本当の自分
「すみませーん」
レンがそう言いながら、医務室の扉を開ける。
「誰もいない……」
リリアが周りを見渡して呟く。
「アスタル、ちょっと横になってろ、今先生呼んでくるから」
そう言われ、借りていたレンの肩からゆっくりと離れベットに横になる。
「僕はもう大丈夫だから、二人は授業に戻ってよ」
「って言われてもな…」
「………」
「大丈夫だから…ねっ…」
「分かった、なんかあったらすぐ呼べよ」
「うん…アスタルはもっと私たちを頼るべき…」
「ありがとう…二人とも」
そう言うと、二人は医務室を後にする。
「はぁ…」
この学園に入学してから、何度目か分からない溜息を吐く。
ゆっくりと目を閉じ、体の痛みを癒すように眠りにつく。
「お前いいもの持ってるな、ただの人間が持つには勿体ないくらいだ」
魔族の男がそう言って、僕の頭に手を乗せる。
僕は震えて声も出せない。
「約束しよう、おとなしくしていたら、お前たち3人は助けてやるとな」
魔族が頭に添えた手から魔法陣が発動する。
それと同時に理解する、目の前の魔族の圧倒的な力を、
「では、いただくぞ…」
「わあああああ………はぁ…はぁ…はぁ…夢…か」
夢の中ですら僕が安心する場所がないのか、とベットのシーツを悔しさで握りしめる。
少し休んだおかげか、体の痛みは引いていた。
「なんで僕ばっかり…」
口から出るのは弱音ばかり、自分が自分の事を嫌いになりそうで嫌になる。
僕が医務室から出ようとするのと、同時に誰かが医務室に入ってくる。
「よぉ…落ちこぼれ」
「クライス…君」
僕がここに運ばれてくる直接の原因となった人だった。
「お前のせいで、レンさんに嫌われたかもしれねんだけど、どうしてくれんの?」
「どうって…」
自然とうつむいた僕と、視線が合うように下から睨みつけてくる。
「責任とれって言ってんだよ!レンさんだけじゃねぇもし、レンさんやリリアさんの家に俺が目ぇ付けられたら…俺んとこは、貴族として生きていけなくなんだよ!わかってんのか全部てめぇのせいなんだよ」
「だ、大丈夫だよレンもリリアの家もそんなこと気にしないと思うから……ウッ」
穏便にすませようと、紡いだ言葉が逆に神経を逆なでてしまったようで、胸倉をつかまれ近くにあった壁に押し付けられる。
「なんだてめぇ、俺んちが小さい家だからって言いてえのかよ」
「ちがっ!」
喉を締め上げられ、上手く言葉が発せれなくなる。
「確かに、あの二人の家に比べたら小さい貴族だよ、でもな、お前にそれを馬鹿にされる筋合いねぇんだよ!!」
床に僕を投げ捨てる。
「ゲホッゲホッ」
「お前ホントに目ざわりだなぁっ!!」
八つ当たりで放ったクライスの蹴りは、這いつくばっている僕のお腹めがけて飛んでくる。
僕は痛みのあまり、声も出せずにその場で転がり回る。
「そうだ、お前学校やめろよ、どうせ通ったって意味ねぇんだしよ」
「ゲホッゲホッ…」
引いていた痛みもぶり返し、言葉すら出せない。
「俺は、お前のためにいってるんだぜ?お前がいなくなれば、あの二人も自然とお前のことを忘れるだろうよ、なぁ良い案だと思わねえか?これで俺も安心、二人もお前という汚点がなくなって安心するしよ、みんながハッピーになれる」
「い、嫌だよ…」
痛みを我慢して、何とか言葉をしぼりだす。
「あぁ?そりゃお前はあの二人と離れたくねぇか、落ちこぼれには他人にすがるしかねぇもんな、じゃあ決闘でもするか?お前の退学をかけて、もちろん決闘だから死んでしまうかもしれねぇなぁ」
「決闘……」
「決闘中の死は事故死だもんな、俺だってこの年で人殺しは嫌だしなぁ…まぁ俺はそうならないことを祈ってるよ、アスタル」
彼から初めて名前で呼ばれたが、それは親しみではなく僕に対する、単純な憎悪が込められていた。
「まぁ退学でも決闘でも好きなほうを選べよ、じゃあまた会わないと思うけどな」
醜悪な笑みのまま、クライスは医務室から出ていく。
彼が僕が勝った時の条件を言わなかったのは、どうあがいても僕が勝てないからだろう。
「二人と離れたくないか…」
僕は本当に二人と離れたくないんだろうか、二人がいなければ僕はここまでひどい扱いを受けなかったんじゃないだろうか?
そんな思考がグルグル僕の頭を周り続ける。
「ダメだ、こんな考え」
これ以上惨めになる僕か、それとも唯一の友人に、罪をかぶせようとした罪悪感か、どちらかわからないまま頭を横に振り思考を止める。
腹部の痛みを我慢したまま、僕は医務室を出て教室ではない場所を目指す。