第4話 この世界
俺達は薄暗い通路から抜け出した。そこに広がっていたのは...また砂漠だった。しかし、あの小さな家からは結構離れており、逃走には成功したらしい。少し遠くの方に街らしきものがある。リリカもそっちの方向を向いている。
「ここから20分ほどで街に着く。あの街には拠点があるんだ、そこに行こう。あぁ、このローブを被った方がいい。」
そして、リリカは白いローブを渡してくれた。袖に手を通しながら、俺は疑問を一つリリカにぶつけた。
「そう言えば、なんで逃げてるのか聞いていなかったな。」
リリカは顔を横に向く。目を合わせようとしない。
「緑寺、あそこの街に着いたらわかることさ。取り敢えず、そのローブは絶対着といてくれ。」
お茶を濁したような解答が返ってきた。そいつの方に目配せするが、そいつも両手をあげていた。わからないとでも言いたいのか...。
「そろそろ日が暮れてしまう。砂漠の夜は寒い。早く街に移動しようか。」
リリカは先に歩き始めてしまってる。俺も追いかけるように歩き始める。しかし、また微妙な雰囲気になってしまった...。一体なんだというんだろうか。無言のまま歩く。
少し早足気味に歩いたため、15分程で街には着いてしまった。街に着いた途端、その異変に気付く。明らかにおかしい。そこの街にいる人々は皆、何かしらの動物に似ている。犬、猫、馬...。しかし、完全な人種は誰一人といない。俗にいうケモナーと呼ばれる人たちは喜ぶだろうが、俺にとっては人がいないことに対して恐怖を覚える。こういう孤独は心にくるな。リリカは俺の方を向いて心配そうに見つめた。そして、耳のそば口を近づけ、小声で喋る。
「この通りだ。逆に私たちから見れば、お前の様な異質な存在には嫌悪感を抱くだろう。逃げている理由が少しは理解できたか?」
悪寒が走る。しかし、なぜリリカは俺を助けてくれるんだろう。隣を歩くリリカの方を見る。その視線に気がついたのか、リリカは
「この通りをまっすぐ歩けば、拠点まであともう少しというところだ。息苦しいか?」
と言う。
「運が良かったのか、運が悪かったのかわからないですね。」
自分でも気味が悪いと思うが、そいつの声を聞くと安心する。
「あぁ、大丈夫だ。」
夕方、帰路につく人々の波をかきわけ、リリカが言う拠点へと歩いていった。
何分歩いただろつか。ほんの短い時間だったのかもしれないが、とてつもなく長い時間を過ごしたような気がする。リリカが小さい路地を指し示す。どうやらここを曲がるらしい。大通りの喧騒が小さくなっていく。それに伴い、さっきまで感じてた息苦しさも幾分かましになってきた。リリカが立ち止まり、俺もそれに合わせて立ち止まる。
「ここがこれからの拠点となる場所だ。」
リリカが言う拠点をまじまじと見る。屋根はやはり青だ。3階建ての家、あの小屋とはとって違って、大きいものであった。
「結構、大きい家ですね。」
「私の家系がな、代々最高級魔法師であって、それをただ受け継いでいるだけだよ。」
リリカは照れながら話してた。あ、かわいい。
「さっ、入るぞ。夜の砂漠は寒くて危ない。」
「それもそうだね。リリカはまだしも、俺は厳しいかな...」
「そんなわけないだろ。」
リリカはムッとする。ムッとした顔も可愛い、と思いながら苦笑する。あんな魔法を食らった身にとってはだな...。彼女はドアを開ける。
「はいってくれ。」
軽く会釈しながら、俺は家の中に入る。明るい雰囲気の内装だ。そこにいたのは背の低い...リスか?動くたびに大きな尻尾が動く。その彼女は深く礼をする。
「お帰りなさい、リリカ様。そこにいらっしゃるのはお客様ですか?」
「あぁ、そうだ。彼は緑寺と言ってな。」
リリカはソファに腰をかけて、向かい側を指す。座れということか。
「お茶をお出しますね。私はリリカ様の召使いをしております、エリカと申します。」
「リリカが言った通り、俺は緑寺。よろしく頼む。」
エリカが礼をして、奥の方へと消えた。同じ召使いでもそいつとの違いとなると、苦笑しかできない。やっぱり仕えている人の差なのかな。
「我がマスターを侮辱すると死にますよ?」
そいつがすかさず言い放つ。そういうところがな...。
「エリカはいい召使いだ。無駄に干渉してこないし、きちんと仕事は行う。」
リリカは部屋全体を見回してた。あぁ、確かに汚れはまったく目立たない。完璧な仕事だ、と証明している。
「確かにいいですね。しかも可愛い。」
奥からエリカが戻ってきた。お茶を人数分テーブルに置く。
「緑寺様は緑茶がよろしいと思いまして。」
一礼をしてそばに立つ。緑茶?ここの国では緑茶を飲む習慣があるのか。案外、異世界と日常は変わらない習慣というものがあるのだろうか。新しい発見をしたかのようににやける。
「あぁ、最初、緑のお茶というものを見て、驚いたよ。本当に飲めるか不安になったぐらいだね。」
共感を誘うように、リリカは俺に目配せする。しかし、俺は一つの考え事をしていた。
「緑茶を飲む習慣はないんですか?」
「そうだよ。あぁ、」
俺が言いたいことを察したのか、彼女は自慢気に説明をし始めた。
「日本人という種族では、このお茶を飲むのが普通なのだろう?エリカには事前に伝えてある。」
俺は身構える。
「エリカはお前のような種族に理解を示している。そのようなことで差別するような奴を、私は召使いになんかしない。」
