新たなる力、新たなる謎
貴方を救う一筋の光……それは希望ですか? それとも愛ですか?
想いの数だけ貴方は強くなる。どこまでも。
「このジオーナがどれほどのものなのか、御前達の力で試させてもらおう!」
「ガウッガウッ!」
足に力を込め大地を蹴る。乗り移った肉体が軋みをあげ一瞬バランスを崩した。やはりまだ慣らしが足りないか。
敵の熊も俺の攻撃を察知してか、ほぼ同時に加速し真正面から向かってきた。上段からの振り下ろし攻撃。まともに食らえばバラバラになるのは確実だろう。ここは回避一択。
回避しきれず熊の爪が掠った。身が斬り裂かれる。
「ガァッ!」
「やってくれる。だがこんな掠り傷、このジオーナにはさほどのダメージも無い」
「ウガッ!?」
飛び散った体液を回収しつつ身体を修復する。痛々しい4つの傷跡がみるみるうちに塞がっていく。そのジオーナの驚異の再生力を見て熊が驚きの声をあげていた。
「驚いている暇があるのか? そこはもう俺の間合いの中だぞ? クカァ……ワレ、ナンジヲキル」
内に眠る闘争本能を一瞬だけ開放。口からはそいつの言葉が漏れる。と同時に左眼が妖しく光る。
「シセ」
一閃。
手刀が斜めに登り走り空刃を生む。ソレが持つスキルの一つ【死セ斬リ】。低確率で即死効果を与えるという凶悪な特性を持っている必殺技が熊を襲う。
「ヌゥ……ナンジャクナリ」
一撃が熊の身をとらえる。防御するどころか何が起こったのか熊は理解していなかった。
血と液体が飛沫く。熊の身に刻まれた傷と、振りぬいたジオーナの腕から。腕を振る速度に耐えきれずジオーナの腕は手首より先が崩壊し骨が露出させていた。
「おっと、身体の方がもたなかったか。注意しないといけないようだ」
軟弱という評価は果たしてどちらに向けてのものなのか。
「ガァァァァァッ!!」
熊が目を血走らせながら猛然とジオーナに襲い掛かってくる。元々期待はしていなかったが、どうだら即死を免れたようだ。
その熊の後ろでは崖を登り終えた第二第三の熊がこちらに走り向かっているのが見えた。時間を掛ければ多勢に無勢となるのは明白。しかもどの一撃でもまともに受ければこのジオーナの身体は一溜まりも無い。別に後で生き返らせる事が出来るのでジオーナが死ぬのは別に怖くない。だがこのジオーナの敗北はこのダンジョンバトルの敗北を意味する。
つまり、間引きが必要。
「御前は中ボスっぽいから暫く生かしておいてやる」
轟風を伴う連撃を右に左と躱した後、タイミングを見てその流れを強制的に変える。動きが単調なので見切るのは簡単だった。振り下ろした腕の流れが強制的に変化した事でバランスを崩したところで足払い。腕を取り、倒れる流れを加速させ地面に叩きつけた。
「GUGA!」
中ボス熊が悲鳴をあげる。その顔面に追撃の掌打を加え、衝撃で後頭部を地面に叩きつける。これで暫く眠っている事だろう。
「ワレ、コンドコソ、キル……そいつは後だ。先にあっちの奴等だ……キル……だめだ」
無防備になった中ボス熊にトドメを刺そうとする内なる魂の渇望を抑え込む。ジオーナの骨格担当も同じ事を考えたらしく露出した骨の手を刺の様に束ね突き殺そうとしていたが、そちらも強引に黙らせた。
「ふっ」
近づいてきた熊の一体を飛び回し蹴りで蹴り飛ばす。流石に固く重い。蹴った足の骨が悲鳴をあげる。力はそこそこあるが、やはり耐久に難あり。それでも初期化された俺の身体よりはほぼ全てのステータスは上。慣れと成長次第では以前の俺よりも間違いなく強くなるだろう。まぁ、以前の俺がどれだけ強かったかは知らないが。
「ウガッウガッ!」
「GAU!」
「何言っているか分からん。だが何となく御前も指揮官なんだろうことは分かる。だからお前も後まで残しておこうか」
崖を登り終え次々と増えていく熊達。それと共に苛烈となっていく攻撃。中ボス熊その2らしき熊が現れてからは少し戦術らしき動きも出てきた。
