激情と冷静さ
「夏目莉音が今朝方、行方不明になった。どうやら昨晩家を出たきり帰ってきていないようだ。連絡もつかないから親御さんが警察へ届け出たらしい。」
祭から突如としてもたらされた悲報は影斗の思考を停止させるには十分な威力だった。頭に直接鉛玉をぶち込まれたような衝撃に脳の機能は一時的に停止した。
隣に座る一也も顔を伏せ、どこか力のない表情をしているように見えた。
こんな話、前もってされると分かっていても納得も理解も追いつかないのは当たり前なのだから。
「お前たちをここに呼んだのはこの件についてだ。いつも一緒にいるお前らは昨晩夏目がどこへ行ったかとか、なにかする予定があった、だとかなんでもいいから本人に話を聞いていないか?」
祭はあくまでも冷静に彼らに聞く。話し合いにおいて進める人間の冷静さというのは必須条件なのだから当たり前といえば当たり前だ。
しかし、その冷静さがかえって影斗の神経を逆撫でした。
大事な友人の失踪の事実を知って冷静さなど、影斗にはもはや存在しない。
だから、ここまで自分との温度差を感じ取った影斗が八つ当たりのように怒鳴ったとしても誰も文句は言えなかっただろう。
「どうして先生はそんなに落ち着いていられるんですか!?あんたの教え子が!行方不明になったってのに!」
「落ち着けと言っただろう天神。夏目の姿が見えなくなったのはそんなに前の話じゃない。まだ本当に失踪したかは分からないだろう?もしかしすると明日には帰ってくるかも知れない。」
そんな影斗の心理状態を察したのか、祭は怒鳴られたことに対して何も言わなかった。
代わりに、やはり冷静に最も有り得そうな可能性の話を一つをする。
が、しかしこれも影斗には逆効果だった。
「そんなのは先生の希望的予測にしかすぎません!それに、莉音はあれでしっかりした奴です!親にも俺たちにも何の連絡もよこさずにいるなんて考えられません!莉音になにかあった、そう考えるべきです!」
俺たちに、というのは少しばかり言いすぎなような気もしたが、祭の考えを食い気味に否定した影斗の考えは、その通りといえばその通りであった。
「確かにそうだ。その線を考えるのはもちろんそうだ。だがな、いま私たちがやるべきことはあいつを探すことじゃない。何の手がかりもないんだ。今知ってること、分かってることをきっちり整理した上で出来る限りのことをするのが最善だ。わかるだろ、いやわかれ。」
祭は少し威圧的な態度をわざととり、影斗の理性の部分に届くように言葉を発した。祭としてはここで話が感情論へと持って行かれ、論理的で有意義な会話ができなくなることは不本意であった。
それでもなお、頭に上りきった血が正常な状態へと戻ることはなく、今一度影斗が祭に食ってかかろうと口を開きかけたとき、祭の限界はピークへと達した。
元々、秋月祭という人間は誰かに、まして自分よりも年下の人間にいつまでも怒鳴られっぱなしでいることを許容できるほど、できた性格ではない。
それは教師としてはどうなのだろうか、と疑問に思う者も少なくはないだろう。だが、一部の生徒、特に女子には「お姉さま」と呼ばれ讃えられているほどの人気ぶりだ。
自分に素直でいられるということは、他人にある種の憧れを抱かせるものなのかもしれない。「こんな人間になりたい」他人にそう思わせることのできる彼女は誰になんと言われようと教師としての勤めを果たしているというほかないのだ。
「夏目が本当にまずい状況にあるかもしれないことはわかっている!そしてその可能性の方が今後自力で帰ってくるという可能性よりも高いことも重々承知だ!だがな、さっきも言ったがだからと言って私たちに何ができる!?今は夏目がどういうことをしそうで、どこへ行きそうか、あいつの性格を考えた上でいろいろな可能性を吟味する必要があるんだとさっきも言ったろう!」
祭は影斗の言おうとしていたことを遮って矢継ぎ早にそう言った。
