僕の願い
「逃げましょう!「ぐああああ!」!?」
僕は逃げようと、二人に提案してすぐにまた、冒険者の叫び声が聞こえ振り返り確認すると、冒険者がゴブリンに襲われたのか倒れ込み、足を抑えながら這いずっていた。
「風よ集え障害を押しのけろ!ウィンドブロウ!」
ミスティが風魔術の詠唱するのが聞こえたので、鞄から急いで昨日の件で一つだけ余っていた解毒薬のビンを完成した魔術にぶつける。
「グアァァアアアア!!」
瘴気化したゴブリンは、風の魔術と中に入った解毒薬で苦しんでいる。
それを確認すると、僕はすぐに倒れている冒険者に向かって走るが、身体強化もできない僕の足はとても遅い。
冒険者までの距離は、約50メートル程、ゴブリンが回復する間に間に合わないのは分かっているが、少しでも時間が稼げればと思い走る。
その僕の横を目にも止まらない速さでおそらくだが、ミネルバさんがかける。
一瞬だけ冒険者の横で、ミネルバさんの姿が見えたがすぐに冒険者を担ぐとこちらに向かって走って戻ってきた。
「ミネルバさん!冒険者の容態は?」
「一撃でレベル3まで達しているわね…アスタル君解毒薬は?」
「すみません、さっきので最後です…」
この冒険者助けるためには、回復魔術を掛けながらギルドに戻るしかないが、それだと間違いなくゴブリンに追いつかれる。
倒すしかない…でもミネルバさんは冒険者に回復魔術を掛けている。残っている僕とミスティで倒さないといけない。
「ミスティ、ゴブリンは倒せますか?」
「普通のゴブリンだったら少し可能性がある程度、瘴気化したゴブリンは無理だと思う、瘴気化したら体の枷が外れて筋力が上がっちゃって、私の攻撃じゃ多分通らないと思う」
ミスティも今の状況がわかっているのか、少し距離があるゴブリンを睨みつけたまま答える。
手はもうない…最終手段として冒険者を置いていけば僕たち三人は助かるだろう。
瘴気が全身に回ると魔物でも死ぬ、冒険者を置いていけば、ゴブリンも街にたどり着く前に息絶えるだろう。
でも僕は見捨てられない、今まで色んな人に見捨てられた僕だからこう思うのかもしれない、何より今まで僕を見捨ててきた人と同類にはなりたくない。
「ミネルバさん、今からギルドまで魔力持ちますか?」
「ええ回復事態は問題ないわ、後は解毒剤だけあれば…」
「ミスティ、二人を抱えて走れます?」
「でも、二人を抱えてたら間違いなく追いつかれちゃう…」
ミスティの表情は真剣なままだったが、声色に焦りが出ていた。
「僕がゴブリンを引きつけます、その間に逃げてください!」
「でも、それだとアスタルが!!」
ゴブリンは先ほどのミスティの魔術を警戒しているのか、襲ってこずにミスティを睨みつけていた
僕はゴブリンから目を離さずにミスティに話しかける。
「ミスティは、僕の昔のパーティーメンバーを知っていますよね?僕が本当に無力だったらあんな二人とパーティーなんて組めませんよ、大丈夫です僕にはとっておきがありますから」
ミスティは納得したように頷くが、その表情はすぐれていなかった。
「よくわからなかったけど、アスタル君に任せても大丈夫なの?」
ミネルバさんが回復魔術をかけながら、心配そうに僕に尋ねる。
「大丈夫です任せてください、ミスティ!」
僕が名前を呼ぶと決心したように身体強化をする。
「アスタル!まだ教えてもらってる途中だから絶対帰ってきてよね!」
そう残して、ミスティは二人を抱えて走っていく。
僕より断然速いスピードだが、やはり二人も担ぐと遅くなってしまっている。もしこのままゴブリンが追いかければすぐに追いつくはずだっただろう、でも今ゴブリンの前には僕がいる。
「ァッァァアアアア!!」
ミスティがいなくなって自分の障害が無くなったと思ったのだろう、雄たけびを上げると僕の目には映らないスピードで襲い掛かってくる。
僕は感覚だけで右方向に少し移動しゴブリンの攻撃を避けようとする。
「っつ!!」
だがゴブリンの拳は、僕の左腕をとらえると僕の左腕は関節部分からちぎれ飛ぶ。
腕が飛んで、少し間が空いた後、腕から血が噴き出してくる。
とっておきなんて存在しない僕の腕は簡単に吹き飛ばされる。
腕が飛ぶなんて、人生で最大でも2回しか経験出来ないとんでもないことが起こったが、不思議と痛みは襲ってこなかった。
僕にとっては痛みを感じないのは都合が良かった、僕が叫び声何て上げるとミスティが後ろを振り向いてしまうかもしれない、それにこれから死ぬ僕の叫び声を聞かないほうが罪悪感も少しは薄まるだろう。
「ぃっつ!」
しかし、遅れてきた経験のない痛みに、固く閉ざしたはずの口の隙間から声がこぼれてしまう。
ゴブリンがさらに攻撃を加えて今度は僕の右腕がちぎれたぬいぐるみの様に飛んでいく。
左腕の痛みでまったく反応出来なかった僕に対して、ゴブリンは右腕を攻撃してきた、遊んでいるのかそれともただ攻撃を外したかは、わからないでも生きてまだ時間を稼げることに安著する。
右腕が飛ばされて、左腕同様、激痛が体に走ると思っていたが、両腕がもげるほどの怪我をしたら、脳が何か信号でも出すのだろうか?
ほぼ体の痛みを感じずに、飛ぶ腕を見て、逆に余裕が出来ていた。
「もう少しだけ…もう少し…」
それでも、血は流れ寒気がする自分の体を、何とか動かそうとする。
今僕の両手を使って30秒程は時間は稼げた後30秒稼げればミスティ達は助かる。
血が足りない状況で、ボーっとしてしまう頭を無理やり働かせ考える。幸いだったのは攻撃を受けた部分ごと飛んでいるので、瘴気が体内に入らないのでかろうじて考えることができることだろうか。
そして僕は、左足を上げてゴブリンの前に突き出す。
ゴブリンは狂気的な笑みを浮かべて僕の左足を拳で攻撃する。
左足は膝からちぎれ飛び、踏ん張りの効かなくなった僕の体も回転しながら転がっていく。
回転が収まり立ち上がれずに仰向けのまま僕は快晴の空を見上げていた。
「ああ…僕は死にたかったのか…」
この時には痛みどころか、体の感覚さえ無くなっていた。
そして、もうすぐ死ぬという状況で僕に生まれた感情は喜びだった。
死ぬ間際で僕は自分の本当の気持ちに気づくことが出来た。
自分の思いに気づくことでやっと自分の行動を理解することが出来た。
なぜ決闘のとき二人に相談しなかったのか。
なぜ仕事が無いとわかって二人に言わなかったのか。
なぜ黙って街を出たのか。
僕は自然と死に場所を探してたのかもしれない、僕を人として扱ってくれる所で死にたかった、これが僕の自分でも気づかない願いだったのだろう。
足音が聞こえ頭を動かすと、ゴブリンがゆっくりと歩き僕の周りにある血だまり立っていた。
ゴブリンは僕に見せつけるように拳をゆっくりと振り上げる。
「神様…最悪の人生でしたよ」
そう言った僕は口角は上がり、白い歯を出して笑みを浮かべていた。




