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ダンジョンを造ろう

最後だけはあなたの望みを叶えましょう。

例えそれがどんな願いでも。

 くる、しい……。

 息ができ……な、い……。


「がぼっ……ごっ……ぐぼっ……」


 今度は、呼吸の出来ない日々が、続く……の、か……。悪夢が続く……。前回の悪夢は何だったか。思い出せない。

 身体が思うように動かない。世界は液体で満たされているかのように歪んで見える。身体中が酷く粘つく。腕を上げようとしても身体を包んでいる液体が邪魔をしてほとんど上がらない。重い。重たい。水の底、ではない。何か柔らかい物の上で寝ているのが分かる。目を凝らせばすぐ近くに天井があるのが分かった。


「ぐぶぼっ……がぼっ……ごぼっ……」


 口の中に入っている液体も酷く粘ついていた。とても気持ち悪い。液体が喉から胃に落ちていく。だが途切れない。喉に潰されず、口でも潰す事は出来ない。胃から口までがドロリとした液体で繋がる。吐きそうで吐けない。苦しい。気持ち悪い。

 呼吸が出来ないまま数分が経った。狂おしいほど苦しい。肺まで満たした液体。LCL? 色が違うし、そもそも粘性がまるで違う。呼吸が出来ない事が苦しい。呼吸が出来ないのにまだ俺は生きている。これもまた夢の中だからなのか。俺は死なない。死んだとしてもまた始まりに戻るだけかもしれないが。

 死にたい。だけど死ねない。例え死ねたとしても本当の死は訪れない。最悪過ぎる。


 いったいどれだけの時を過ごしたのだろう。気の遠くなるほど長い年月か。それともまだあれから数分も経っていないのか。現実の時の流れが認識できない。心がもう擦り切れてしまっている。苦しみに慣れてしまっている。

 諦めた。諦めてその苦しみに心を委ねる。抗おうとする身体から力を抜き自然に任せる。

 まるで天にも昇るような気持ちだった。実際に昇天しかかっているのだが。羽根が生えたように心が上へ上へと昇っていく。意識が重りを捨てたように空へと向かっていく。

 透明度の低い液体の中から見える世界。徐々に目が慣れてきた。光の乏しい世界。天上だと思ったものは、やはり天上だった。

 知らない天上だ……などと言うつもりはない。そもそも喋れる状態にない。ただ思うだけに留めておく。


 ……。


 意外と余裕があるな、俺。呼吸は相も変わらず出来ないが、窒息する事が無い。本当にLCLなのか? というかLCLが一体何なのか良く分からない。何故そんな言葉を知っているのか。

 そんな事はどうでも良い。

 鮮明になってきた視界にソレが映った。天上に向けて連なり浮かんでいる何か。気のせいかソレに俺は見覚えがあった。


(ZZZzzzzz.....)

ごばべぼばががっ(おまえのなかかっ)!!」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「くそっ。酷い目にあった……」


 マジで死ぬところだった5秒前。窒息死させられる事は無かったが、なんか肌がチリチリとして痛いなぁと思っていたら、生きたまま溶かされていた。危うく栄養分にされるところだった。アインの。


「ん。めんごめんご。ちょっと寝惚けてた」


 と、まるで悪びれず言うアインは現在スライム中。ドロドロに溶けた液体のままベッドの上に鎮座し、漫画タッチの顔で俺の事を見ていた。感情の見えない能面な表情で。うぞうぞと身体を動かしながら。


「とりあえず、スライム化を禁止する」

「ん。無理。スライムは私のライフワーク」


 意味が分からん。

 兎も角、俺はどうやら魔王へ進化したらしい。自らの銘を認識する事で仕込まれていたプログラムが起動し、俺の身体を強制的に魔改造したとのこと。俺の都合などお構いなし。拒否権は存在しない。

 その進化の最中、急激な身体の変化で汗水汚物吐しゃ物その他諸々問題ありありの状態の俺の身を守るために、アインは自らの身体の中に俺を閉じ込めて保護した。それは別にアインが飼っているスライム達でも出来るらしいのだが、例の解析の件もあったので、そのままアインは自らその役をかってでたと言う。本当か? なんか怪しい。

 そしてそのまま就寝。そしてそのまま忘却。そしてそのまま溶解。

 危うく俺はアインに身も心も喰われるところだった、と。もう少し俺が目を覚ますのが遅ければ、俺はそのまま永眠という事態に至っていたかもしれなかったと、のちに仲良くなったウォーターベッドスライム君が教えてくれた。この寝台、実はスライムだったのか……。


「んで、アインが俺の世話係なんだってな。俺に何を教えてくれる?」


 俺は今、アインの私室にいた。たぶんそこは女の子の部屋。そこそこピンクってたりファンシーなぬいぐるみがあったりと、実に女の子らしい大部屋だった。ちょっとドキドキ。

 ただ、良く見るとあらゆるアイテムは時々プルプルと震えていた。女の子の部屋にいるというのに何故か心休まらない気がする。


「ん。何でも。例えば、私の今のスリーサイズはチョメチョメチョメ」

「その形態のスリーサイズを答えられても全然嬉しくない。というか、チョメチョメってなんだチョメチョメって」

「ん。今スライム達の中で流行ってる流行語。ちなみに身体をチョメッチョメッと左右に振りながら言うのが通。私は修業不足でまだ未習得だけど。一緒に練習する?」

「しない」

「ん。ならゼイオンには何も教える事はない。さよなら。バイバイ」

「はっはっはっはっ」


 冗談だと思い笑って返したら部屋を追い出された。


「分かった。一緒に練習する。だから迷宮の事を教えてくれ」

「ん。任せろ」


 イラっとする感情を抑えて頭を下げたら、アインはまた俺を部屋に入れてくれた。無表情なのにどこか嬉しそうにしている感じがするのがちょっと可愛いと思った。二次元顔だったが。いつになったら人型に戻ってくれるのだろう。


「魔王とはなんだ?」

「ん。哲学的に答えると」

「いや、普通でいい」

「ん。スライム的に答えると」

「いや、それもいらない。普通に答えてくれ」

「ん。さよなら。バイバイ、ゼイオン」

「前言撤回。是非教えてくれ!」

「ん。素直でよろしい」


 スライム目線で語ると、魔王というのはスライム達の為に住みやすい住処――ダンジョンを造ってくれるとても優しい魔王と、エッチな事に利用しようとする魔王の2タイプに別れるらしかった。前者の筆頭は勿論アイン。後者を行うのは大抵が雄の魔王。


「ん。統計学的に言ってゼイオンは後者」


 こら、勝手に認定するな。


「でも安心していい。スライムも別に嫌いじゃないから。スライムはスキンシップが好き」


 犬猫の類か。その理由は?と聞いて返ってきた答えは、排泄物はスライムの食事だからというものだった。汗や誇りや垢、汚れなどはスライムの共通する好物らしい。夢が無い!