しかし所詮は熊。これまではその圧倒的な力で捻じ伏せてきたのだろう。しかしそんな何の捻りも無い攻撃では俺は倒せない。動きも読みやすいし、逃げ道も隙も多すぎる。ハッキリ言って戦闘技術の次元が低すぎた。
「だが、慣らし運転には丁度いい」
子熊の頭の毛を掴み、顔面に膝蹴りを食らわす。二度三度繰り返した後、他の熊がやってきたのでそいつに向けて投げる。そして受け止めた熊ごと飛び蹴りで蹴り飛ばす。着地する前にもう一発、踵落とし。だがそれだけダメージを与えても熊も子熊も少ししたら起き上がってまた襲い掛かってくる。そのタフさは見上げたものだ。
数で圧殺されると簡単に詰むので、広い部屋を利用し分散させたところを個別に攻撃。敵の指揮官もそれは分かっている様で、出来る限りジオーナを取り囲む様に部隊を展開していた。だが訓練をしている訳では無い模様なので簡単に切り崩す事が出来る。子熊なら投げられない事も無いしな。
問題は、ジオーナの身体がそこまで頑丈ではない事だろう。内なる魂が力任せにスキルで攻撃をすれば、攻撃した腕が吹き飛ぶ。ジオーナの肉体担当が再生する事は可能でも少し時間が掛かる。攻撃する度にジオーナの骨格担当に蓄積されていくダメージもいつまでもつか。まさに諸刃の剣。何か武器でもあれば良かったんだが、鍾乳洞の鈍器といった斬る系の武器じゃないものは内なる魂が嫌って残念ながら持つことは出来なかった。我儘な奴め。
DPを使用すれば武器ぐらい簡単に作れると思ってたんだが、どうもまだ制限が掛かっているらしく作れなかった。ガチャで武器持ちモンスターが引ければその武器を受け渡す事も出来たらしいが、肝心の武器持ちモンスターは引けていない。というかゴブリンよ、せめて武器ぐらい持ってろよ。棍棒すら持ってないのは何でだ。御前は格闘家志望か何かか? スケルトンも右に同じ。
スライムを剣っぽい形にして使ってみた。熊にぶつかった瞬間、スライムは死んでしまった。無念。敵にDPを与えただけだった。
「GAU!」
「GAA!」
「GYAU!」
「ガウッガウッ!」
「だから俺の分かる言葉で喋ってくれ」
そうこうしているうちに、俺に殺す手段がないと気付いたのか熊達の攻撃に迷いがなくなってきた。別に殺す手段だけならあるんだが、斬る事にやたらと拘っている内なる魂が機嫌を損ねて分離してしまいそうなので使用していないだけである。此奴に分離されると恐らくこの身体は保っていられないだろう。
正直、何かとジオーナの身体を乗っ取ろうとしてくる此奴はいない方が俺的には楽なんだが、此奴がいないとジオーナは人型を保つ事も合体し続ける事も出来ない。此奴はいわば見えない接着剤のような役割をしていた。
「キル……キル……キル……ああ、五月蠅いな。暫く黙っていろ……キル……キル……聞けよ、おい……キル……」
肉体が崩壊しない程度に腕を高速で振り下ろす。上段からの手刀斬撃。怖いもの知らずで突進してきた熊の顔を斜めにバッサリと斬り裂く。
「GUGYAAAッ!?」
流石に頭まるごとは斬れない。が、片目を失った熊はその場で悶え苦しみ暴れた。その頭をサッカーボール宜しく蹴って首を回転。ゴキッという音と共にその熊は動かなくなった。
「GYUAッ!?」
「何を呆けている。次は御前の番だぞ」
突然の仲間の死に驚く熊の頸動脈をすれ違いざまに斬る。分厚い肉と脂肪と皮と毛がパックリと裂き割れ血の雨が降った。
『素手で何故斬れるっ!? くっ、化け物か』
まるでダンジョン内に響き渡るかのようにゾルダーの声が聞こえてきた。恐らく俺の本体が聞いた声が頭の中に響いているだけだろう。
『『刀』の魔王よ、汝がそのモンスターに乗り移っているのは分かる。だがその力はなんだ? それが『刀』の魔王固有の能力なのか?』
「俺がそれを教えると思うか?」
『もちろん思わん。だが生身でどうやって斬るというのだ。そんな特殊能力、我は聞いた事がない。理外の力をそのモンスターが持っているというのならまだ分かるが、これが初めてのダンジョンバトルでそんな化け物を投入出来るとは思えん。まさか『水溶』の魔王か『夕凪』の魔王がそのモンスターを汝に譲与してくれたとでもいうのか? それこそありえん話だ』