エリカが一礼する。
「しかし、なぜ俺が日本人だと?」
「肌の色、目の色...色々からだ。と言っても、我が家系は代々、お前のような異世界からの住人を保護してたのである。これは家の決まりのようであった。異世界人を保護していると白い目で見られることも多々あったらしい。自慢じゃないが、最高級魔法師ともなれば、帝都の大通りに面した家が買える程度だ。こんなひっそりとしたところで暮らしているのは、監視の目を逃れるためである。」
だから、俺をこんなに優しくしてくれるのか。少し落胆の気持ちが入り混じる。リリカがエリカに目配せする。
「客室の準備をしてまいります。」
またエリカは奥に消えて言った。その背中を見ながら、リリカはこうつぶやいた。
「もっと心を開いてほしいな...」
「敬語で話されると、せっかくの可愛さも息苦しいものになってしまう。」
リリカは目を丸くして、すぐにクスクスと笑い始めた。
「今日は君がいるから、かしこまっているだけだよ。少し人見知りが入ってるんだ。そんなことより聞きたいことがあったのではないのか?」
俺はリリカの方をまっすぐ見つめる。
「なぜ俺を助けてくれるのか、それが知りたい。」
「あぁ...」
リリカは目を伏せる。そして、重い口を開け始めた。
「私の家系が異世界人を保護している、というのは聞いたな?それも一つの理由だ。しかし、それ以外に大きな理由がある。これは十年前の話になるが、そう、まだ私が幼い頃、一人の異世界人がいたんだ。勿論、私の親はその人を保護した。その異世界人とはかなり仲良くしてもらってな、少しばかり幼い恋、を経験したのだ。そいつがな、一人で買い物に行ったのだが...」
リリカは一旦呼吸を置く。
「そいつは帰ってこなかった。私は一日中探したさ。しかし、そいつは見つかった。翌日の広場で縛られた状態で。やがて、人々が広場に集まってきて、処刑が始まった。周りの人は興奮している中、私はただ一人、悲しみに耐えていた。そんなことがあってからな、私の眼の前では人が死んでほしくない。あぁ、ごめん。この話をしてしまうと涙が出てしまう。」
そんなリリカを見守りながら、俺は世界史の教科書の魔女狩りのページを思い出していた。魔女狩りによって、処刑された人々を悲しんだ人は居たのだろうか。リリカは涙を拭き終わり、こんな疑問を投げかけた。
「お前に聞こう。真実の色とは何色かと。」
少し、俺は考える。真実...それは無駄な装飾ない、ありのままの事実。何色だろうか。
「私は白だと思ってたよ。しかし、この国を支配している人の正装は、白色であった。私達の象徴がこの時痛感したさ、私の思う真実の色は白じゃないんだと。」
俺はそいつに目配せする。
「私は真実の色など考えたことありません。考えたとしても、それは一般的な答えだと思います。」
再び、リリカの方に目を向ける。
「やっぱり、俺も殺されるのかな。」
楽しかった。少しだけでも、非日常な世界で過ごせたのでよかった。しかも、死ぬことはもう怖くない。
「そんな卑屈にならなくても良い。隣の国はな、異世界人に寛容なのだ。そこまで辿り着ければ、大丈夫だ。しかしだな...長い道のりだ、戦闘は避けられないだろう。早速だが、明日から私と戦闘訓練をしないか?」
戦闘...平和すぎる日本では、そんなこと起こるはずがなかった。少しばかりの興奮と、不安が入り混じるが、ほぼ不死身の体だとわかった瞬間に、それは解けた。リリカはソファから立ち、引き出しの方に歩いて行った。引き出しから、自動式拳銃を取り出し、俺に差し出した。
「万が一という場合だ。」
差し出された自動式拳銃をまじまじと見つめる。様々なカスタマイズはされているが、これは1911?なんともこの世界には似合わないものだなと思う。
「なんでも、それは鉛の弾をすごいスピードで飛ばせるらしいな。私もまだ使ったことはないが、十年前の彼が持っていた。持っていても、私には扱えなくて無駄になるだろう。お前にあげるさ。」
十年前の拳銃か...使えるだろうか。絶対、錆びているだろう。エアガンの錆落としなら学んだことはあるが、本物の拳銃となると...。そもそも、弾がなくては意味がない。
「この、鉛の弾が詰まっている箱みたいのがなかったりしないか?」
リリカはポンと手を叩き、また引き出しの方に歩いて行った。
古そうなバッグを持ってきて、机の上に置く。
「彼が遺した物は全て、このバッグの中に入っている。適当に探しといてくれ、何かあったらそれを拝借しても構わん。というか、引き取ってくれるとありがたい。」
リリカは少し悲しい表情を見せた。ちょうどその時、エリカが部屋に戻ってきた。
「お部屋の準備と、お食事の準備が完了しました。」
リリカが立ち上がる。彼女は嬉々としていた。
「話はここら辺で終わりにしよう。さぁ、完璧な召使いの手料理といこうじゃないか。」
そう言えば昼もろくに食わず、もう夜か。妙な感傷に浸りながら、立ち上がる。あぁ、やっと今日が終わるのか。今日という日はとても長かったような気がする。いつもの怠惰な日々とは全く違い、一日をきちんと生きることができたと実感できる。生きることは疲れる、さっさと寝てしまおう。明日からもまた、一日が始まるのだから。そいつに言う。
「やっぱり、俺は自己嫌悪なんかに陥ってない。世界の方が悪かったのさ。」