9蝉
最近は家を出ることも少なく、夜の町を歩くなんてまったくと言っていいほど無い。夜の町はまだ明るさを残していた。コンビニやファーストフード店は太陽のように明るく、通りすぎる車は彗星のようだ。宇宙を泳いでいる気分に浸れるかとも思ったが、存外宇宙は騒がしい。どこか静かな場所で休みたいと思い、コンビニでツナマヨネーズおにぎり二つと熱いお茶を買って、近くの公園に向かった。
公園といっても滑り台があって、ブランコがある、一般的なイメージの公園ではない。真ん中に広い芝生の広場があり、周りを木々に囲まれた散歩道がある公園だ。そこのベンチに座り、おにぎりの包みを取り除いてかぶりつく。今まで何度も食べてきた味だ。お茶で流し込む。
おにぎり二つ。たいして時間はかからない。私はすぐに手持ち無沙汰になった。公園にも明かりはあるが、それでも町よりは暗く、夜の空がよく見えた。
特に用があったわけではない。強いていうならば、そんな気分だった。
私は街灯のしたまで移動し、ズボンに突っ込んでいたメモ帳とペンを取り出す。
顔をあげると、街灯には一匹も虫がいなかった。
手元に視線を戻し、小説の続きを書き始める。今なら書ける。そう確信していた。アイデアの製造速度に手が追い付かない。仕方なく大まかにまとめて書き進んでいく。アイデアが止まったら細かく肉付けしていこう。ここ最近の遅れを取り戻すかの如く、ひたすらにメモ帳を埋めていく。
いや、違う。間に合わせなくていい。締め切りなんて破れ。恥をさらすような作品を出すくらいなら、私は作家を辞める。期限を気にするな。世間を気にするな。そんなものに意識を割く余裕なんて無い。今はこの世界に集中しろ。
私は気がつくとメモ帳を全て黒く塗りつぶしていた。急いでコンビニに戻り、ノート一冊とペンを一本購入する。
再び同じ場所に戻り、作業を再開する。急げ、こんなこと滅多にないんだ。今かけないと私は一生作家としては生きていけなくなる。生きていけなくなる。いや、それさえもどうでもいいだろう。この作品を出すことが、今は生きることより大事なことだ。いや、今この瞬間こそ、私が胸を張って生きていると言える瞬間だ。
蝉よ。悪いことをした。君の時間を無駄にした。私は人間ではないよ。それを証明したのは、他でもない私で、君でもあるんだ。
私は作家だ。
誰になにを言われても、所詮物語を紡ぐことしかできない。
人間は生きることしかできないものだ。
私は行き続ける事すらできない。人間社会に溶け込んでいる「まがいもの」だ。
私は自分が何者なのかを理解した。
その日、私が部屋に帰ることはなかった。家に戻ったのは次の日の午前五時で、帰宅後私はすぐに深い眠りについた。