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9ハクション あなたでよかった(後編)

朝に投稿した分の続きです。

 フットサル場にお弁当の入ったバスケットを抱えた花菜を連れてやって来た。

 フットサルはゴレイロと呼ばれるキーパーを含めて5人対5人で行われるのが一般的だ。


「おっす稲村! 久しぶりだな、急に来てもらって悪いけど頼むよ」


 中学の時の懐かしい面々と2年ぶりに顔を合わした。俺って基本的に花菜と一緒にいることがほとんどだから男の友達って言うと泰しかいない。でも泰はこうしてよく会っているみたいだ。何だろう、俺以外の奴と楽しそうな泰を見るともやもやする。


「あれ? 杉野さんじゃん。やっぱり今も稲村とセットなんだ。相変わらず夫婦みたいだな」


 旧友は俺の後ろの花菜を見つけてそんな風にからかう。


「夫婦……ってまだ付き合ってもないわよ!」


「まだ?」


 花菜の言葉尻を泰が目ざとく拾うもんだから余計にムキになって否定する。


「付き合ってない! ハッ、ハッ、『春太郎大好き!』」


「なるほど、稲村がヘタレてんのか。もう高3だぜ? 全くしょうがねえ奴だなお前は」


 中学の時から花菜の俺への想いも、俺の花菜への想いも皆にはバレバレだった。だからまだ付き合ってないと聞かされて旧友が俺に呆れるのも当然だ。


「うるせーよ。余計なお世話だって」


 精一杯虚勢を張るが、ヘタレなのは事実だし、くしゃみの音で気持ちがわかっているからとあぐらを掻いて花菜を待たせているのも事実。どのツラ下げて余計なお世話だなんて言えるんだって話。


「今日はゴレイロがいなくてさ、春太郎はゴレイロをやってくれる? ちょっとだけでも練習しとこうか」


 ポルトガル語でゴールキーパーの事をゴレイロと言うらしい。フットサルでは主に英語ではなくポルトガル語の呼称が使われる。


 PK(ペナルティキック)の様に少し離れた所からゴールに向かって泰が蹴る。真正面に放ってくれたボールは俺の両手に吸い込まれ、しっかりとキャッチ出来た。


「上手いじゃん。じゃあ本気でいくよ」


「は? 普通は段々強くしていくもん……うおっ!」


 問答無用だと言わんばかりに俺の言葉を最後まで聞かず、泰が右足を振り抜いた。ボールは全く見えなくて、気がついた時には頬をかすめゴールネットを揺らしていた。


 心の底から帰りたい。


「どんどんいくよ」


「ちょっ! 待っ!」


 レーザービームの様な強烈なシュートを容赦なく次々と打ってくる。

 正直怖い。

 だが、やると言ったからにはやらなければ。花菜も見ているし弱音は吐けない。必死にボールに向かってジャンプするが、明らかにワンテンポ遅れていた。ゴールネットが揺れた後に無様に横っ腹から地面に落ちる。

 そんな俺を見て対戦チームの連れてきた女の子達からは失笑がこぼれ、男連中も「真剣にやってるんだから笑うなよ」とか言いながら追従して笑っていた。笑う彼らにムスッとすると幼馴染みと、何にも感じてないような澄まし顔の親友と、苦笑いの旧友達。そして芝生まみれになって擦り傷をつけた俺。

 運動音痴とは生まれてからずっと、18年近い付き合いになるが、この情けなさはやっぱりどうしても好きにはなれない。


 やがて時間になり試合が始まった。

 俺達の時代のうちの中学はサッカー部が強くて都大会の常連だった。その黄金世代を築いた面々が集まったチームはレベルが違う。終始ボールをキープしてガンガン相手チームのゴールを脅かした。向こうの女の子達も唇を噛みしめて悔しそうだ。

 それでも、たまに相手選手が抜け出てシュートを打ってくる。その度に俺は変なジャンプをして擦り傷を増やし、見事に点を取られた。その度に向こうの女の子達に笑われた。

 だけど、泰も旧友も誰も俺を責めない。どころか、「ガッツあるぜ!」なんて肩を叩いて健闘を称えていく。

 花菜も向こうの女の子達の失笑にはムカッとしていたけど、俺の無様な姿には特にイラついていないようで、ニコニコと機嫌がよさそうだった。

 前後半の試合が終わって、結果は8対4で勝利。ホイッスルの音と共に皆が俺の所に集まって次々に背中を叩いていく。


「サンキュー稲村。お陰で勝てたよ」

「ああ、他の奴ならふて腐れてあんな風にボールに飛び付いたりしねーもん」

「そうそう。稲村のガッツが俺達にも伝染したんだよ」


 やるからには一生懸命やるのは当たり前の事だ。そこに出来る出来ないは関係ない。人数合わせの助っ人でもチームの一員なのだ。だって、どの部活でも全力の花菜をいつも見ているんだから。


