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僕のリアルは鏡の中に  作者: 倉銀和弥
第一章『再会』
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世界の真実②

「…………っは?はは……なんの話をしてるんですか…………?」

 

 影斗は混乱した頭でなんとか絞るように言葉を発した。疑問を呈したはずが、新たにとてつもなく理解しがたい謎が増えてしまったことで助けを求めるかのように目がキョロキョロと泳いでいる。

 この場において何も知らないのは影斗だけであり、残りの一也、加賀美は訳知り顔で黙っている。何度か影斗と目があったが、複数人での説明は非効率的であると考えた二人は影斗の疑問に答えようとはしなかった。


「落ち着け天神。今すぐに理解しろ、とは言っていない。今すぐに納得しておけ、と言ってるだけだ。わかったら返事をしろ」


「り、理解しないと納得はできないんですが…………」


「チッめんどくさい。じゃあ知識として認識しろ」


「んなむちゃくちゃな…………」


「返事」


「……はい……」


 半ば無理やり返事をさせられた影斗はため息をついた。

 聞くべきこと、聞かなければならないことは極めて多い、が差し当たっては一つ目として


「……この世界がどうのこうのって話は……後にします。どうせ一番長くてわかりづらいんでしょうから…………。だからまず、加賀美さんと祭先生の関係について教えてもらってもいいですか?」


 加賀美と祭。


 影斗はどちらもよく知る人物ではあったがこの二人が知り合いだということまでは知らなかった。というか接点が見当たらない。

 影斗らは祭の教え子であり、加賀美は影斗らの育ての親のようなものだ。両親を持たない彼らの親代わりを務めてきた加賀美を、そのことから祭が知っていてももちろんおかしくはない。むしろ自然なことであるほどだ。

 だが、それは所詮その程度の接点だ。


 誰にも聞かせられないような話をするようになるまでの接点ではない。


 まして、話し合いの場所にここを選択すようなことは絶対にありえない。

 二人の間にはなにかしらの太い繋がりがあると確信して影斗はこの質問をした。


「私と加賀美さんの関係か……お前たちとは少し事情が違うが、まぁお前たちと加賀美さんの関係と同じようなものだ。つまり私はここの先輩というわけだ」


「なっ………………」


 この孤児院には高校生以上がいない。もちろん、中学生までしかここにはいられないという規則が存在しているわけではない。むしろ、加賀美が子供たちが出ていくのを悲しんで引きとめようとするぐらいだ。

 それでもここで生活している子供たちはみな、急に助けてくださいと訪れた自分たちを迷う素振りもなく、お世話になることを許してくれたことに感謝している。そしてみんな平等に彼女に深い愛情を注いでもらい、両親のいない不幸をかき消すほどの幸せの中で成長していく。

 そんな加賀美にこれ以上は負担をかけまいと、ほとんど全員が中学を卒業すると同時に、奨学金を借り、アルバイトをしつつ高校に通うことにするか、寮のある高校へと進学していく。


 そして、記憶が正しければ祭は今年二十八になるはずだ。例に漏れず、祭も影斗たちと同じように小学生に入る頃からお世話になり、進学と当時にここを出て行ったと仮定すると孤児院を始めてから今まで、既に二十年ほどの時間が経過していることになる。

 加賀美が孤児院を始めたのが四十歳前半である事から考えると――――


「か、加賀美さんいくつなんですか…………」


「あらあら、女性に年齢を聞くなんて、そんな子に育てた覚えはないわよ影斗君。それとも、祭ちゃんのせいかしら?」


 ――――め、目が全く笑ってない…………


 にこにこ笑顔ながらも全く笑っていない目を祭に向ける加賀美の姿に、影斗は一生年齢の話はしないようにしようと心に誓った。しかし、


 ――――一体どうなってるんだ


 若く見える、といっても限度がある。実年齢は少なくとも六十歳、あるいはそれを軽く超えているであろうことは間違いない。

 加賀美の見た目は確実に三十代のそれだ。

 加賀美は影斗が知っている人の中でも祭と並ぶほどの美人といっても過言ではないほど見目麗しい。

 祭が女性のしたたかさを体現したような鋭い雰囲気を纏った美しさとするならば、加賀美は女性のしとやかさを体現したような柔らかな雰囲気を纏った美しさ。

 四十歳とは言っても、美容に気をつけて毎日肌の手入れをしていれば三十代の姿を保つことはできるだろう。正直な話、十歳なんて現代の様々なケア商品等を用いれば誤差の範囲だ。


