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蝉(せみ)  作者: 北松文庫
10/10

10蝉


 十六日目の午後、私はようやく目を覚ました。


 私が私の人生を物語とするのならば、物語はわずかな余韻を残して終わろうとしているところだ。


 私は自分が何者であるかを理解できたし、この調子でいけば、私は今までで一番の本を世に出すことが出来るだろう。


 この喜びと感謝をあの蝉に伝えたい。私はひと夏の友人を今か今かと待ちわびた。


 しかし、この日も彼は私を訪ねることはなかった。


 十七日目。


 「しばらく俺は君の元には帰ってこない。とても有意義な会話ができたよ。ありがとう。その顔を見るに、自分なりの答えが見つかったようだ。なにより。さしあたって次に君に挑戦してほしいことがある。生涯のパートナーを探すことだ。いやなに、難しいことではない。今の君ならば、大抵の困難は乗り越えられるだろう。すぐにとはいかないかもしれないが、根気よくやってくれたまえ」


 久しぶりにお喋りな蝉を見た気がした。いや、蝉はいつだってお喋りで、いつも丁寧に説明してくれた。


 なのに今の蝉は、簡潔に述べて終えようとしている。


 「君は寿命なのかい?」


 「そうかもしれない。運命も、寿命だ」


 もう会えなくなるような気がした。しかしそれは口に出さないことにする。


 「なぜパートナーを探さなくちゃならないんだい」


 「それは君にとって必要なものになるからだ。君はこのままだと、いずれ同じ壁にぶつかる。次は乗り越えられないかもしれない。そのとき、俺は君の隣にはいない。君の隣には誰かが必要だ」


 「君はそんな話し方をする蝉だったっけ」


 「それは君の中の価値観が変わった証拠だ」


 彼になにがあったのかはわからない。何が起ころうとしているのかわからない。しかし彼は自分が何者かを理解している。だから彼は圧倒的なまでの自我をもって解決に取り組むだろう。彼に乗り越えられない障害何てないのかもしれない。結局、私たちは、教える教えられるという関係を越えて友人となれた。人種、生物の垣根など、たいしたものではないのかも知れなかった。パートナーを探そう。蝉の言い分を含め、誰かを愛することを覚えよう。他人の自分を受け入れられる人になろう。


 「君はそれでよかったか? そういう外郭でよかったか?」


 「生まれ変わっても私は小説家だ」

 

 「そうか、俺は生まれ変わっても蝉になりたいな」


 「なぜ? 人間でも鳥でも道はいくらでもあるのに」


 「人間と蝉は本質的には大差ない。鳥にならなくても俺らは飛べる。後、俺は蝉としては特殊な道を選んだ。後悔ないように生きることができた。俺はこの蝉の生活を気に入っているんだ。捕まらなかったから呑気なことが言えるのかもしれないが」


 「人間にかい?」


 「女にだよ。人間もそうだが。まあ、女も悪くない。俺にも心動かされる時期もあった。所詮本能には逆らえんのかもしれない」


 彼の表情は読めない。しかし、言葉から伝わる感情が、確かにあった。私はこの数日間、人間と話をしたんだ。


 「自分らしく生きる」


 「後悔はないんだ。それが一番だろう?」



 それから彼とは一度も会っていない。きっと、後悔のない最後をとげたのだろう。・・・。・・・死の瞬間に後悔しないなんてこと、一体誰にできることなのだろう。本当に彼は後悔なく死んでいったのか。いや、有り得ない。


 後悔は常に付きまとってくるのだ。後からやって来るのではない。


 蝉は私に大きな課題を残して去っていった。彼にも彼の物語があるのだろう。その日の予定を全て失った私は、久しぶりに編集社に顔を出すことにした。


 

 



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