3蝉
九日目がきた。私はとうとう答えを見つけることができずにいた。
「おいおい。君は自分が何者かも分からずに生きてきたのかい? 凄いね」
蝉は約束通りに私の元に来た。昨日の疲れは、無かったかのように元気だった。
「大抵の人間は、自分が人間かどうかなんて気にもしないからね。私もそうだ。最近まではね」
「大抵の人間は自分が人間だと自覚しているからだ。君はその方法を知らないだけだよ。自分が何者かを知る方法を。俺は知っている。答えるのは簡単だが、俺は言わない。なぜなら、答えを聞くだけなら簡単だが、それでは理解が出来ない。理解が出来ないと意味が無い」
蝉は相変わらずお喋りなようだ。
「どうやったら、それを見つけれる?」
「少しずつ話そう。いろんなことを。そして君は学ぶべきだ。蝉のこと、人間のことを」
彼は昨日の定位置につくと、語り始めた。彼の話を生かせれるかどうかは、私次第だ。私は彼の前に座った。
「まず、人間が人間として認められるための条件はなんだと思う? 」
「手足が二本ずつあって、自ら考えて行動する」
「はあ、君は重症だな。そんなの猿と変わらないだろうに」
「君はなぜ猿を知っているのかな」
「動物園に行ったんだ。こないだ。何せ暇だからな。蝉だって学ぶんだ。さあ、他に人間が人間たる特徴は?」
「雑食」
蝉はため息混じりに私の解に受け答えした。私は生徒としては褒められたものではなかった。蝉がなにを言いたいのかも、私になにを求めているのかもわからず、その日は人間とはなにかについて考えた。
なにか収穫があったのかと尋ねられれば、ないとは言えない。ほんの些細なことだが、私は少しだけ人間を理解した。ついでに蝉の話もしたのだが、彼はあまり蝉の話をすることをよく思わなかった。
私は今日、人間が「かんがえる葦」なのだと学んだ。
どこかで聞いた話だ。
うろ覚えだったので、彼が帰った後、インターネットで調べた。パスカルの言葉だったので、私は驚いた。彼は独学でパスカルにたどり着いたのか。
十日目がきた。庭の紫陽花が濡れているので、昨晩は雨が降ったのだろう。あの紫陽花は私が植えたのではない。気が付いたらそこで育っていた。
蝉はその紫陽花を褒めていた。私が育てているわけではないことを、彼は見透かしていたようだ。紫陽花に対して称賛を送っていた。
今日も蝉はやってきた。
「君は働かないのかい。俺が見るに、君はずっとここにいる」
「最近はまったく書いてませんね。私、物書きをしているんですよ」
「成る程、しかし物書きは書かねばならないのだろう。書かなくていいのか」
「書かないといけません。でも、よし書くぞ、という風には書けないんですよ」
「物書きも大変だな」
私達はお昼まで人間について話をした。今日は、「ピラミッドの頂点」の話をした。一番下が微生物だとして、人間はどこにいるのかという話だ。私は一般論として、一番上だと答えた。しかし、彼は人間は今の世界というピラミッドを作った張本人だ。だからピラミッドには属しない。眺めているだけだ。と言った。なんだか肩透かしを食らったような気がした。納得いかなかったが、今まで理解が及ばす、納得したことはなかったので、私はその通りかもしれない。そう返した。