 ――――某化粧用品のCMでも「カワイイハツクレル」なんて言ってるぐらいだからな…………。でも――――


 三十歳も若返らせることができるとは考えがにくい。

 影斗がまたもや驚きのあまり呆けてしまっていると一也が祭に視線を送った。互いに視線を交わした後祭は小さく頷き、それを許可とした一也は祭から引き継いで話を戻した。


「驚いたろ影っち~。で、これが能力ってやつと関わってくるんだけどもな、それよりも先にこの世界のことからざっくり話させてもらうぜい」


 あくまでもいつも通りに、気楽な調子で一也は続ける。


「さっき祭ちゃ…………祭先生が言ったこの世界の話をとりあえずはわかってもらわないと多分影っちの疑問は全部上手く説明ができないんだ」


「ど、どういうことだよ」


 妙なことを口走りそうになった一也を睨みつけた祭の表情かおにびくついて影斗は言葉が詰まった。


「まぁそう焦るな焦るな。時間がないって言っても説明をするぐらいの時間はしっかりあるんだ。……話を戻すぜ。まず、この世界は鏡転世界って呼ばれてる」


「鏡転世界?」


 影斗は聞いたこともない言葉に今日何度目かの質問を返した。


「そうだ。『鏡』に『転ずる』世界と書いて鏡転世界。影っち、目が覚めたとき……みらっちがいなくなった時のこと、詳しく覚えてるか?」


「えっと確か…………孤児院ここの大鏡の前で倒れてて……」


「なんで倒れてたのか、その前は何をしてたのか、覚えてるか?」


「それは……思い出せない…………っつ…………思い出そうとすると……頭痛がするんだ…………何かに押さえつけられるみたいに…………」


 頭を押さえ、頭痛に顔を歪ませつつも当時のことをなんとか思い出そうとする影斗を祭がもういい、と片手で制し、それを確認した一也が話を続ける。


「押さえつけられる、ってのは間違ってない。実際、記憶に無理やり蓋をされてるような状態に近いからな~。まぁ口で説明されるだけじゃこっからはわかりにくいし…………よっと、簡単に図で説明すんぜ~」


 一也はそういっててきぱきと隣の部屋(教室と呼ばれている)からホワイトボードを持ってきて黒色の水性マジックを走らせる。


こっちの世界と現実あっちの世界との関係というか……あり方……かな、は簡単に表すとこんな感じだ」


 ピッと縦に二本の線を引き、左側に現実世界、右側に鏡転世界と書いた。そして二本の線の間は――――


「ここが、境界、ならぬ鏡界(、、)だ」


「きょう…………かい……」


「そうだ、俺たちがこっちとあっちを行き来するにはこの鏡界を通る必要がある。…………言うのは簡単だが、実際に通るのはめちゃくちゃ難しい。理由は簡単だ、存在する境目の絶対数が圧倒的に少ないからだ」


「境目って?」


俺たちは(、、、、)接続する鏡(コネクトミラー)って呼んでるんだが……鏡界を通って向こうに行くにはこれに触れる必要がある。そしてこの接続する鏡の数は世界にほとんど存在しない。それでだ、ここからが重要な話だ、加賀美さん」


「は~い、二つの世界についての詳しい説明については私がするわね。そろそろあの子たちが遊びたくてぐずり始めるのよ」


 一也は加賀美に話を引き継ぎ、院の子供たちの遊び相手を務めるために部屋を出ていった。

 最初から任せておけばよかったのではと影斗は思ったが、「あぁ、ただ喋りたかっただけか」といつもの一也の調子から察してすぐに納得した。

 子供たちの相手に関しては影斗も少しばかりしたいと思ってしまっているため羨ましくもあったりする。正直なところ一也について行きたかったと思っていた。

 しかし、影斗はそんなことをしている場合ではなく、今は話を聞くことが最優先事項であるためすぐさま余計な思考を切り離した。


「こっちとあっちの世界はまさに鏡写し。こっちで起こっていることは現実の世界でも起こっているわ。逆に現実で起こっていることはこっちの世界でも起こっているの。こっちで窓が割れば現実でも同じように窓が割れるし、その逆ももちろんそうよ。でも、これじゃこっちの世界と向こうの世界の違いがわからないわよね?」