「魔王は迷宮の管理者であり創造主。世界の何処かの土地を支配下に置き、そこに迷宮を造って増えすぎた人々を間引きする仕事を与えられたボランティアの使徒」

「酷い例えだな。魔王がボランティア扱いかよ」

「ん。なら言い換える。人はスライムの餌。魔王はその餌係」

「もっと酷い!」


 スライム目線すぎる。いや、スライム目線で語ってるから別に気にする必要はないのか。


「とりあえず、アインが無類のスライム好きだというのは分かった。魔王がダンジョンマスターというのも、人と敵対する存在だというのもいい。何となく理解できる」

「ん。それはおかしい」

「ん? 何がだ?」

「あなたは無知の筈。なのに無知じゃない。折角あることないことスライムこと教え込んでゼイオンをスライムの餌係にするつもりだったのに、成功する兆しが見えない。予定が狂った。どうしてくれる」

「……それは残念だったな」


 洗脳前提か。この分だと、他の奴等は今頃どうなっている事やら。


「俺達が記憶を失っているのは、やはり御前達が犯人なのか?」

「ん。半分正解。あなたのその身体はただの器。死体収集が趣味のリッチが保管してた肉体に、輪廻転生の輪から奪ってきた真っ新な魂をくっつけただけの存在。だから余計な知識があるのはおかしい。無垢なのが普通」

「随分と危ない事をしてるな……禁忌に手を出しているのか」

「ん。問題ない。それはあなたの中の倫理。ここではこれが普通。どうせあなたもすぐにお人形遊びをし始める。チョメチョメするようになる」

「死体を集めたり魂を入れて邪な事に興じる趣味は持ち合わせてない!」


 例えば見てくれは美少女エルフであるエレンの魂を好みのものに挿げ替えて愛でるとかか? ……そりゃちょっとぐらいは興味はあるが。いやそこそこ興味はあるが。流石に道徳的に不味いだろう。


「で、もう半分は? あんまり聞きたくないんだが」

「私は関わっていない。ただあなたを託されただけ」

「リッチとかいうヤツだったか。主とも呼ばれていたな。それが御前達の親玉の名前か?」

「だた面倒見が良いだけの死体収集愛好家」

「いやな愛好家だな……」

「リッチはリッチ。気前良くDPをくれるから時々お願いを聞いてあげてるだけ」


 名前なのか金持ちだからそう呼ばれているのか分からん。後者だったら嫌だな。すこし可哀そうだ。金蔓。


「その言い方だとまるで紐だな。それともパパさん的なアレな関係か?」

「同じようなもの」


 冗談半分で言ったら肯定されてしまった。


「他の有象無象みたいに絡んできたり虐めてもこない良いヤツ」

「有象無象って……それ、魔王の事だよな……?」

「有象無象筆頭」


 アインは決め顔で俺を指さしそう言った。指じゃなくてスライム触手だったが。

 俺はそしらぬ顔でスルーした。


「アインのリッチに対する認識は分かった。それで、話を戻すが、俺に記憶があるのはおかしいという話だったか」

「ん。ちょっと珍しい」

「ちょっと? それはつまり前例があるという事か?」

「覚えてない。忘れた。でもリッチなら可能」


 そういえば昨日の話だと俺は他の奴等と違って各担当者が記憶を消したんじゃなくて、リッチが直々に初期化?したんだったな。

 ――ん? 記憶を消す? 初期化?


「さっきの話だと、俺達の魂は輪廻転生の輪から強引に掻っ攫ってきた真っ新な魂なんだよな?」

「ん。そう」

「真っ新な魂を入れたのに、そこから更に記憶を消すのか? おかしくないか?」

「消すのは肉体が持っている記憶」

「ああ、そういう事か」

「但し完全に消す事は不可能。魂の方も真っ白になっている訳じゃない。世界の記憶との繋がりを完全に断つ事も出来ない」

「普通に話が出来たのはそれが理由か」

「それは違う。あなた達が話が出来るのは調整の結果。肉体が覚えていた記憶を消去し最低限の情報を注入するのが、担当者として任命された魔王の最初のお仕事」


 OSの再インストールみたいな言い方だな。ん、頭の中にサラッと言葉が浮かんできたが、OSって何だったか。まぁ、この世界には全く関係なさそうな気がするから気にしないでおこう。


「俺の場合、それをしたのがリッチだったという訳か」

「ん。正解」

「じゃ、詳しい事を聞きたければアインじゃなくリッチに聞くしかないって事か。今から会えるか?」

「無理」

「まぁそうだろうな」


 どうやら俺は産まれたばかりの下っ端らしいからな。親玉、かどうかは分からんが、上の存在にそう気軽に会う事は出来ないだろう。大人しく機会を待つか。


「ちなみにだが、アインは俺が記憶を持っている理由を解析してたんだったよな? 結果は?」

「不純物。色々と変なのが混ざってた。魂が汚れてる。どれがお好み?」

「碌な選択肢がないな……というか選択肢にする意味はあるのか?」

「ん。おすすめは4番」


 3つしか選択肢は無いんだが。とすれば、分からないというのが正解だとみた。


「おすすめで」

「ハズレ。そんな選択肢はない」

「ただの罠だった!?」

「ばーかばーか」

「くっ、超ムカツク」


 無表情なうえに抑揚のない言葉で言われるのが更にムカッとくるな。その顔グニグニしてやろうか。

 いや、いっその事、斬ってしま……。


「ぐっ!?」


 そう思った瞬間。胸の中が強烈に痛んだ。


「がはっ! う、おろ、お……おぇぇぇぇっっ!l」


 そして何かを吐いた。真っ赤に染まったドロドロの液体を。これはまさか……アインの一部?


「暴力、ヨクナイ」

「ぐっ、どの口でそれを言うか」

(暴力ハンタイ!)