そして、今日はこれ以上は無理だと判断した彼女は影斗に続けて言い放つ。
「……もういい、今日はもうお前は帰れ、天神!夏目のことについて他に話がしたいのならお前が頭をしっかり冷やしてからだ!」
「ええ!そうさせてもらいますよ!」
はっきりと「邪魔だ」と言われたことに気がついた影斗は「もう一度話し合いをしてやる」と言ってくれた祭の優しさには気づかずに生徒指導室を出て行った。
☆☆☆☆☆
影斗が出て行った生徒指導室には少し触れれば切れてしまいそうな緊張の糸がぴんと張り詰められていた。
一也は伏せていた顔をゆっくりと上げ、目の前に座る祭をただ睨みつけていた。
「あまり睨むな、何がダメだったと言うんだ。今はあいつは出て行かせる他選択肢はなかっただろう。」
「……どうして影斗にこの話をしたんですか。あいつはまだ何も思い出しちゃいないんですよ?世界が現実だと思い込んでるんです。そんなあいつに、この話題を持ちかけるべきじゃない、そういったのは確か先生だったと思いますが?」
一也は莉音のことではなく影斗のことを気にしていた。
この学校の存在と世界のあり方について知っている彼からすれば今回の事件は予測しうる事態だった。それは祭も同じである。
一也が顔を伏せて落ち込んでいたように見えたのは、親友の失踪という情報に動揺したから。というのは理由として少なからず存在する。
しかし、実際のところ思考のキャパシティのほとんどは起こる可能性を認識していたにも関わらず、それを防止できなかったことについての反省と、影斗にこのことを伝えた祭の真意を探るために使われていた。
「……ああその通りだ。……しかしそうも言ってられなくなったんだ。」
訳知り顔で、なぜか、という一也の質問に答えていく。
「ここ数日、失踪事件と放火による火災が大量に発生し始めている。それだけなら上の方でなんとか対処しようとしてきた。だが……夏目が消える三日前。世界をつなぐ真実の鏡が使用された痕跡が発見された。」
「!?……一体どこで?」
一也は一般人が耳にしたことのないような単語に驚いたわけではなく、いや実際には単語に驚いてはいるのだが、単語の意味がわからないから、といったものによる驚きではなく、その単語が意味することを知っているからこそ驚いた。
『世界をつなぐ真実の鏡』それは文字通り真実を映し出し、世界をつなげる代物である。そんなファンタジーなものを当然のようにあるものとして二人は話を続ける。
「……夏目莉音の自宅だ……。……正確には夏目莉音の自宅に存在する夏目莉音本人の部屋の中で、だ。」
「!!?それは!!本当なんですか!?」
先程よりも大きな情報の攻撃による衝撃が一也の口から予想外のサイズの声を出させた。
「この情報は確かなものだ。今日警察に紛れた調査員の一人が、現地で直接計測をしてきた。まず……間違いない。」
「そんな……それじゃあいつは…………」
「あぁ……そういうことだろうな……。いや、現段階でそれを決め付けるには早い。だからこうしてここで話をするつもりだったんだからな。だが楽観視もできない。ついに奴らが本格的に動き始めた。この最悪の状況を考えて行動するべきだろう。そっちの調査は終わってるんだろう?ことによってはその結果次第だったが……。」
「……えぇ問題ありません。確かに、影斗は予想した通りの力でした。……これは……影斗には本当に申し訳なく酷なことだが……。――――くそ!もう時間がないって!俺たちの都合で!あいつを……!」
「お前が気に病むことじゃない。そのエネルギーは全部このクソったれな世界を作ったやつらに私らでぶつけてやろうじゃないか。予定より早いが仕方ない。天神の調子が戻るようだったら明日にでも話をしよう。ことは緊急を要する。もってあと一ヶ月……ってところだろうからな。」
そう言って話を締めた祭の期待をよそに、次の日、体調不良を理由に学校に天神影斗が姿を現すことはなかった。




