幼人
菜穂の家庭は両親と7つ上の姉の4人家族だった。父親は家族の為に転勤を断り職を変えた。今までの半分の給料になったが、姉と菜穂は転校することなく過ごす事が出来た。貧しくとも地元に残れた喜びなどに幼い頃にはなんの事か解らないのであった。
父親は休みの日は1日中パチンコに出かけ顔を見るのは夕飯の時だけだった。夕飯の時も口数が少なくたまに口を挟めば頭から否定するような言い方でとても菜穂は心を開ける状態ではなかった。冗談で菜穂を拾った子と茶化したが、菜穂は本当にそうなのではないかと本気で思っていた。
姉は菜穂が物心ついた頃には彼氏もいて毎日デートを重ねる日々だった。家に連れてくる時は母親が夕飯を出したり彼氏が出来ると円満に母親が迎えてくれるものだとその頃菜穂は思い描いていた。
姉とも小さい頃は遊んだのかもしれないが、7つも離れていると菜穂が小学生一年生でも姉は中学生になり共通点は全くなく、時折本当に家族なのかと不思議に思う程だった。父親も姉も垢の他人が同じ屋根の下に暮らしているようにさえ感じていた。
母親だけは違っていた。専業主婦の母親は何から何までやってくれた。子供の為に人生を捧げてくれたと言っても過言ではないくらい尽くしてくれた。今思えば子供しか楽しみがなかったであろう。それと同時にとても厳しく自分のこと道に反するとすぐにヒステリーを起こした。
7つ上の姉がいた為菜穂の母親にしたらだいぶ歳を取った母親であった。着飾る事もせず、自分へ費やす余裕があったら子供達へ尽くしてくれる母親だった。
子供の頃はそんな事は全く解らず、他のお母さんのように化粧くらいして欲しかった。菜穂は母親を恥ずかしいと思っていた。着飾る事もなく化粧もせずただ自分のお弁当が豪華なだけ。
ある日友達と帰宅していると、いつもの着飾らない母親が向こうから満悦の笑みを浮かべて手を振って来た。友達が
「誰?」
と聞くと、菜穂はすかさず
「お手伝いさん」
と、答え母親を無視した。
友達は冗談なのか、本当なのか半信半疑で
「何それー?」
と、笑っていた。
菜穂は、母親に悪い事をしたという事よりも何故あんな格好で話かけるのか母親に苛立っていた。
他のお母さんは一緒に洋服の買い物に行ったり、流行りのお菓子を買いに行ったり、ゲーム機を買ってもらったり、菜穂以外の子供はみんなそうしていた。菜穂は友達が遊びに来られるのも拒否した。自分の家が他の家と違う事がバレてしまう事を恐れていた。
お菓子は母親の手作りだけ。洋服だって母親の手作り。夕飯は勿論既製品など一切使わない。
ゲーム機など勿論ないし、教育の為にテレビは教育テレビしか見せてもらえない。それを当たり前と思っている母親のいる家など友達を呼べる訳がない。
母親はそんな菜穂の気持ちも知らず、少し派手な子と遊びに行くと伝えると、
「お母さん、あの子好きでないわ。」
と平然と言うのであった。自分の友達まで否定されるのかとうんざりしたが、逆らったところで聞く耳を持たないであろうと母親に黙ってその子と遊ぶしかなかった。
門限も夕方5時と決まっていた。周りの友達が暗くなるまで遊んでいるのに、5時になると母親が迎えに来た。周りの友達も菜穂は5時までだからと割り切って遊んでくれていたが、菜穂の気持ちは次第に歪んでいった。
愛されたい。こんなに愛されてるのに寂しくて仕方がなかった。
この家に心を開ける人間はいないと心底思っていた。早くこの家を出たいと。
早く結婚して出て行きたいと。