「……口に出さなければ良いという訳じゃないぞ」


 その浮かぶ文字はやめろ。ギャグ漫画になるだろうが。


「ん。今宵の私は血に飢えている。んまんま」


 口から吐いたものをアインに吸収されてしまった。気持ち悪い……筈なのに、スライムだからなのか全然嫌悪感を感じなかった。

 あと、一部は床に吸収されていた。この部屋はルンバを越える自動清掃機能でも備えているのか? ルンバってなんだ……。


「腐っても先輩という訳か」

「ん。スライムは腐らない。醗酵する事はあるけど」

「醗酵はするのか」

「ん。酒スライムを生み出すためには必要」

「……」


 今は突っ込まないでおこう。いくら酒でもスライムは流石に飲みたくない。胃の中で暴れたばかりだし。


「ゼイオンが不純で混ざり物で穢れた存在なのは確か。私に分かったのはそれだけ。変態」

「人聞きの悪い言い方をするな! あと、最後のは絶対に違うだろ」

「ん。4番の答え」

「ハズレで良かった……って、4番は無かったんじゃないのか?」

「ん。今つくった」

「ああ、そう」


 変体なら兎も角、変態はノーサンキュー。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ん。他に聞きたい事がないなら、そろそろダンジョンを造る。それがゼイオンの最優先お仕事」

「聞きたい事はもっといっぱいあるが、さっきから全然話が進まないからそうするか」


 ちなみにだが、ほとんどが酒スライムの話だった。俺も酒は好きだから少し興味があったんだが、友達だと紹介された酒スライムをそのままアインが飲んだ時には流石にショックが大きかった。更にその後、俺も強引に酒スライムを飲まされた。滅茶苦茶美味かった。

 すまない、酒スライムB29ちゃん。浴びる様に飲んでしまって。もっとチビチビ飲むべきだった。そうすればもっとじっくり語り合えたのに……やばい、ちょっと酔っているな俺。飲んでる相手と語りあうっておかしいだろう。

 お、あの棚で寝ているのも酒スライムじゃないか? よーし、ちょっと仲良くなろうな。んで、その身体を飲ませろ。


「ん。最初にダンジョンを造る場所を指定する」

「……どうやってだ?」

「ただ思えばいい。そうすればゼイオンにとって一番分かりやすい形で脳や視界に情報が浮かぶ」

「こうか? おお……まるでゲームだな」


 まるでメニュー画面を呼び出すように、視界の外、右側にメニューコマンドらしきものが並んだ。

 とりあえずオプションを選んで設定画面を呼び出し色々と設定を弄くりまわす。最初の定番作業だ。部屋が薄暗く感じていたので明暗をあげて……おい、変わらないぞ。パッドってなんだ。思うだけで実行できるならキー配置設定はいらないだろう。ヘルプがあったのでちょっと読んでみたら『オプション設定は気分です』と書いてあった。おい、これ、俺が一番分かりやすい形なんだよな? それはとどのつまり、俺は捻くれているという意味か?

 オプション設定は捨てて、他の項目を選んでみる。何も起こらなかった。ヘルプを見ても何も書いていない。欠陥品かよ。


「使えない機能が多いぞ。というか使えない機能しかない」

「ん。現実と想像は別物。無駄な知識は邪魔なだけ」


 ここでそれが出てくるか……確かに余計な知識は弊害にしかならないな。

 一度、思考をクリアにするか。

 酒うま。ぐびぐび。

 む、没収された。


「おい、それを返せ」

「ダメ。DPが必要。これ以上はサービスしない。飲みたければDP」


 無理矢理奪い返そうとしたが、アッサリと返り討ちにされた。スライムごときに負けた悔しさで涙が出た。

 おかしい。身体が思うように動かない。酒に酔っているとはいえ、昨日はここまで動きが悪くなかった筈だ。まるで素人の動き。どういう事だ?


「ん。言い忘れてた。あなたの身体は昨日とは全く別の物に変化している。あなたは自らの銘を認識した事で魔王に至った。だから、あなたのその肉体が元々持っていた力はほとんど無くなっている。今のあなたはただの雑魚」


 雑魚言うな。傷付くだろうが。


「肉体の記憶を消去した後は肉体の改造か。身も心も全て初期化か。どこまで禁忌に手を出しているんだ、御前達は」

「ん。どこまでも。この世界に禁忌は存在しない。皆、やりたいようにやるだけ。簡単なルールぐらいは作るけど」

「外道だな」

「変態には言われたくない」

「誰が変態だ!」


 それはハズレだと言ってなかったか?


「ん。理解したなら、早くダンジョンを造る。話はそれから」

「してないしてない。俺は変態じゃない」

「早くダンジョンを造る」

「聞けよ、おい」

「早くダンジョンを造る」

「……」


 酒スライムをちらつかせられながら言われた。弱点を自覚した瞬間だった。俺は無類の酒好きっと。新発見だな、まったくもう。

 一端、酒の事は忘れ……る事は出来そうにないので、レクチャーされた酒スライムの作り方を思い出しつつ『ダンジョン作成』と強く思ってみる。酒に比べると弱い思いだったが。


「場所を聞かれたが?」

「ん。私のダンジョンのすぐ近くを指定する。それが暗黙のルール」

「一応その理由を聞いても良いか?」

「適当な場所に造ってもすぐに他所属の魔王に潰されるだけ。それに、すぐ近くにあるならフォローもしやすい」


 ま、そんなところだろう。他所属の魔王と言う言葉にちょっと引っかかりを覚えるが。どうせ追々分かるだろうし、今は酒の為にアインの言う通りに進める。

 場所はスロウンライーフ大陸ノーンビリー地方にあるダラック王国南端に位置する迷宮都市スライムガーデンの東。ちなみにアインの迷宮は都市の真下にあるらしい。言い換えれば先にアインの迷宮が存在し、その上に都市が出来たという流れか。だからスライムの庭。

 野良犬野良猫みたいに都市のいたるところに野良スライムでもいるのだろうか? 嫌な都市だな。でも村でもなく町でもなく都市と言われるぐらいに発展している様だし、それなりにうまくスライム達と付き合っていけてるのだろう。是非観光に行ってみたい。


「迷宮の名前は指定できないんだな」


 《『刀』の洞穴》、それが俺の迷宮の名前だった。


「ん。新参魔王の迷宮タイプは洞穴」

「変える事は出来るのか?」

「ん。迷宮銘も迷宮タイプも変える事は可能。だけどそれは今じゃない。今は無理。今は忘れる」

「ハイハイ。んで、次は何をすればいい?」

「迷宮に配置するモンスターを生み出す」


 ハイは一回、とは言ってくれないんだな。ちょっと寂しい。


「モンスターの配置か。なら、ね……」

「エアスライムがおすすめ」


 なんか脅された。提案どころじゃなかった。先端が尖っているスライムの触手を首筋に伸ばされ、命を握られていた。


「ん。初心者にはエアスライムがおすすめ。それ以外の選択肢は許さない。死を以て償ってもらう」

「極端すぎないか!?」

「私の目が黒いうちは私の迷宮の近くにスライム以外は存在する事を許さない。ゼイオンはその圏内に迷宮を造った。だからそのルールが適用される」

「……例外は?」

「認められない」

「人が住んでいるんじゃないのか?」

「ん。市民権を持っているのはスライムだけ。ほかは観光客や出稼ぎの人、冒険者。いわばスライムの餌としてやってくる人達と、スライム達が雇った餌係。永住は出来ないけどスライムの推薦があれば暫く住む事は可能」

