第5話 十年前の彼
ベッドに仰向けになりながら、今日起こった出来事を思い出していた。その中でも一番強く印象に残っていたのは、リリカが使っていた魔法だ。横を向く。そこにいたのは...そいつだ。
「...何してるの?」
そいつは冗談交じりにこう話す。
「感傷に浸っている様子が面白くて、つい観察してしまいました。多くの人は、もう一日目の夜で精神が逝ってしまっていますから、ここまで落ち着いているのは珍しいです。」
苦笑いする。俺はどうやらとんでもないことに巻き込まれたんだなと、改めて思う。勢いよく、上半身を起こす。
「そう言えば、俺も魔法使えるのかな?」
冗談で聞いた。どうせ使えないだろうと自嘲気味だったかもしれない。
「多分使えると思いますよ。だって、ここは異世界ですから。」
にっこりと笑う。おいおい、なんだよそれ...。
「詳しく話すとですね、まず魔法をはじめとする、人間が起こす奇跡全般はこの世界のバグみたいなものです。神話の全てはモデルが存在していますよ。そして、そのバグはこのステージ自体に起きています。この世界にきた瞬間に、そのバグは発生します。しかし、魔法耐性、魔法をうまく使えるかどうかというのは個人差ですね。リリカさんはトップレベルです。」
俺は面食らう。追い討ちをかけるように、そいつは話し続ける。
「だから、貴方も何かしらの魔法は使えます。まぁ、それが世界に影響する程の規模があるのか、はまだわかりませんが。伝え忘れましたが、バグはこのステージにいる生物全体に付与されています。だから、魔物と呼ばれるものが存在しています。」
そいつは相変わらず笑っている。嫌でも顔が固まってしまう。魔法か...。魔法なんて非科学的な物を、と少し前までは憧れる反面、感じていた。科学と魔法は表裏一体か...。また、なんとも言えない顔をしてしまう。
「魔法も重要ですが、それの手入れをした方が良くないですか。」
そいつが指を指す方向には、リリカがくれた十年前の彼の忘れ物がある。慌てて、俺はベッドから抜け出す。机の上に1911を置き、バックの中をゴソゴソ漁る。バックの中には財布と、メンテナンス用の機材一式、そして使いきれないほどの弾を出てきた。こんなにも、正規ディーラーからこの数を仕入れることは不可能に近い。それなら、非正規からか?。そもそも、この人は誰だろうか。好奇心に負けて、財布を開ける。人の財布を見るのは気がひける。
「もう遅いですよ。」
財布の中には数枚のドル紙幣と、運転免許証、アメリカ陸軍と思われる兵隊の写真。運転免許証から、彼の名前がわかる。
「ジャック。」
「彼は印象深いですね。狂ったように弾を買っていました。値段を問わず、どんな業者からも。そして、彼は自殺しました。それからは貴方と同じような感じです。」
顔写真を見ながら話す。
「彼は今どこにいるの?」
「どこかにいるのでしょうか。私の理解の範疇を超えています。」
沈黙が訪れる。拳銃を分解し、サビを落としていく。慣れてしまえば単純作業だ。眠気と戦いながら、一つ一つ終わらせていく。満足な結果が得られた頃には、空が明るくなり始めていた。ベッドに倒れこむ。少しでも寝てしまおう。そう思って目を閉じた後すぐ、エリカによって起こされてしまった。
「おはようございます。」
エリカは挨拶する。慌てたように、俺も軽く会釈する。
「リリカ様がお呼びです。昨日の応接室でお待ちです。それでは失礼しました。」
エリカは礼をして、去ろうとする。それを止めるように、俺は話しかける。
「リリカのこと、どう思う?」
「リリカ様は非常に寛大なお方です。この私にも慈悲と名前を与えてくださいました。私はリリカ様が好きです。」
「え、それは...」
エリカは顔を赤らめる。
「失礼します。」