 腕も足も擦り傷だらけだったけど、不思議と痛みを感じなくて、むしろ皆の言葉のせいでくすぐったかった。



 ◇◆◇◆◇



「うおっ美味そう! いいなあ春太郎は。こんな手料理を毎日食わせてもらってんだから」


 旧友達と別れてフットサル場を後にした俺達3人は近くの公園のベンチで花菜の作ってくれたお弁当を広げた。色取り取りの具沢山のサンドイッチは泰の言う通りとても美味そうだった。


「毎日は食ってねえよ」


「見てないで、どうぞ食べて食べて」


「じゃあいただきます」


 花菜に促されて厚めの卵焼きが挟まれたサンドイッチを口一杯に頬張ると、泰は目を見開いて大袈裟に褒めた。


「美味い! こんなフワフワの卵焼き食べた事無いよ! これならいつでも春太郎のお嫁さんになれるね!」


「だからまだ付き合ってもないって!」


「まだ?」


「つ、付き合ってない! 安藤君のバカ! ハッ、ハッ、『やっぱり安藤君にも夫婦に見えるんだ~』」


 ぷくーっと頬を膨らませる花菜と、照れ隠しに怒る花菜がツボに入ったのか笑いが止まらない泰。思わず俺も口角を上げて、花菜のサンドイッチを摘まんだ。


「あ、お茶足りないね。私買ってくる」


「俺が行こうか?」


「ううん、春太郎は疲れてるだろうから安藤君と食べてて。じゃ、行ってくる」


 花菜がコンビニへと向かい、しばらく泰と無言でサンドイッチを食べていたが、バスケットの半分ほどを食べたところで泰か申し訳なさそうに口を開いた。


「春太郎、その、体育の授業の時は悪かった。ごめん。ずっと謝りたくて、あの時の罪滅ぼしに一緒にサッカーがしたくて今日誘ったんだ」


 俺の心にしこりを作ったように、あの日の出来事は泰の心にもずっと引っ掛かっていたみたいだ。


「いや、いいんだ。今日だって俺は役に立たなかったし、選ばなくて当然……」


「それは違う!」


 俺の自虐を遮って、目を真っ直ぐに見詰めて泰は言葉を続ける。


「確かに上手くはないかも知れないけど、俺は得意じゃない事をあんなに頑張れる奴を他に知らない。傷だらけになっても笑われても、それでもジャンプし続ける奴を俺は他には知らない!」


「だって、只でさえ出来ないんだから、頑張らないと駄目だろ」


 俺は凡人だから、傷なんか気にしてたら到底花菜には追いつけない。笑いたい奴は笑えばいい。だけど、泰も旧友達も笑わない。滑稽な俺の頑張りを認めてくれる。


「花菜ちゃんはさ、春太郎のそういう所が好きなんだよ。その、体育の授業の時にお前を選ばなかったのは……嫉妬してたんだ」


「嫉妬?」


「あの頃は俺も花菜ちゃんの事が好きだったんだよ」


 さらりと言った。そして、優しい春の風の様に二人の間を通ってスッと消えた。


「え? だって、そんな事、中学の時全く言ってなかったじゃんか! 何で言ってくれなかったんだよ!」


 泰はずっと、俺の恋心を応援してくれていた。ヘタレで情けない俺を一番近くで励ましてくれた。自分の気持ちを押し殺して、俺を支えてくれた。


「何でって、親友だからだよ」


「っ!」


 またしても泰はさらりと言う。ホント、イケメンは顔だけにしろよ。


「今は何とも思っちゃいないよ。俺には萌々(もも)がいるしね」


 萌々(もも)というのは付き合って2年になる泰の彼女だ。そして花菜の親友でもある。


「なあ春太郎。中学に入ったばっかの事、覚えてるか?」


 実は泰は地元の人間じゃない。小学校卒業と同時にこっちへ引っ越してきた。


「皆同じ小学校卒のグループで集まっててさ。俺だけずっと一人ぼっちで、寂しかった」


 普通転校生というのはちやほやされるものだ。だけど泰の場合はタイミングが悪くて、入学当初から孤立していた。


「そんな時に春太郎だけが話し掛けてくれて、嬉しかった。お陰で俺にも友達が出来た。春太郎みたいな優しい奴が同じクラスで良かった」


 違う。話し掛けたのは俺も孤立してたからだ。小学校から花菜とはずっと同じクラスだっのに中学一年の時に初めて別のクラスになって、俺も寂しかったんだ。だからあぶれてた泰に声を掛けた。俺も泰に救われたんだ。


「俺も話し掛けたのが泰で良かったと思ってるよ」


「さんきゅ。サンドイッチ美味いな」


「ああ、美味いな」


「花菜ちゃん、幸せにしろよ」


「ああ、任せろ」


 親友にそう誓って、またひとつ、俺に頑張る理由が増えた。



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