台詞は花菜にしか言って貰いたくな……ゲフンゲフン」
本当に面白い人。私のこんな生意気な茶番にもずっと付き合ってくれる、優しい人。
「私がどうかした?」
「なな、何でもない!」
「ハッ、ハッ、『バッチリ聞こえてたの!』ハッ、『誰にも見せた事ない私を春太郎に、なーんて』」
稲村先輩がうっかりこぼしてしまった所にタイミングよく会長が登場。慌てて取り繕うが、目の前で繰り広げられるコントに若葉ちゃんも声を出して笑った。
「偶然ですね会長。お菓子作りの材料ですか?」
「うん! これから皆でエクレアを焼こうと思って」
「エクレア、いいですね」
私の大好物だ。会長ならサックサクの美味しいエクレアを作る事だろう。
「そうだ、雛岸もどうだ? 暇だったら、だけど」
「え? いいんですか? 暇です! 超暇!」
会長の手作りお菓子が食べられるのならどんな予定だってキャンセルして必ず行くに決まっている。
「ああ。自慢の幼馴染みの料理の腕を見せつけてやるよ」
「見せつけられるのはお姉ちゃんとお兄ちゃんのラブラブな所だったりして」
「若葉っ! 何を言うのよ! ハッ、ハッ、『わーい自慢の幼馴染みだって! 春太郎大好き!』」
赤くなったり狼狽えたり慌てたり、目まぐるしく表情を変える。想いを寄せる幼馴染みと従妹にかかってはあの凛としたスーパー生徒会長も形無しの様だった。
◇◆◇
夜、父に見られながら再び離れで花を生ける。
「スイートピー? 一種類だけ?」
父の質問には答えず、3色のスイートピーを取りだして剣山に刺していく。
春の花を代表するスイートピーは有名な歌謡曲のお陰で赤が一番有名だが、カラーバリエーションは豊富だ。マニアックな色を挙げると青、紫、クリームなんかがある。
可愛らしい黄色を主に置いて、ピンクを少し恥じらうように脇に傾ける。そして反対側に白の花を立てた。
「出来ました」
「ほう、一つの花材で大胆だと思ったけど、色を変えることで違う表情が出て凄くいいよ。これは、一人の女の子かい?」
すごいな。やっぱりお父さんはよく見ている。
稲村先輩との化学変化を起こす花菜先輩をイメージした。
普段は可憐で、キリッとした憧れの先輩なのに、稲村先輩のキザな台詞で真っ赤になってうつむいたりする花菜先輩。
花言葉もピッタリだ。
黄色は「分別」、「判断力」。それは生徒会長としての花菜先輩の顔。
白は「ほのかな喜び」。私や若葉ちゃんに向けてくれる優しい顔。
そして稲村先輩にしか見せないピンクは「恋の愉しみ」。
「うん。先輩なの。普段はカッコいいんだけど、想いを寄せる男の子の前だと全然ダメなの。すぐ顔を真っ赤にして、照れ隠しで気がないようなフリをしたりして。さっさと付き合っちゃえばいいのに焦れったくて」
「そっか。先輩の恋、叶うといいね」
それはヘタレな男の子次第。焦れったいけど、あくまで私は外からニヤニヤと楽しませてもらおう。
「どうだろう? こんな風に噂をしてたらくしゃみをして、また距離が縮まりそうだけど」
「くしゃみで距離が縮まる?どういうこと?」
「それは内緒」
イタズラっぽく唇に人差し指を当てて微笑む。
「教えてくれないのかい? いばらは? もう2年生だし、好きな子とかいないのかい?」
「それも内緒」
本当はいないけど、お父さんを困らせたくてあやふやにして誤魔化して、最後にもう一度イタズラっぽく笑っておいた。