「おおぅ……マジでスライムの箱庭なのか」

「ん。いっぱいがんばった」


 アインは決め顔でそう言った。きっとその都市では人がスライムの奴隷のような存在なんだろう。


 ちょっと想像してみる。

 まるで騎乗するようにスライムが人の頭に乗り闊歩する世界。首には奴隷の首輪。鞭は触手を伸ばせば事足りる。店先にはスライムの好物である汚物などが所狭しと売られ、時折、罪を犯し裁かれた人の肉も並ぶ。新鮮なものは安く、時間が経ち腐ったものほど価値が高くなる。当然、人にとっては新鮮な方が良いので、意外と人の餌代はかからない。腐ればスライム達が喜んで買っていく。もちろんお金を出すのは奴隷兼ペットである人の方。とはいえスライム達は排泄物でも十分に喜んでくれるので、それほど家計の負担になる訳でも無い。

 都市はスライム達の御蔭で物凄く綺麗。スライム向けの食料品を売っている店に近づかなければ、だが。スライム以外のモンスターも存在しないので結構住みやすくもある。食糧を大量に仕入れても売り切れなければ逆に高額となりスライム達の嗜好品として売れていく。もちろん限度はあるが。

 飼い主であるスライム達の横暴にイラっとくる事もあるだろう。だがそんな時こそ迷宮に潜る時。迷宮に潜って野良スライム達にその怒りをぶつける事が出来る。その場合は自身の命を危険に晒す事になるが、奥に進まなければそう強いスライムもいないだろう。都市の外に出て狩りをするのも良いかもしれない。但しあまりスライムを倒し過ぎると業が溜まりスライムの恨みをかう事になる。主人であるスライムの鞭は恨みの分だけ威力があがる。下手をすれば即死させられるほどに。

 役場に行けばダンディーな髭を生やしたスライム市長がでんっと座っているかもしれない。神殿に行けば神官帽を被ったスライム神官からスライム神の言葉が聞け、穢れ泣き美女?のスライムシスターからスライム印の聖水を振りかけてくれる。劇場に足を運べば悪のスライム魔王に立ち向かうスライム勇者達の物語が。配役はもちろんスライムばっかり。黒子が人。

 年に一度のスライム祭りでは通りを埋め尽くすほどのスライムスライムスライム。運悪くその人ごみならぬスライムごみに混じってしまった人は、いつの間にか餌とされ跡形もなく溶かされてしまうので、その日だけは人は誰も都市の中心部には近づかない。罪人だけが町中に放り出される。別名、人追い祭り。右も左もスライムで埋め尽くされた通路を、ヨーイドンで罪人が放たれ、それを槍を持ったスライム達がえいこらと追い回す。逃げきれなければその場で民衆の餌。ゴールに辿り着いても美味しく召し上がられるのみ。所詮、餌は餌でしかなかった。

 そこはスライムの天国。スライムの箱庭。スライム好き以外は訪れるなかれ。スライム好きでないならスライムルールをしっかり頭に叩き込んでから訪れるべし。但しすべてはスライムの気分次第。明日のあなたがスライム達に餌だと認識されていませんように。スライムの知能は低い。


「エアスライムを選べばいいんだな。何匹だ?」


 ま、他人事だな。今の俺には関係ない。好きにやってくれ。今の俺は自分の命が惜しい。

 つーか、ちょっと刺さってるぞアイン。痛いだろうが。


「ん。一匹で十分」

「……少なすぎないか? せめて1ダースぐらいは配下に欲しいんだが」

「ん。今は量より質が大事。ゼイオンのスライム愛はあまりにも少ない。今はまだ一匹に愛を集中させるのが吉」

「愛云々は兎も角、一理あるか。分かった。エアスライムを生み出す」


 先輩の言葉だからな。今は大人しく従うべきだろう。口答えしたら引っ込みかけた触手がまたギラッと尖ったし。

 我が先輩は横暴だった。


 脳内でモンスターを生み出したいと願うと、視界外の項目一覧に『モンスター』という項目が現れた。その項目を脳内タップすると一番上に『モンスター生成』という項目が現れる。それ以外の項目は無い。あっても真偽のほどが分からないので、意図的に表示しないようにしている。

 『モンスター生成』を選ぶと今度はスライムの一覧がズラッと並ぶ。いや、モンスター一覧か。スライムの名前しか並んでいなかったのでそう勘違いしただけだな。ただ、一番下までスクロールしてもスライム以外の名前は見つからなかった。スライム、メ〇ルスライム、ヘビメ〇ルスライム、キ〇グスライム、クイ〇ンスライム、イエロースライム、ブラックスライム、酒スライム、エアスライムなどなど。知っているものもあれば能力的に何がどう違うのか分からないスライムも多々。

 ちなみに名前の横には生成に必要なDPが表示されていた。メ〇ルスライムはやはり必要DPが高かった。


「そういやDPって何の略なんだ? ダンジョンポイントの略か?」

「正解であり不正解」

「どっちだよ……いや、ああそういう事か。それも俺が認識しやすい言葉に変換されているという事か?」

「ん。物分かりが良くて助かる。楽ちん。あなたが聞く全ての言葉は、あなた自身が分かりやすい言葉として耳に届けられる。知らない言葉は知らない言葉として届けられる」

「……ああ、それでか。昨日もそうだったが、アイン達の口の動きと耳で聞く言葉に随分ズレがあるなと思ってたんだ。自動的に翻訳されていたのか」

「ん。今はそう思ってくれていい。ただ……」

「思い込み過ぎるなって事だろ? 事前に余計な知識があると却って本質に辿り着けなくなる」

「違う。何が本質かはその時々によって変わる。但しその変化はとてもゆっくりとしたものだから普段は特に気にする必要は無い。だけど永い眠りについた時には注意する必要がある。ある日起きたらみんなスライムになっていたとか」


 どういう例えだ。


「……それは実体験からくる先達者からの忠告か?」

「ただの私の願望。そんな事実はない」

「ないのかよ!」


 なんか時折、大げさなツッコミを入れてしまうな。これ、アインが言ってた混じっている事による弊害か?


「何となく分かったような分からないような。それは兎も角、このDPとやらを払えばその酒を譲ってくれるんだったよな。幾らだ?」


 所持しているDPは1万。これが新参魔王の初期値なんだろう。

 ちなみにノーマルなスライムの生成には50DP、エアスライムは300DPだった。最弱モンスターのゴブリンだと幾らなんだろうな? やっぱ10DPぐらいか?


「今の価値だとだいたい100万DPぐらい」

「随分高いな!?」


 まさか年代物とか。酒なのでありうる。それともかなり成長させているからその分美味しさもアップしているとかか?