ああ、なるほど。ここでアインの名が出てくるという事は、『夕凪』というのはイーシュかウルルカのどっちかなんだろう。
「モンスターを貰った覚えはないな。だからこれは、種も仕掛けもある単なる技術だ」
アインにモンスターを貰った覚えはない。あの酒は……俺が勝手に飲んだものだ。
うん、あれは美味かった。ロマーネも早く熟成しないかな。
「種も」
俺とゾルダーの会話を無視して近づいてきた子熊を踏み台に跳躍し、その後ろにいた熊に蹴りを放つ。旋風脚が刃となって熊の両目を奪う。
「仕掛けも」
振りぬいた足を今度は下から上に振りあげる。熊の顎がスパッと斬れ十文字の傷を顔に刻む。十文字斬脚。
「ある」
膝を限界まで曲げ閉じ、熊の心臓目掛けて一気に伸ばす。全身のバネも使った刺突脚が熊の胸を貫き、その命を奪いさった。
「ワガ、イチゲキニ、シノ、センリツヲ……フハハハハハハハッ! キルッ! キルッ! キルッ!」
『馬鹿なっ! ありえん!』
「単なる技術なんだがな。理解出来ないか」
振り向きざまに腕を一閃。子熊の首が飛んだ。だんだんとコツが掴めてきた。ジオーナの肉体も俺の動きに徐々についてこれる様になってきたんだろう。骨格の方は……ああ、そろそろ死にそうだな。限界か。
「仕方ない。なら御前にも納得が出来るように、そろそろ武器を使わせてもらおうか」
『なに?』
「もっとも、こっちでそれが出来るかまだ半信半疑なんだがな」
不確定要素は二つ。その二つがクリア出来るならこの切り札は本当に俺の切り札となる。
「本当は御前達がやってくる前に用意しておくつもりだった。そこは誤算だった」
『もう武器が作れるのか!? 受け取らせるな! 奪え! もしくは潰せ!』
「GYAU!」
「もう遅い」
創造する。何を創造する? 決まっている。俺がかつて使っていた物だ。
そういう物が存在するという事を俺の身体は覚えている。俺の知識が持ち合わせている。
だからそれは確かに存在する。確信がある。故に創る必要は無い。呼び出せばいい。
あとはそれが本当に出来るかどうかだけ。この仮初の世界と身体で、その言葉を口にせずに使用できるのか。
――我が創造に応え、我が前に顕現せよ。こい、<創造召喚>!
「ああ……懐かしい感覚だ」
召喚は成功した。
一振りの剣が……いや、一振りの刀が俺の手に握られる。
名は思い出せなかった。だが握った瞬間、その名が俺の中に流れ込んできた。
「アイデス」
俺の呼び声に刀がキィンっと鳴った。それに応え、俺は鯉口を切る。
一瞬後。
『ベアドーズッ!!』
一刀両断された哀れな熊が地面に沈んだ。初めての動作だというのにジオーナの身体はまるで昔からその動きを知っていたかの如く流れる様な動作で刃を振るっていた。素晴らしい。
「死せ」
喜びに振るえるこの気持ちに誘われる様に、内なる魂が持っているスキル【死セ斬リ】を使う。動揺し恐慌しすっかり石の様に固まっていた熊がまるで燈篭の様に斜めにズレ落ちていく。スキルの特殊効果が発動したかどうかなど関係なく即死した。
「ああ、しまったな。近くにいたからついまた生かしておく予定の熊を斬ってしまった」
ただ振るう。速度も無く軽く振り下ろしただけ。避けようと思えば簡単に避けられそうな斬撃。そんな攻撃とも呼べない攻撃で中ボス熊は死んだ。
『べ、ベアンゼブまで……馬鹿な。なんという斬れ味だ。ゼアンゼブには斬撃耐性を付けていたというのに……まさか防御無視か特攻系の能力が付与された武器か!?』
「さぁ、どうだろうな」
血を吸った刀をビュッと振るい血を吹き飛ばす。そして返す刃に合わせて大地をトンっと蹴り、内なる魂が持つスキル【斬リ捨テ御免】を発動。アイデスはすぐにまた血塗れとなった。
それから少し遅れてメッセージが現れた。どうやら今使用したスキルを俺自身も覚えた様だ。何度か使った【死セ斬リ】の方を覚えていないのは、それが内なる魂が持っている固有スキルだからなのか。
