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蝉(せみ)  作者: 北松文庫
6/10

6蝉


 十二日目がきて、私はなにを聞いたらいいのか迷い始め、次は私が知っている物語の話を始めた。知識欲のある彼は、話の途中にも沢山質問してきた。


 蝉は蝉が知っていることしか知らない。人間が人間のことしか知らないように。


 質問することは恥ずかしくない、無知であることも恥ずかしくない。無知であり続けようとしているのが、恥ずかしいのだ。


 蝉はいつになくお喋りで、表情からは汲み取れなかったが、楽しそうだった。


 人間と蝉は大差ないと彼は言ったが、私はその通りだと考え始めた。友人のいない私からすれば、彼は唯一の友人だった。


 仕事場からの電話も、彼がいなければ無視していた。


 「先生、締め切り近いけど、大丈夫ですか? 落としそうなら、次の機会に回しますよ? 今他の作家さんの作品で出版枠をうめようとしているのですが」


 「あー。そうですね、私は・・・」


 「君、書くべきだ。出すべきだよ。今の作品を書き終えるべきだ」


 「・・・はい、少し待ってください。もう少しなんです」


 「急いでくださいよ?」


 「はい、すみません。急ぎます」


 携帯を切って、蝉の方に向き直す。なぜ彼は私に小説の執筆を促したのか。


 「仕事だからだ」


 なるほど。


 それから私は仕事を久しぶりに再開した。気分が乗らないため、まったく進まない。音楽をかけ、本や雑誌を手にとってパラパラ読む。そこらを歩き回ったり、寝転んだり。


 執筆を始めたのは、午後の八時過ぎだった。ようやく物語世界に入り込め始めた。オチは決まっていて、流れも決まっている。後はどう繋げていくか。私は感覚派なもので、それでも幾度も手は止まる。

 なぜ、物書きを選んだのか。昔の私は知っていた。なのに今の私と来たら、書けと言われて、やっと重い腰をあげる始末だ。

 次の日の深夜二時に、私はひとまず目標としていたところまで書き終えた。

長い間集中していたから、すぐに眠気に教われるだろうと床に着いたが。逆だ。ちっとも眠れやしない。仕方なく私は冷や水片手に縁側に座った。夏は夜も暑い。私の部屋にはおんぼろの扇風機(しかも部品がどこかにいって常に首をふっている)しかなく、窓を開けっ放しにしている。最近は蝉の友人が帰ると、すぐに蚊取り線香を焚く。そして、蚊帳の中に虫がいないことを確認してから眠る。


 十三日目。



 「君はとても面倒臭い寝かたをしているね。俺がなるべく近づかないよう言っておくよ」


 「他の虫の言葉がわかるのかい?」


 「君たちのところでいう外国語さ。まあ、相手の声を俺が出せないんだが」


 「じゃあどうやって伝えるの?」


 「俺と君が会話しているように伝える」


 私と蝉はどうやって会話をしているのだろう。

 

 その夜、私はぐっすり眠ることができた。蚊取り線香を焚かなくても蚊はこなくなったし、他の虫も見かけない。上手くやってくれたのだろうが、一体なにをしたのだろう。





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