「え、えぇ」


 それはそうだ。どちらも同じ動きをするのならこの二つの世界に違いなんて存在しないも同然だ。ただこの世界が在る、という事実だけになってしまう。そんなことは知る必要もない、取るに足らないことだ。こうしてわざわざ深刻に話すようなことでもない。


「そうよねそうよね。でもね、鏡転世界と現実世界には明確な違いがあるわ。それはね、人の意識の所在。それによって生じる世界の不都合。といったところかしら」


 ひと呼吸おいて、加賀美は続ける。


「こっちの世界に来ている人間の数はとっても少ないわ。それはさっきも言った接続する鏡の数が少ないからよ。とりわけこのあたりの地域は特別多いけど、それでも私と祭ちゃん、一也君に吹雪ちゃんに虹雪ちゃん。それに影斗君ぐらいね」


「吹雪と虹雪もなんですか!!?」


 この二人以外はもうだいたいの察しはついていたため影斗は驚かなかったが、この姉妹までとは思わなかった。そう思ってしまったのはここに二人が呼ばれていないというのもあった。関係しているのなら呼ばれてもおかしくない。いや、呼ばれているはずだ、影斗は心の中でそう考えていた。


「あの子たちはまだ力に目覚めていないの。力についてはこのあと話すわ。そう焦らないで。まずは一つ一つ飲み込んでいってくれるかしら。…………話を戻すわね。世界の不都合っていうのは|こっちの世界に来た人間《私たち》が明確な意思を持って世界に変化を与えたときに世界の修復力が働かないことなの。例えば、私が今ここでこの机に手をついて立ち上がって足が壊れたとするわね。……別に私の体重が重いとかそういうことじゃないのよ?」


「そ、そんなこと思うわけないじゃないですか……」


「ふふふ、冗談よ。……それで壊れたとして、それは私の意志に関係なく発生したこと。こういった場合の破損といった事象には世界の修復力が適用されるから、現実むこう側に意識が存在する人でも修理することができるの。それじゃあ私がこれを壊そうと思って壊した場合どうなるか…………どうなると思う?」


「…………その世界の修復力っていうのが適用されなくて現実に意識がある人間には修復することができないってことですか?」


「そうね、正解。ちゃんとついてこれてるみたいで良かったわ。

 世界の修復力っていうとなんだか世界が修復しようとしている感じに聞こえちゃうかもだけど、そうじゃない。その『もの』が本来目的や、存在理由、状態から外れたものを人為的に修復することができる力のことよ。これは現実世界の方じゃ当たり前のこと過ぎて意識することなんてないわ。

 でもね、こっちの世界は元々存在しない世界。そんなありえない場所で起きたことが現実の世界から干渉することができるわけがないのよ。かと言ってこっちの人間(私たち)が意思を持って行ったことの全てがむこうで干渉できないわけじゃないわ。

 私がこの机を運んで動かしたところでそれは机の存在理由、用途の範疇にあることとして捉えられるから動かしなおすことは可能よ。

 そのあたりの判定がどういった基準なのかは私たちにもまだはっきりとわかってるわけじゃないんだけどね」


「なるほど…………」


 鏡転世界、接続する鏡、鏡界、世界の修復力、この短時間で多くのことを頭に押し込んだせいで影斗の頭はパンク寸前だったが、なんとか整理して胸の奥にストンと落とすことができた。

 とはいっても、いっぱいいっぱいなことに変わりはないが。

 

 影斗がそんな状態だということは祭には当然分かっていたが、彼女が影斗に対して思いやるような素振りを見せるはずもなく


「次だ。さっきから少しずつ話題に出てる能力ちからについては私が話す。いいかまず、」


「ちょっ、ちょっと待ってください!確かにその話は気になりますけど!少し休憩というか、……間というか、…………っとにかく!そんな感じのものを下さい!」


「そんな時間はない。話を聞け。そして理解しろ。大丈夫だお前ならやれる、できないとどうなるかはお前が一番よくわかっているはずだ」


 影斗の願いは虚しくも祭の武力制裁という名の脅しに儚く散ってしまう。力強く握りこまれた祭の拳は影斗の反論する気力をへし折るには、十分すぎる気を纏っていた。


 自らの教え子を力を持ってしてねじ伏せた武闘派教師は、自分の拳の力を抜いて、何事もなかったかのように話を再開した。


「いいか、さっきから出てきている能力だが、これを私たちは鏡形変化きょうけいへんかと呼んでいる。この鏡形変化というのは文字通り、『鏡』の『形』を変化させる力のことだ」