『て、撤退だ! 下がれ御前達!』
「逃がすと思うか?」
ベアーズレギオン達は逃げ出した。しかし俺は回り込んだ。ベアーズレギオン達は逃げ出せない。
「このアイデスを装備したジオーナがどれほどのものなのか。御前達の命で……試させてもらおうか!」
それからはもう、ジオーナの一人舞台だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最後の一匹――『凶』の魔王ゾ・ダージ・ャ・ゾルダーが造りし仮想ダンジョンのボスである大熊をようやく斬り伏せる事に成功した。その大熊は予想以上に曲者だった。
まさか第四段階まで変身するとは。御前はフリ●ザか何かか。
『ぬぅ……我の、負けだ。コアを壊されるまでもない。敗北を宣言する』
「その申し出、受け入れよう」
『そうか。それはありがたい』
すっかりボロボロとなったジオーナを労いながら本体へと意識を戻す。そして驚いた。
「おお、モフモフ天国」
いつの間にか動物モンスター達が座っていた俺を押し倒し、好き勝手にじゃれていた。こっちの身体もちょっとボロボロになっていたが、モフモフの前にそんな些細な事は気にしない。胸の上にでんっと大きな虎猫がこっちにお尻を向けて寝ていてかなり苦しかったが、その尻尾が顔をペチペチと叩いていたのがとても気持ち良かった。
「汝は強いな。これがダンジョンバトル初だとは到底思えない強さだ」
「御前もな。まさかアイデスを手にした俺を相手にここまで善戦されるとは思わなかったぞ」
「そこは経験の差だろう。この世界、格上には事欠かないからな」
「……そうみたいだな」
アインやウルルカにボコボコにされた記憶を思い出す。あの尋常ならざる強さはマジで異常だった。アイデスを手にしたところでどうにもならないだろう。
「ゾルダー。確か御前も俺と同じ赤鉄位だったよな」
俺に抱き着きペロペロと顔を舐めてくる虎猫を首の後ろを持って黙らせながら問いかける。リトルティガーホーンは小学生ぐらいの大きなモンスター。ザリザリ痛いし顔はもうベタベタ。暫く俺の膝の上で大人くしていろ。
む、リリーが先に場所を取った。仕方ない、俺の背中にでも抱き着いてろ。ペロペロは暫く禁止。これは命令な。
「うむ。我は第八位の上位に入っている。しかも席次持ちだ」
「席次持ち?」
「簡単に言えば赤鉄位の中での総合順位だな。赤鉄位処女第九十九席、それが我の席次だ」
微妙な順位だな。辛うじて三桁じゃないだけじゃないか。
「微妙という顔をしておるな。言っておくが、これは凄い事なのだぞ?」
「何がどう凄いのか説明してくれ。じゃないと分からない」
「百万だ」
「なんだ、情報料か? それはまた随分と高いな。そんな大金……いや、DPか。払う気はないぞ」
初回ボーナス云々で結構なDPを持っているが、流石にその額はな。これからどれだけ入用になるか分からないのに無駄遣いは出来ない。
「違う。赤鉄位の魔王の数が約百万だ」
「……は?」
百万人の魔王の野望。どこかで聞いた事があるようなないような。魔王が百万人? いったいどこのゲームだ、それは。というかそれだけ魔王がいたら魔王の名の価値がまるで感じられなくなるだろうが。それはもう魔王でも何でもない。ただの雑魚モンスターだ。
「内訳はだいたい迷宮位第七位が1分、我と同じ第八位が3割、汝の第九位が残りの7割だな」
1分でも約1万。1厘だったとしても約1千。
「桁がおかしすぎないか?」
「我もそう思う。だが事実だ」
「それだけの数の魔王、どうやって数えた。言葉どころか意思疎通すら出来ない魔王もいるんだよな?」
「知らん」
「いや、知らないって御前……」
最低でも百万人の魔王によって侵略されている地上世界を想像してみる。滅んでいる光景しか思い浮かばなかった。
「そんな事より、あまりのんびりしている時間は無いぞ。ダンジョンバトルが終わったのだ。いつまでも此処に留まっていられるとは思うな」
「ん? ……ああ、そのようだな。既に始めているから大丈夫だ」