ドアを少し乱暴に閉じていった。ベッドから出て、俺も廊下に出る。右にまっすぐ進むと昨日、リリカと話した場所に出る。リリカは先にソファに座っていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
少し声が裏返ってしまった。リリカはクスクスと笑う。
「いや、すまん。まだ、起こした訳を話していなかったな。それは戦闘訓練を行うからだ。魔法を使う訓練は早朝と深夜のみと条例で決めってあってな。三階に訓練場がある、そこまで案内しよう。ついてきてくれ。」
リリカが歩き出す。彼女を追いかけるように俺も歩き出す。
「ということは、魔法を扱うの?」
「まぁそういうことだ。お前がまだ魔法が使えるかどうかはわからんがな。」
昨日のそいつとの話を思い出す。魔法は使えます...か。螺旋階段を登っていく。階段を登っていくリリカの下半身を見る。尻尾が揺れている。やっぱり、人間ではないのか...、改めて思う。二階...三階。三階に辿り着くと、すぐドアがあった。リリカはこちらに振り返り、ドアの方に顔を向ける。
「このドアの先が訓練場だ。」
「室内で大丈夫なのか?」
「入ってみればわかることさ。」
リリカはドアを開けて、入っていった。俺も後を追って入っていく。訓練場は家具がないだけの普通の部屋だった。
「本当に大丈夫なのか?」
「安心してくれ、この部屋の壁、屋根、床に防御と強化の魔法が貼ってある。ほらこの通り。」
リリカは爆炎の魔法を近くの壁に撃ち込む。普通だったら、壁は粉々に砕けてしまうが...煙が晴れたそこには変わらない壁があった。目を見張る。
「これは驚いた。」
リリカは胸を張る。
「お前に昨日、渡した物の威力を見せてもらいたい。十年前の彼は実際の様子を見せてくれなかった。」
バックから拳銃を取り出す。本物の銃は撃ったことないな...、自動式の拳銃を撃つには、訓練が必要だと聞く。
「俺もこれを撃つのは初めてなんだ。きちんと撃つ事が出来るかもどうかわからない。」
リリカは少し悲しそうな顔をする。
「しかし、撃ってみるよ。」
リリカの顔が明るくなる。
「そっちの方に撃ってくれ!」
リリカが指差す方向には、藁で作られた人形があった。藁の人形と対峙する。マガジンを抜き、新しいものと交換する。スライドさせて弾を装填させる。心を落ち着かせ、構え、引き金を引く。反動が体にきて、サイレンサーがついてあったため、少し軽い音が鳴り響く。人形を見てみると、穴が開いてあった。命中していたのだ。自分でも驚いた。やばい、完全に虜になりそうだ。リリカの方を向く。リリカもやはり驚いていた。俺と目が合うと、リリカは話し始めた。
「一体、今のはなんだったんだ。物体の速度を変化させる魔法に似ているが、魔法が使われた、という感じは全くしなかった。まさか...魔法ではないのか?」
俺は頷く。
「これは原理がきちんとある。一般的なものだ。魔法とは違って、訓練すれば誰でも扱えるものだ。」
リリカは膝を床につけた。
「誰でもか...これがあれば魔法なんてもの衰退していたのにな...。」
数分、沈黙が訪れる。また微妙な空気だ。まだ、リリカのことをわかってない、だからどうすれば打開できるのかわからない。
「今朝の訓練はもう終わりにしよう。また夜にだ。」
リリカは立ち上がり、部屋から出ていった。
「一体、何がいけなかったと思う?」
「何も悪くなかったと思います。ただただ、運が悪かっただけです。」
神の采配か。
「しかしまぁ、今はそっとしといた方がいいかもしれません。」
そいつは何かを思いながらそう言った。俺もドアの方まで歩き、開ける。
「本当に神は運を決めているだけなのか?」
そいつの方を向き、話す。そいつは笑い、頷いた。