 酒スライムの生成レートは……1万か。うーむ、悩むな。いやしかし今ここでその欲望に負けると、文無しならぬDP無しとなってしまうし。しかし飲みたい。どうする俺? 運命の選択肢。


「DPの譲与をするにはどうすればいい?」


 借金するという手もあるよな。借金まみれのダメ人間になりそうで怖い。以前の俺はどうだったんだろうか。酒に溺れて身を崩してないよな? きっと歴史は繰り返す。信じているぞ、元の持ち主。


「ん。まだゼイオンには早い」

「よし、出来るんだな。今はそれが聞けただけで良い」


 『モンスター』項目と同列の欄に『迷宮核』項目が現れた。しかしDP譲与に関係しそうな項目は出ていないので、何らかの条件を満たす必要があるんだろう。

 余談だが、ダンジョンを造った際には『迷宮構築』項目から行っている。この項目配下には『通路作成』『部屋作成』といったダンジョン構築に関わる項目が幾つか表示されていた。これから色々とお世話になる項目だな。但し今は下手に手を出さずアインの言う事を聞くとしよう。殺されたくないので。


 モンスター一覧からエアスライムを選択する。するとエアスライムの細かな情報が表示された。

 名前は空欄。

 種別はカテゴリーⅨの無形種。あと、ゾル系統とのこと。つまり液体状。個体状だと恐らくゲル系統と表示されるんだろう。

 モンスター名称がエアスライム。

 そのほか、LVやHPといったステータスが並ぶ。LVは当然1だ。それ以外はほぼFやGといったアルファベット表記。更にその横には星マークがついていた。アルファベットは能力の高さを表しているのは間違いない。ちなみにLUKだけCだった。その代わり星は付いていない。

 つーか、エアスライムっていったいどんなスライムなんだろうな。まさかエアギターやエアフレンドみたいに実は実在しない架空のスライムとかじゃないよな?


「能力の横に星マークが付いているんだが、その意味はなんだ?」

「ん。それは成長力。星が多いほどレベルアップした時の成長幅が大きくなる」

「なるほど。なら初期能力値よりもむしろこっちの方が後々重要になってくるという事だな」

「ん。正解であり不正解」

「そうか。分かった。思い込まない様に注意する」

「素直でよろしい。いい子いい子」


 尖った触手で喉をなでなでするなっ! 怖いだろうが!


「指示通りエアスライムを一匹生成した」


 実在するスライムでありますように。

 ちなみに名前が空欄だったので、生成してすぐエスラと名付けた。エアスライムのエスラ。安直だが意外と良い名前だと思う。俺の初めてのモンスター。一番最初の配下。女の子っぽい名前を付けてしまったのはきっと願望の所為じゃない。スライムに性別など存在しない。目の前にいる少女はきっと幻、まやかし。その姿で男を誘惑し捕食する悪魔の生き物だ。


「ん。なら次は強化。そのエアスライムの全てのDPを注ぎ込む」

「全て!? 拒否権は……」

「勿論ない」


 刺さってる刺さってる。超がつく横暴な先輩だった。

 俺に選択肢はない。大人しく言う事を聞くしかない様だ。くっ、いつか滅茶苦茶にしてやるからな。そしてボロ雑巾の様に捨ててやる。


「……言われた通り強化した。御蔭で俺のDPはすっからかんだ」


 エアスライム改めエスラは強くなった。強化可能な項目はLVのみ。LVを上げていく度にエスラが少しずつ強くなっていくのがちょっと嬉しかった。出来れば我が子が成長していく様を見るのは強制ではなく時間をかけてじっくり見たかったが。

 ……ちゃんと実在するよな?

 LVを上げているとステータス以外にSPという項目も徐々に増えていた。何のポイントだろうな。PPという項目もあった。但しこちらはエスラのステータス上ではなく、俺が使えそうなポイントっぽい。ちなみにSPとPPは同じ数値だった。後が楽しみだ。


 成長したエスラのLVは8。意外と低い。

 レベル1から2にする時に使用したDPは300。その次からは700、1200と増えていった。つまり、300、400、500...の合計値になる。その理屈で言うとエスラのレベルは最大で6までしか上がらない計算になる。初期値1万からエスラの生成で300DPを引き、残りは9700DP。レベル7にする為に必要な総DPは9800。100足りない。しかし実際にはレベル8まで上げる事が出来た。

 その理由は、DPが増えたため。どうやら特定の条件を達成する事でDPを貰う事が出来るらしかった。具体的なタイミングとしては、恐らく初めてモンスターを生成した時、初めてモンスター強化を行った時、モンスター強化を5回行った時になる。そのタイミングで所持DPが増えていた。

 ゲームシステムみたいで面白い。やはり楽しみが増えて嬉しい。


「ん。すっからかん?」


 アインが首を傾げて言う。ん? 予定通りじゃないのか?


「ああ、すっからかんだ」

「そう」


 アインが目を瞑り何かを考え始める。

 俺はその隙にアインが手に持っている酒スライムの奪取を試みる。酒スライム本人に避けられた。ちっ。


「ゼイオン」

「ん? なんだ?」


 アインが触手を伸ばして俺の胸をちょんっと突いた。


「あなたはもう死んでいる」

「ひでぶーーっ!! って、何をやらせる」

「ん。グッジョブ」

「俺はお笑い芸人になるつもりはないぞ」

「ん。残念」

「残念がるなよ……」

「ん。違う。あなたは詰んだ。きっともうすぐバイバイ」

「……それ、冗談だよな? 俺はちゃんと御前の言う通りにしてたぞ?」


 脅されて、だけどな。


「ん。たぶん、私が寝ている間にちょっとシステムが変わった。予想外」

「システム? それは……まさかさっき言ってた本質の変化ってやつ、か……?」

「ん。そう」


 何か悪い予感がした。無表情漫画顔のアインの側には『バイバイ、ゼイオン』という文字が浮かんでいた。縁起でもねぇ。


「……具体的に、何がヤバいんだ? どうして俺の死が確定する?」

「ん。ゼイオンの半身であるダンジョンが解放された。すぐ近くに冒険者がいた。もうすぐダンジョンコアが破壊される」

「ダンジョンの開放? 冒険者? コアの破壊? それはどういう……」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ねぇ、リック。起きて」

「んぁ……?」


 その日、4人はスライムガーデンを出て野良スライム討伐のクエストを受けていた。

 クエストの発行元は冒険者ギルド。都市の外にいるスライムは迷宮暮らしや都市暮らしが性に合わず自由を求めて旅立った年若いスライムが多い。それ故にルールを無視して好き勝手に環境破壊し観光の売りの一つである景観を台無しにしたり、暴食/分裂を繰り返して他のスライム達に迷惑をかける事もしばしば。時には下剋上を目指して徒党を組み、都市に喧嘩を売ってくる事もあった。

 そんなちょっとやんちゃなスライム達を間引きする為、ギルドは定期的に討伐依頼を出していた。


 早朝から昼にかけて一汗かき、そこそこの数のスライム達を自然に帰した4人は昼食を取った後、結界を張って長閑な午後の一時を過ごしていた。都市の中ではルールに従わなければならないので、どうしてもスライムに使役される身。久しぶり鬱憤を晴らし開放感を味わっていた彼等は、心地よいお日様と暖かな気候に負け怠惰に昼寝と興じていた。