「そうか。何か聞きたい事があれば聞いてくれ。それを含めての依頼だ」
「『夕凪』の魔王からのか?」
「ああ」
次回に引き継ぐモンスター選択、ダンジョンのセーブ、勝利ボーナスの確認と振り分けなどなど。初心者にはなかなかに厳しい量と細かな内容に、視界右下に表示されている残り時間との戦い。僅か5分って短すぎるだろうに。
とりあえずロマーネ以外のスライムは全面カット。ゴブリンもゴミ箱アイコンに向けてポイ捨て。残すのは今もモフモフ中のケモケモ集団と、本日のMVPであるジオーネの構成要素。ああ、骨格担当のスケルトンは流石に脆すぎるからチェンジだな。肉体担当と接着剤はキープ。
「汝自らが操っていたあやつは、やはり1万DPか?」
「いや、そんなにはかけていないぞ」
「ならばあの強さはやはり汝自身の力か。もしくはその見た事も無い煌びやかな細い剣か」
ゾルダーが鋭く目を細めた。
「強さだけでなく知識もある。どうやら汝には色々と秘密がありそうだ」
「否定はしない。だが、出来れば吹聴は止めて欲しい」
「久しぶりに我が全力で戦える相手に巡り合えたというのに、そんな勿体ない事をするか。汝と戦う機会が減ってしまう」
「いや、次はないぞ? 面倒臭い」
俺がそう拒絶すると、ゾルダーが獰猛な笑みを浮かべて言う。
「ならば強引に引き摺りだすだけだ。こっちで説得してな」
どうやってとは聞かない。間違いなく肉体言語で語りにくるんだろう。
ジオーナ、こっちでも使えればいいんだが……ああ、やはりダメっぽいな。リリーで試してみたら失敗した。潜れるのは向こうだけか。
まぁそれ以前に接着剤役のアレを此処に呼び出すのは流石にヤバそうなので実行に移す気は無いが。
「そうだ。この地面のない世界風景を変え……」
その質問は時間切れによって聞く事は出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世界が暗転する。すると、目の前で猛々しくポーズを決めている大熊の姿がまず目に入った。
「ではな。また会おう、我が好敵手『刀』の魔王ゼイオンよ」
そう言って、颯爽とゾルダーは去っていった。記憶は繋がっているというのに、俺の質問を聞く気はないらしい。
「どうやら随分と彼に気に入られた様ですね。勝てないまでも、力を示す事は出来たのでしょうか」
「おー、いつになくゾルちゃんが殺る気だー。明日は血雨警報発令かな? おじさん、ちゃんと責任取ってよね」
左右から掛けられた声に俺は二人の姿を順に見る。一片の隙も無いメイド姿のイーシュ、元気なチビッ子獣人ウルルカ。ダンジョンバトルで一時間以上経過しているのに、二人はゾルダーに勝負を挑まれる直前と何ら変わった様子は無かった。時間が停止していた?
ちなみに、イーシュはリリーが呼び出したモンスターに似通っており、ウルルカもまたリリーが呼び出した獣人モンスターにどことなく似ていた。何か関係があるんだろうか。容姿が選べるとは思えないんだが……。
「……そういえば、魔王としての銘や格をまだ二人からは聞いていなかったな。聞かせて貰えるか?」
俺がそう聞くと、二人はようやく聞いてくれたかと言った風に口を微笑ませた。
「ふっふーん。聞いて驚くと良いよ。そして絶望するがいい! 僕は……」
「イーシュから頼む」
「はい」
「こらー! 僕の名乗りをちょん切るなー!!」
高速で迫ってきた飛び蹴りをアイデスで防御する。吹き飛ばされた。くっ、アイデスの装備効果でステータスが大幅強化されていてもまだ足りないのか。化け物め。
「私は青銅位・処女席番外、《『夕凪』の緑林》の管理をしております。迷宮位は第六位です」
見本の様なメイド挨拶をしながらイーシュが言う。
「今度こそ僕のターン! 僕はおじさんと同じ赤鉄位・処女第六席の大魔王ウルルカルルルビーパール様だー! 管理してるダンジョンは《『狄』の湯畑》だよ。ちなみに第七位ね。今もっとも青銅位に近い十二魔王って言われてるんだから、ちゃんと大大大先輩として敬うように。ここポイント」
