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蝉(せみ)  作者: 北松文庫
7/10

7蝉

 十四日目


 今日は蝉は来なかった。私は久しぶりに人間観察に出掛けた。そこで、私はある一人の人物に注目する。町中たくさんの人で溢れ、一人として同じ人はいない。これだけ人がいて、知り合いに出会わないのは、私の知人には引きこもりしかいないのか、単に知り合いが少ないだけなのか。


 ともかく、私はとある人物に注目した。その人物は、こんな夏真っ盛りの昼過ぎに、上から下まで黒一色だった。長袖の上着も、足首まであるパンツも、靴下も靴も帽子も。誰も彼の事など気にも止めないものだから、彼が見えているのは私だけなんじゃないかと錯覚してしまう。彼は死神の様にも見えたし、マフィアのボスにも見えた。


 こうして、話したことの無い人物を好き勝手言ってはいけないのだろうが、好き勝手言えるのが、話したことの無い人物への偏見の中だった。

黒一色の男は、辺りを気にしてきょろきょろしていた。ますます怪しい。


 彼の行動に関しては、私も強くは指摘できないが。


 しばらく彼を見ていると、黒一色の男に一人の女が近づいていく。私はその女を知っていた。先日カップルを観察していたときに声をかけてきた女だ。彼女は一体どういう理由があって、黒一色の男に話しかけたのだろう。彼女は白のTシャツに、太腿の半分にも到達しない短いジーンズを履いていた。彼女はもうすぐ死ぬのか、マフィアと関係があるのか。

 

 どっちもあり得る話だった。


 二人はどこか別の場所に移動し始めて、私もすぐに後を追った。一定の距離を保ちつつ、決して見失わないように気を付けた。


 遠くから観察をしている分にはいいにしても、こうして後を追う行為は、いかがなものか。回数を重ねるごとに自分が悪い方向に向かっている。


 まあ、大丈夫だろう。


 追い続けていくと、どんどん人気の無い場所に向かっているように感じた。実際、人は少なくなってきた。ここまでくると、死神の線は薄いようだ。どんどん暗い裏路地のような場所になってきて、ついに二人は目的の場所についた。


 そこはどこにでもあるようなラブホテルだった。


 十五日目。


 「それは、当然の世の流れだ」


 蝉は全ての話を聞き終えると、そう言った。自分でもそう思った。


 「いや、真っ先にそれを疑わないか? 死神よりも、マフィアよりも。そもそも死神なんて本気で信じているのか?」


 「喋れる蝉がいるくらいだから、死神くらい存在するものだと」


 「蝉も喋れるわ」


 「人間と意志疎通できる蝉がいるから、死神くらいはと」


 なんだか、急に諭されているが、彼も彼で結構不思議な存在だ。彼にはその自覚がないのだろうか。


 私自身も、私がそこまで驚かなかったことに驚いた。こんなことが自分の身に起きて、普通冷静でいられるものなのだろうか。


 私はここで、仮説を一つ立てた。この蝉は、私が産み出した空想の蝉なのではないだろうか。生きることに、すなわち文を書いていくことに行き詰まった私自身が、自身への救済処置として産み出した存在。それならば彼と会話ができていることに納得がいく。しかし、この仮説には問題もある。彼を運ぶ際に確かにこの手に彼の重みがあった。そこまで現実味のある空想などあるのだろうか。なにより、彼が虫を追い払ったという日から、確かに虫を見かけなくなった。


 いや、それさえも空想の中の出来事か?


 空想に問い詰めても、空想なりの答えしか返ってこない。


 モヤモヤしたままの気持ちでは、なにもかけない。私は彼が帰ったあと、夜の町にでた。




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