 ついさっきまで。


「ほら、あれ見て。私、すんごい子見つけちゃった」

「んんん? おおっ、ま、まさかあの銀色に輝くボディは、伝説のはぐ……」

「しっ。こういうのは口に出したらダメだって。逃げフラグたっちゃう」

「おっとすまねぇ。ジンクスは大事だからな」


 相方のシンディーに起こされたリックは外していた装備を音を立てない様に装着し、ピクニック状態となっていた仮拠点の片づけを始めた。その間にシンディーは少し離れた場所で抱き合いながら寝ていた仲間2人の口を押えながらやや荒っぽく起こす。小柄な方を包み込む様に寝ていた大きい方が先に目を覚まし、シンディーに抗議の声をあげる。が、それはシンディーの腕によって掻き消された。呼吸が出来ず苦しみ始めた小柄な方も遅れて眼を覚ます。

 唇に人差し指を当てて静かにしろとジェスチャーで伝えるシンディー。不機嫌ながらも大きい方は事態を察し、大人しくシンディーの言う事を聞く。小柄な方は寝惚けているのか頭の回転が追い付かず暫く首を傾げていたが、シンディーのデコピン一発で我に返った。その際、ビシッという大きな音が鳴ったが、幸いにして標的には気付かれなかった。


「いたいよぉ……」


 小柄な方、ミズキが額を摩りながら生い茂る草むらの影で愚痴を零す。


「油断しすぎだミズキ。ここは安全な都市の中じゃないんだぞ」

「でもでもレイ、シンディーったら酷いんだよ。オデコ、すんごく痛かったんだからね。もっと優しく起こしてくれても良いじゃん良いじゃん」


 同じように地面に伏せている添い寝相手のレイがミズキの頭をぐしゃぐしゃと撫で、その頭をもう少し低くさせる。

 レイの視線の先にはキラキラと陽光を反射させている銀色モンスターの姿があった。さっきまで後ろ姿だったのが、今は身体を回転させレイ達のいる方へと正面を向けていた。もし気付かれればその瞬間に逃げられてしまう、そんな相手。もし倒す事が出来れば色々と幸運が舞い降りる事になる、超がつくほどのレア指定されている非常に硬くて素早いモンスター。普段は迷宮の奥でしか出会えないが、たまにはぐれて外に出てくる者もいる。明らかにこの辺りで遭遇するスライム達とは格が違うが、それでも可能性がない訳では無い。

 幸運はいつも突然にやってくる。4人は低報酬でもこのクエストを受けてよかったと心から思った。


「ミズキは結界の中だからと言って気を抜きすぎ。いくら安全が確保されてると言っても、大声を出せば周りを囲まれて逃げるに逃げられなくなるってこの前学んだばかりじゃない」

「ぶー。あの時はちゃんと謝ったじゃん。シンディーはちょっと根に持ちすぎ。そんなんじゃリックに嫌われるよ」

「いつも邪魔してくれるのはいったい誰よ」

「だったらさっさと襲い掛かれ。御前達はもどかしすぎる」

「ねー。レイったらほんと強引だったよね。まさか出会ったその日に襲われるとは思わなかったなぁ。まぁそこがレイのい・い・と・こ・ろなんだけど」

「うかうかしてるとリックのヤツも他に女に掻っ攫われるぞ? 好条件だからな。今はまだ側にシンディーがいるから勘違いして遠慮してるみたいだが、狙っている女はそれなりにいる。真実に気付けばきっとあっという間だろう。それともシンディーは寝取り狙いか?」

「そんな訳ないでしょ。それに、そんなの私だって分かってるわよ。でもリックのヤツが、まだ心の準備がって……」


 ぶちぶちと草を抜き始めるシンディーの姿に2人は溜息を吐いた。わざわざ見せつける様にイチャツク姿を見せているのは、いったい誰と誰の為だと思っているのだと。キスの一つでもしてしまえば後はあっという間だろうに、どれだけ良い雰囲気を作ってもなかなかその一線すら越えてくれない。このままだと、最後の手段として用意しているスライムプール漬けにして強引にくっつける手段を取らざるを得ない。しかしその場合、自分達もそこに巻き込まれ4人仲良く宜しくする羽目になる。最初がそれでは2人もちょっと嫌だろう。暫く4人の関係は気まずくなること間違いなし。最悪の事態でパーティー解散。出来ればその最終手段は取りたくなかった。


「ま、なるようになるか。その時はその時だ。今はアレだろ?」

「うん、そうだね。アレを殺ったら案外スルスルっと上手くいくんじゃない? 悦びのあまり抱き着いたりしてね」

「そうだと良いんだけど……」

「御前等、さっきから何をくっちゃべっているんだ。早く散れよ」

「きゃっ!? リック、もう吃驚させないでよ」

「静かにしろ。あいつが逃げてしまうだろうが。早く散れ」

「わ、分かってるわよ。私が見つけたんだから」


 リーダーであるリックの乱入を皮切りに、4人は標的を半円状に包囲した。ただ四方を囲んで襲い掛かってもその素早い動きで隙間から逃げてしまうので、近くにある岸壁に追い込んでなるべく逃げられない様にする為だった。


「いくぞ!」


 リックの掛け声と共にガバっと起きて標的に姿を表す4人。それに驚いたモンスターは、誰もいない方へと方向転換し一目散に逃げた。


「今日こそ逃がさないわよ!」

「えーい、死んじゃえーっ!」


 シンディーが弓を射ち、ミズキが魔法を放つ。シンディーは当てるつもりで射っているがモンスターは右に左にとチョコマカと動き尽くを躱す。逆にミズキは当てるつもりはなく、ドカンドカンと地面を派手に爆発させてモンスターの逃走ルートを上手くコントロールしていた。

 リックとレイは全力で真っ直ぐ走り、標的を左右に逃がさない役目を担っていた。


「よし、もう一息だ! レイ、抜かるなよ!」

「誰に物言ってる、リック!」


 そのモンスターは時に幸せを呼ぶアイテムを落とすという。その場合、億万長者も夢ではない。

 まだ見ぬ未来に4人は疲れも忘れ、全力で駆け続ける。

 そして遂に追い詰めたと思った瞬間。


「なにっ、洞窟だと!?」


 それは唐突に姿を表した。


「なんでこんな所に洞窟が出来てるのよ!」


 悪態を吐きながらもめいいっぱい弦を引き絞り、一縷の望み――会心の一撃を狙って放たれた矢は僅かにモンスターの身から反れ地面に突き刺さった。


「ちぃっ! もうちょっとだったというのに。くそっ、逃げられたか……」


 ダンジョンの中は迷路となっているのが普通。運が良ければ袋小路に追い詰められるなどと楽観視するほどリックはダンジョンを舐めていなかった。むしろ焦って追えばトラップに嵌まり狩られる側となる。経験上、その末路を辿る事となった冒険者達の姿をリックは何度も見てきた。