「飴ちゃんあげよう」
「わーい! って、子ども扱いするなー!!」
蹴り飛ばされ家から追い出された。
その俺を追ってリリーが楽しそうに駆けてくる。追い付き、倒れている俺の頬を肉球でぷにぷに。ああ、癒される。
「猫ちゃん没収」
ああ、俺の心のオアシスが……くそっ、奪い返そうにもさっきの一撃で身体がバキバキに折れて動けない。最低限動けるようになるまであと3分は掛かる。それまでリリーがウルルカの魔の手によって懐柔されていく姿をじっと指を咥えながら見続けなければならないのか。
む、速効落ちた。リリーはウルルカの腕の中で眠ってしまった。どれだけ気持ち良いんだ、そこは。
イーシュが口に手をあてて微笑みながら家から出てくる。扉を閉め、鍵を差し込みガチャリと戸締りする。アインはまだ家にいるというのに、何故だろう。引きこもりだから家から出てこないからなのか。それとも隔離……。
「……あら?」
そのイーシュが何かに気付き、そしてサッと横に瞬間移動した。いや、あまりの速さでそう見えた。
と思った瞬間。
バギィッ!という音とともに、内側から扉が破壊された。
「なんだ?」
「ふぅ……やれやれ、ようやく混沌の狭間から抜け出せたと思ったら今度は封印か。ヌフフフッ、だが我の爪の前にはこの程度の封印など無いにも等しい。徒労だったな」
不吉な黒猫が一匹現れた。しかもどこかで見たことがある猫だった。
「おおっ、そこにいるのはもしかしていつぞやの小僧では無いか。随分と探したぞ」
獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべながら黒猫が言う。猫にはあるまじき尖った猫牙がギラリと輝く。
「おじさん、知り合い?」
「おじさんはやめろ。恐らく俺の客だ」
そう言って俺はアイデスを構える。
「何しに来た。まさかとは思うが、俺に報復しに来たのか?」
「ヌフフフッ、少しは自覚があるようだな。だが安心しろ。我は寛大だ。面白い体験をさせてもらったお礼に、今回だけは特別に許してやろう、我が主よ」
「あるじ? どういう事だ」
「言葉のままだよ。大変興味深い事なのだが、汝は我を呼び出す事に成功した。ただそれだけでも驚愕すべき事なのだが、如何なる手段を用いたのかは知らぬが、更に汝はたった一言だけで我を混沌の狭間に叩き込みおった。久しぶりだったよ、命の危険を感じたのは。だから我は面白そうなので汝の事を主と決めた。光栄に思うが良い」
「断る」
「小僧、それは無意味だ。何故なら我は既に汝の事を主だと決めてしまったからな。ヌフフフフフフフッ」
黒猫はそう言いながら玄関の前に寝そべり毛繕いし始めた。クァッと欠伸もする。どこからどう見てもただの猫。頭の中に響いてくるやたらと偉そうな言葉以外は。
「おお、すまぬな。ヌフフッ、分かっておるではないか」
寛ぐ黒猫にリリーが合流。毛繕いを手伝い始めた。その所作に緊張感の欠片も無い。
そしてそのまま二匹は丸くなって寝てしまった。壊れた玄関扉の目の前で。色んな謎を発生させまくったまま。
「どういたしましょう?」
「とりあえず害はなさそうだから保留で。流石に頭が追い付かない」
困った時には後回し。何から情報を整理していけば良いかもう分からない。ゾルダーに依頼した理由をイーシュに聞くタイミングも逃してしまった。
「おじさん、意外にトラブルメーカー? 面倒な事、家の中に持ち込まないでよね」
「リリーはあげないが、あの黒猫ならあげてもいいぞ。いやむしろ貰ってくれ。あと、おじさんやめい」
「喋るのはいらなーい」
同感だな。
ゼイオン :迷宮位第九位 赤鉄位・処女席番外
ゾルダー :迷宮位第八位 赤鉄位・処女第九十九席
ウルルカ :迷宮位第七位 赤鉄位・処女第六席
イーシュ :迷宮位第六位 青銅位・処女席番外
ジオーナ :スケルトン + ??? + ??? + 魔王
リリー :『刀』の魔王の愛猫
黒猫 :前を横切ると不吉を運んできます
リトルティガーホーン:お気に入りに追加♪