「鏡を…………変化させる?」


「そうだ。と言ったところでなんのことかはお前の脳みそじゃ想像もつかないだろうからな。具体的に見せてやろう」


 そう言って祭は自分のジャケットの胸ポケットから小さな手鏡を取り出して机の上に置いた。


「この能力は接続する鏡を通ってこちらの世界に意識が来た人間のみが使えるようになる。能力の種類は人それぞれだが、私の場合はこれだ」


 話を続けながら、祭は先ほど置いた手鏡に手をかざす。すると手鏡の徐々に淡い光を放ち始めた。


「いいかよく見ていろよ」


 祭がそう言うと、影斗が返事をする間もなく光は手鏡全体を包み込み、一本の細い針へと一気にその姿をを変えてしまった。


「見ての通り、私の能力は鏡を針に変化させる力だ。なんの役に立つのか、と聞かれるといろいろ役に立つと答える程度に今はしておこう。今日は能力というのがどんなものか知るのが目的のつもりだったからな」


 目の前で起きた怪現象にまたしても言葉を失った影斗は、針状に変化してしまった元手鏡から視線を外すことができなくなってしまっていた。


「それから、能力にはいくつか種類がある。私の『針の国(ハリノクニ)』は形状変化するタイプだが加賀美さんのは違って鏡を見につけて纏うタイプのものだ」


「…………?」


「どうせさっき頭の中で加賀美さんの年齢を計算したんだろう。だったら思ったことがあるんじゃないか?」


「えっと……若すぎ――」


「うふふふふふふふふ」


「なんでもないです…………」


 蛙の子は蛙ということか、笑顔の殺気に影斗は続きを紡ぐことはできなかった。

 祭のときよりも背筋をひやりとした感覚が走り抜けた影斗は「はははは」と乾いた笑いでその場を乗り切り、そらした目線で祭に話の続きを求めた。


「加賀美さんの見た目の若さは能力によるところが大きい。……もちろん実際も若々しいのだがな。能力で、他者に自分が思うままの物を見せることができる『偽りの夢(イツワリノユメ)』。おそらくどこかに小さな鏡の欠片かけらか何かを持っているはずだ」


 祭がそう言うと加賀美は先程のような殺気を含んだ笑顔ではなく、いつもの笑顔でエプロンのポケットから小さな鏡の欠片を取り出してみせた。


「ほ、他にはどんなタイプの能力があるんですか……?」


「そうだな、境田の能力なんかは珍しいやつだが…………今日はここまでだ。続きは明日するとしよう」


 祭がそう言うと同時に部屋の隅に置かれている目覚まし時計が部屋に鳴り響いた。

 はっとして時間を確認すると時刻は午後六時半を回っている。いつの間にかここに来てから二時間も経っていた。


「っ!そろそろ帰らないと二人が心配する!」


 遠くのスーパーとはいえこれ以上は買い物にしては長すぎる。

 急いで帰るべく影斗は早足に入ってきた裏口へと向かった。


「明日も今日と同じ時間にここに来い。いいか、遅れるなよ」


「今日も遅れてはいないんですが…………」


 明日は走ってこよう、と影斗が靴を履きながら決意したところで加賀美から大きめのスーパーの袋を手渡された。


「これは?」


「お野菜とお肉とお魚よ。買い物に行ってきたのに手ぶらじゃおかしいでしょ?」


「あっ!ありがとうございます!!…………って、なんで知ってるんですか!!?」


「ふふふふ、それくらいお見通しよ」


「はぁ…………」


 虹雪と吹雪にしていた口実をズバリ言い当てられたことに影斗はため息をつきつつも、なんとなく感じる懐かしさに嬉しさを覚えて、笑顔で慣れ親しんだ孤児院を後にした。


 


 



 


 




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