 リックの頭から今日こそシンディーと添い遂げ幸せの第一歩を踏むという計画がガラガラと音を立てて崩れ去っていった。

 その横ではシンディーがどっと襲い掛かってきた疲れに負け尻持ちをついていた。頭の中ではきっとリックと同じ崩壊劇が起こっているんだろうなとミズキは思う。


「いや待て。このダンジョン、なんだか随分と新しいぞ? それこそついさっき出来たばかりのように」

「……なに? ミズキ!」

「はーい。もう、人使いが荒いなぁ。そんなんじゃ女の子にモテないよリック」

「別に、俺には一人いれば十分だ」

「え、それって……」


 世界に光を見たとばかりにガバっと顔を起こすシンディー。だが流石にタイミングが悪すぎた。リックは無意識に自分が口走った言葉など頭になく、洞窟の中に視線を向けモンスターの事ばかり考え始めていた。


「そういうのは帰ってからにしろ。どうだミズキ?」

「やった、ビンゴだよレイ! この穴、一本道ですぐに行き止まりみたい! 袋の鼠だよ!」

「マジか!?」

「え、うそっ!?」

「うん、まじまじ。これなら確実にあいつ殺れるよ! しかもこの穴、ダンジョンだよ! やったね!」

「よぉぉぉっしゃあぁぁぁぁっ! 遂に俺達にも運が巡ってきたぁぁ!」

「リック五月蠅い! でも、んふふふふっ」

「今夜は祝杯確定だな。実に楽しみだ」


 ダンジョンだと分かった事で4人のテンションは更に上がった。そして、4人はすぐさまダンジョン探索用に装備を切り替えた後、慎重に第一歩を踏み出した。


「さぁ、狩りの時間だ。幸せになるぞ」

「ええっ!」「うんっ!」「ああっ!」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「な、なんだ!? なんか頭の中に妙なイメージが流れ込んできたぞ!?」


 突然、フッと意識が遠いたと思ったら膨大な情報がドバっと脳に流れ込んできた。

 ササササッっと高速で逃げる様に入ってきた何か。その何かを追って入ってきたと思われる武器を持った4人。

 その未知の体験に頭が混乱し、気が付けば俺は膝を折り床に手を付いていた。


「ん。やっぱり」

「やっぱり? やっぱりってなんだ? 何が起きている?」

「ん。DPがゼロになった事でゼイオンのダンジョンが解放された。そして、たまたま近くにいた冒険者達にゼイオンのダンジョンが見つかった」

「ダンジョンが解放? 冒険者? つまりこれは……今も俺の頭に流れてくるこの情報は、まさか俺のダンジョンの!?」

「そう。現在進行形」


 先に入ってきた小さな存在が通路を抜け、その先にある広い部屋に入った。その情報は、まるで口から入ってきた異物が食道を抜け、心臓のすぐ近くにきたような感じだった。逃げ道を求めて右に左にチョロチョロと動く異物。その忙しない動きに心臓の付近がとてももぞもぞして何だか痒かった。


「おい、これはどういう事だ? 何で俺のダンジョンが解放されてるんだ?」

「造ったばかりのダンジョンが解放される条件は2つ。一つはDPがゼロになった時。もう一つは本人の意思」

「そういう事を聞いてるんじゃない! 俺はアインの言う通りにしただけだぞ? なのに何でこんな事になってる!」


 気が付けば俺はアインの胸倉を掴み締め上げていた。


「ん。ちょっと失敗した。めんごめんご」

「ちょっとじゃないだろっ!!」


 しかしスライムと化しているアインは全く苦しむ様子なくほとんど他人事のような無表情を浮かべていた。むしろダメージを受けているのは俺の方で、アインを掴んだ腕がしゅぅしゅぅといって皮膚が溶かされていた。

 すぐに手を離した。べチャッと音を立ててアインが地面に落ちる。

 アインがうぞうぞと蠢き徐々に形を変えていく。盛り上がった泥状の液体は人の形を取り、そして小さな女の子となった。幼女に近い裸の少女が俺の前に現れた。


「……俺はこの後どうなる? どんな未来が待っている?」

「ん。ダンジョンコアを破壊されて消滅する」

「ダンジョンコアとはなんだ? ……いや、やっぱ説明しなくていい。なんとなく分かった」


 なまじ知識がある分、言葉の意味が分かってしまった。自動翻訳された事からしてもそれは確かだろう。

 ダンジョンコアは、いわば俺の命そのもの。そしてそれがあるのは間違いなく俺のダンジョンの中。今も慌てて動き続けている小さなモンスターがいる部屋、その中心部にダンジョンコアは存在していた。そのダンジョンコアを破壊された時、きっと俺は死ぬ。


「今すぐにDPを手に入れる手段はあるか?」


 DPさえあれば通路を作成できる。きっと何かしらの罠も配置できるだろう。新しくモンスターを生み出せば冒険者にぶつけられる。生成したばかりのエアスライムを強くしてもいい。兎に角、速攻で手を打たなければ俺は死ぬ。諦める? そんなつもりは毛頭なかった。


「ん。ある。私が譲与すればいい」

「ならすぐにくれ。代償が必要なら払う」

「ん。代償は不要。これは私のミス。無償でいい」


 冒険者4人が通路の半分を越えた。所詮は何も手を咥えていない初期ダンジョン。通路が短すぎる。30メートルも無い。

 女性らしき冒険者が持っている松明らしき光がチリチリと熱かった。そんな情報まで伝えなくても良いだろうが。遮断だ遮断。


「譲与はトレード窓か? 手を繋ぐのか? それともキ……」

「ん。譲与しても無意味。配下モンスター以外の存在がいる階層に手を加える事は出来ない」

「なっ……くそっ。ならさっき作ったモンスターの強化はどうだ?」

「ん。無理。今あなたに出来る事は二つしかない」

「二つ? それは神に祈る事と、殺される前に自ら死ぬ事か?」

「どちらも不正解」


 アインの瞳が真っ直ぐ俺の瞳に向かう。感情の色の無い子供の瞳。


『ひゅう。マジでダンジョンかよ。見てみろ、ダンジョンコアだ』

『あれがダンジョンコア……意外と大きいのね』

『あれでも小ぶりだけどな』

『ダンジョンコアってほんのり暖かいんだ。しかもちょっと光ってる?』

『光が弱いのはまだ産まれたてだからだろう。深くて危険なダンジョン程、ダンジョンコアの輝きは強いらしい』

『へー、そうなんだ』


 侵入者4人がコアの間に辿り着いた。早すぎる。

 暢気な会話が頭の中に流れ込んでくるが、感じる気配はピリピリしていた。此処にいる俺自身が感じているものとは別の、ダンジョンコアが感じている感覚に意識が戸惑い、まるで二重の心を持ったように気分が落ち着かない。

