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蝉(せみ)  作者: 北松文庫
1/10

1蝉


 隣人の喚く声で目が覚めた。私は彼らの声を極端に嫌う。世間からすればそれは異常なものらしい。そんなことを指摘されても、これが私の感性なのだ。感じる心をとやかく言われても、どうしようもない。

 だからといって、はねのけるわけにはいかない。だから文句のひとつも言わずに、挨拶をする。


 「おはよう。君は朝から随分と元気だな」

 

 彼は喚くのを止め、こちらに視線を向ける。少し考えるような素振りを見せ、溜め息のように言葉をこぼした。


 「お前は、噂のまがいものか。随分と余裕なんだな」


 私は、私の知らないところでひどいいわれようをしていることを知った。それを知ったからといって、特に気にはしないが。


 「そういう世間も、私のようなまがいものの話をするくらいは、切羽詰まっているようではないな」


 「お前ほんと変わってるよ」


 彼はそう言って去っていった。

こうして、八日目が始まった。



 まずは食事を取ることにした。私は食事にあまり重きをおく(たち)ではないので、適当に済ませた。

 最近の私は、人間観察に凝っている。彼らは見ていて本当に飽きない。他にも色んなものを観察するのだが、人間は別格に面白い。どいつもこいつも似たような顔をしていて、そのくせ、中身は全く違うのだ。騒ぎ回って女を探して、まるで蝉のような生き方をしている彼らは、非常に見ていて面白い。

 例えばあそこにいる彼女は、一人で広場のベンチに座って、誰かを待っているようだ。誰を待っているのだろう。男か。女か。その表情を見ると、なんだか嬉しそうで、今日は彼女のことを考えて過ごすことにした。

どんなものを食べて、何を考えて、どう死んでいくのか。

 私は学ばなければならなかった。


 しばらくすると、彼女のもとに一人の男がきた。爽やかな、笑顔の似合う男だ。男は彼女を見つけると、爽やかな男らしい笑顔を見せた。


 「早いね」


 「ううん。今来たとこだよ」


 二人は楽しそうにしばらく話した後、どこかに移動した。会話の流れから読み取るに、食事をしに向かったようだ。そこで私は今の時間が昼頃なのだと知った。どうやら私は朝食を取り損ねたらしい。二人はとある建物の中に消えた。私は中には入れない。彼らの食事は時間がかかるので、どこかで時間を潰さねばならなかった。


 店前でぼーっとしていると、知り合いが話しかけてきた。


 「ねえ、あんたまだふらついてんの? 他の奴らはとっとと女見つけて子供作ってるよ」


 「子供作ることだけが人生じゃないだろ」


 私は彼女が嫌いだった。ただ喚いているだけのような男に吸い寄せられ、動物的本能のままに子孫を作る。それを正義と自己解釈さえして、こちらを馬鹿にしてくる。


 「短い人生だよ、楽しまなきゃ」


 「楽しんでるさ、君らにはわからないだけだよ」


 二人が店からでてきて、私は人間観察を再開した。これくらいしかすることがないのは悲しいが、これ自体は以外と楽しいので、やめれない。


 店内で何を話していたのか知らないが、二人は暗闇で灯りを見つけたかのように、突然と目的地めがけて歩きだした。さっきまでのぶらぶら目的もなく歩いていたのが嘘のようだ。私は追いかけるのに大変苦労し、心身共に疲労した。世間ではこうゆうものをストーカーと呼ぶのだが、私が追いかけるのは今日だけなので、見つけた際には見逃して欲しい。


 このストーカー紛いの人間観察は、私の趣味以外にも、目的がある。むしろそっちを突き詰めた上の結果が、このいきすぎた人間観察なのだ。


 私は恥ずかしながらも拙い文章を書き、それを生業として生活している。いや、恥ずかしくない。私は自分の仕事にやりがいを感じているし、自分の作品に誇りを抱いている。たとえそれが世間からまがいもの扱いされる原因でも。私は私が納得する文章を私の為に書き、それを公開しているだけだ。


 しかし、最近はどうも筆がのらない。それどころか話のネタも降りてこない。私は作家からただの金食い虫へと成り果ててしまった。現在は今までの貯金を切り崩して生活している。


 私はこの現状から脱却するために、人間観察を始めた。なにか降りて来るのではないかと、微かに期待して。そうしているうちに、人間観察自体に目的ができてしまった。


 ただの過程である筈のことが、目的になってしまったのだ。


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