 更に追いうちの様に、誰かが俺に助けを求める意識がビシッビシッビシッと連続して流れ込んでくる。意識の元を辿ると、部屋の隅で怯えているもう一匹の侵入者だった。つまりスライムからの救援要請。


「ん。助けを求められたなら応えるのがベスト。野良モンスターを優位な条件で雇い入れたり配下に加えたり奴隷に落としたりする事が出来る。それが、あなたが今出来る選択肢の一つ」

「逃げてきたモンスターを味方に付けたところで何の役に立つんだ?」

「それはあなた次第。意思疎通が出来るという事は戦術の幅が広がるという事」

「何もないよりはマシか。分かった。どうすればいい?」

「ん。漠然とした情報をただ受け取るのではなく、もっと詳細な情報が欲しいと強く思う。但し求めすぎてはダメ。大雑把なのも良くない。求めている情報を具体的にイメージして頭に思い浮かべる」

「イメージ……」


 時間が無い。細かい部分は飛ばして突貫工事でイメージする。一方的にぶつけられている思念をメッセージ化してウィンドウに表示だ。ゲームっぽいので良い。思念をぶつけてくる相手の名前も欲しい。簡潔にシステムメッセージ化して表示。見落としても大丈夫なようにログに残して後から見る事も可能なら尚良い。色分けタブ訳は必須だが細かい設定は後回しだ。

 イメージは出来た。さぁ来い、メッセージウィンドウ!


[――???スライムが《『刀』の洞穴》に来訪しました――]

[――冒険者A~Dが《『刀』の洞穴》に侵入しました!――]

[――???スライムがコアルームに入室しました――]

[???スライムは配下になりたそうな目でこちらを見ている]

[???スライムは配下になりたそうな目でこちらを見ている]

[???スライムは配下になりたそうな目でこちらを見ている]

[???スライムは動揺している]

[――冒険者A~Dがコアルームに侵入しました!――]

[???スライムは配下になりたそうな目でこちらを見ている]

[???スライムは焦っている]

[???スライムは奴隷になる覚悟を決めあぐねている]

[???スライムは恐怖している]

[――コアルームで戦闘が開始されました――]

[冒険者Aの攻撃。???スライムにミス!]

[冒険者Bの攻撃。???スライムにミス!]

[???スライムは逃げ出した]

[???スライムは逃げられない]

[冒険者Cの攻撃。???スライムにミス!]

[冒険者Dの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[???スライムは絶望している]

[???スライムは奴隷になりたそうな目でこちらを見ている]

[冒険者Aの攻撃。???スライムにミス!]

[冒険者Bの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[???スライムはパニックに陥っている]

[???スライムは奴隷になりたそうな目でこちらを見ている]

[???スライムは踊り出した]

[冒険者Dは楽しそうに笑っている]


 おいおいマジか……マジで出来たよ、おい。まんまゲームだな。まぁ俺が望んだ訳だけど。

 というか、もう戦闘が始まっていた。二人が入口付近を塞ぎ、残る二人がスライムを追い回していた。


『っ痛~~。かてぇな、おい!』

『初めから分かってた事でしょ! ほら、そっち言ったわよ!』

『はーい、ここはとうせんぼですよー』


 冒険者達の攻撃が執拗に続く。必死に逃げるスライム。しかし退路を断たれているためスライムは逃げられない。

 ログを見る限りスライムはほとんどダメージを受けていなかった。ミスが多いし、当たってもダメージは常に1。意外とスペックは高いのかもしれない。むしろ反撃をしないのが不思議なぐらいだ。重度の臆病者なのか。


「ん。私の方でも確認した。その子はワンダーリングプラチナスライム。メス。18日歳」

「なんだ、はぐれメ■ルじゃないのか……」


 しかも性別があるとか。年齢が日数なのも驚きだ。


「ん? 違う。その子はワンダーリングプラチナスライム。復唱」

「ああ、ワンダーリングプラチナスライムな」


[ワンダーリングプラチナスライムは肉便器雌奴隷になりたそうな目でこちらを見ている]

[肉便器雌奴隷にしますか?]


  はい

 →いいえ


[ワンダーリングプラチナスライムは絶望のどん底に落ちた]

[ワンダーリングプラチナスライムは人生を諦めた]

[冒険者Cの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[冒険者Aの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[冒険者Aの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[冒険者Bの攻撃。???スライムに1のダメージ!]

[冒険者Dの攻撃。???スライムに1のダメージ!]


「ん。仲間に出来た?」

「いや、すまん。つい拒否ってしまった」

「そう」


 流石にスライムの肉便器雌奴隷はいらない。どういう変態だよ。

 おおおお、人生を諦めたからだろう、ダメージログが続きまくるな。もうタコ殴り状態だ。冒険者4人の顔が嬉々としているのが交わされている会話からも分かった。いいなー、俺も混ざりたい。

 ……この後は、今度は俺の心臓部であるコアがタコ殴りされるんだろうか。レベルアップして強くなった4人に。

 何だか俺も人生諦め境地……。


[ワンダーリングプラチナスライムは配下になりたそうな目でこちらを見ている]

[配下にしますか?]


 ――お?


「ワンモアきた。今度こそ」

「ん。ファイト」


 さぁ、我が配下に加わるがいい。そして馬車馬の如く働くがいいわ。クックックッ。


 →はい

  いいえ


[DPが足りません]


 うぉい。ここでそれかよ!

 いや、しかしアインからDPを貰えば……。


[ワンダーリングプラチナスライムは倒された]


「あ、死んだ」


 瞬間。アインの顔が夜叉に変わり、怒涛のスライム触手攻撃がビシシシシシッと俺の身を襲った。

 超速の数十コンボが決まり、気が付けば空中に投げ出されている俺。回避行動を取る以前にアインの攻撃を認識する事すら出来なかった。


「悪い子にはおしおき。スライムの恨みは百万倍返しが基本」


 ズシャッと地面にぶつかった俺に、アインが容赦なく踏んだ。裸の幼女が俺の頭を踏んだ。

 重要な事なので二回言う。裸の幼女が俺の頭を踏んだ。


『よっしゃ、もう一丁!』

『ダンジョンコアもいっただきー♪』


 ああ、俺の人生も終わったな、これは。実に短い人生だった。

 裸の幼女に踏まれたまま俺は逝く。

 そんな最後で逝きたくない……。



寝台になってる子 :スキンシップ大好き温水スライムちゃん

地面にいる子   :薄さ1ミリの透明スライムくん

飲まれちゃった子 :B産29年物スライム卿

飲みかけの子   :E産17年物スライムさん

銀色の硬い子   :哀れな生贄スライム姫


剣士   :多感な16歳

弓使い  :恋する15歳

戦士   :二刀流18歳

魔法使い :子供な14歳


踏まれ逝く者 :『刀』の魔王

1号さん   :『刀』の魔王の腹心

夜叉教官   :『水溶』の幼女?


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