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Amaranthine Redolance - Part 5

 ◆ ◆ ◆

 

 (なんだ、そりゃ?)

 ザイサードはプラズマの刃で電磁場を痛めつけながら、目にした紫と蓮矢の行動に眉をひそめる。

 蓮矢が、紫の前に立って、身構えたのだ。まるで、紫を守る盾にでもなかったかのように。

 (そりゃあ、滑稽ってモンだろ!)

 ザイサードは思わず吹き出しそうになる。機動装甲服(MAS)という外的要因に頼る蓮矢の方が、紫よりも遙かに防御に劣る。内蔵された魔化(エンチャント)をフルに稼働したところで、この超高熱のプラズマを耐えることなど出来ない。万が一出来たとしても、コンマ数秒単位が良いところだ。

 (あーあ、ガッカリだ! どんな奇策かと思いきや、ただの格好付けの無駄死にだ!

 あーあ、ツマンネ!)

 ザイサードは溜息を吐くと、嗤いを更に残虐で陰惨なものへと歪める。

 (もう、殺すわ。2人まとめて、素粒子に分解してやる)

 ザイサードは2人を卑下し、一気に命を奪いにかかる。

 

 ――だが、彼は勘違いしている。

 蓮矢は、盾のつもりで紫の前に立っているのではない。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ザイサードは両手を組んで前に突き出す。そして両腕からザクザクと血液の刃を突出させると、存在振替(オルタネイション)を発動。血液を紅炎(プロミネンス)へと替えると、ザイサードの腕はさながら超高熱のプラズマの大槍のように見える。

 この状態でザイサードは『宙地』を使って宙空を蹴ると、高熱の彗星と化して紫達の元へと突撃。弾丸のように加速した衝撃とプラズマのエネルギーで、電磁場を一気に貫くつもりだ。

 ――一方の紫達は、と言えば。電磁場の強度を上げて防御を固める…などと云った行為は全くしない。

 ただ紫は、眼前の蓮矢の背中のほぼ中央に手を触れるだけだ。そして、触れた手を通して機動装甲服(MAS)の通信回路に干渉し、蓮矢の被ったフルフェイスの内部に直接声を掛ける。…ザイサードに策が漏れないようにとの配慮だ。

 「良いわね!? そろそろ"やる"わよ!

 魔化(エンチャント)は万全よね!?」

 対する蓮矢は、外部スピーカーを切った上で、潜めた声で精一杯力を込めて語る。

 「ああ、やれるだけのことはやったはずだ! ただ、お嬢ちゃんのパワーを吸収しきれるかは、確信出来ないがな!」

 「別に、おっさんがジュースになっても問題ないわ。その鎧が健在なら、それで十分だもんね!」

 「…お嬢ちゃんさ、ホント年上とか関係なしに、ひでぇ事言うよな…」

 蓮矢は苦笑いしたが…直後、彼の顔はギクリと引き締まる。…背中の装甲越しに、チリチリと産毛を撫でる電磁場の感覚を覚えたからだ。

 「もうやんのかよ!?」

 「当たり前よ! あの赤男、もう迫ってンじゃん! ぐずぐずしてたら、アタシもおっさんも素粒子になってサヨナラよ!」

 ブワリ、バチバチバチッ! 紫が発する電磁場の強度が上がる。蓮矢の全身の毛がチリチリと揺れ動くだけでなく、皮膚をジリジリと刺激する静電気がひっきりなしに発生する。内部は絶縁されているはずなのだが、絶縁体が電磁石化してしまう程の強烈な電磁場が発生しているようだ。

 次いで、蓮矢の体がフワリ、と浮き上がる。声掛けなどなかったものだから、蓮矢はいきなり地面を失い、戸惑って足をバタバタさせる。

 「うおっ、一声かけて――」

 抗議しようと声を上げた、その瞬間。

 「じゃあ、行ってこおおぉぉいッ!」

 紫の大声がフルフェイス内に反響し、蓮矢の耳はキィンと耳鳴りを覚える。

 

 そして蓮矢は――強烈な加速を身に受ける。

 

 ザイサードが電磁場の防壁を破るまであと数瞬という、ギリギリのタイミングで。蓮矢の姿が、一瞬にして霞む。

 (あぁん!?)

 疑問符を呈した頃には――ザイサードの視界が、蓮矢の機動装甲服(MAS)の黒紺色で埋め尽くされてしまう。

 強烈な加速度による、ほんの一瞬の肉薄。ザイサードは全く反応できない。

 (!)

 驚嘆が思考を支配した頃には、蓮矢がザイサードのプラズマを纏った両腕をへし折りつつ更に接近し、ザイサードの胴体に激突する。全身の骨格がメキリと音を立てて破砕し、激痛が全身を電撃のように駆けめぐる。

 特に、心臓付近の痛みが強烈だ。ザイサードは把握し切れていなかったが、蓮矢が手にした刀を(つば)元までズブリと差し込んでいたのだ。その衝撃で心臓はもちろん、付近の内臓はブルリと大きく震えて、バシャンと盛大に破裂する。

 急加速した蓮矢はそのままザイサードを押して飛翔を続ける。紅炎(プロミネンス)のプラズマをかき分けて進み、進み、進み――遂には、溶融した部屋の壁を突き抜けて室内を脱し、隣接する別の部屋の中へと侵入。その壁に、(ドン)、と激突する。

 「げぐッ!」

 ザイサードが潰れたカエルのような声を上げる。激突の衝撃で彼の全身はバシャンと破裂し、熟れすぎたトマトを床に叩きつけた時のような盛大な鮮血が壁に大輪の花を咲かせる。

 ドロリと血液を噴き出す眼窩に視界を真っ赤に塗り潰されながら、ザイサードは疑問符を浮かべる。

 ――何が起きた? どうやって紅炎(プロミネンス)を突破した? あの尋常じゃない急加速は何だ?

 ザイサードは自問の答えを見つけられない。替わりに、ゲロリと血肉の混じった血液の塊を口から吐瀉する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 紫がザイサードに対抗する為に考え出した秘策。それを一言で表現するならば、"人間電磁投射砲(レールガン)"である。

 電場と磁場の相互作用によって生ずるローレンツ力によって物体を加速させ、打ち出す仕組みが電磁投射砲(レールガン)である。加速機構に物質を使わないため摩擦の影響を受けにくく、強大な加速度を得られるのが特徴である。射出体の質量や体積によって、光速に近い速度を実現することさえ可能だ。

 紫は蓮矢の体を射出体に見立て、両腕の電極機関からザイサードへと至る強烈な電磁場の加速機構を生成。ザイサードへと激突する寸前まで間断なく加速させたのだ。

 電磁場による加速機構は、同時に紅炎(プロミネンス)を形成するプラズマにも影響を与える。加速機構は同時に、プラズマから射出体を守る電磁場の鉄壁ともなるのだ。

 蓮矢はこの仕組みにより、一瞬にして音速を越える速度に至った。その急加速は勿論、人体に強大な負荷をかけるものだ。衝撃に細胞が破裂し、蓮矢が懸念していた通りにジュースになってしまう可能性もある。

 蓮矢は機動装甲服(MAS)に内臓された魔化(エンチャント)を発揮し、耐衝撃防御力を激増させることで、なんとか悲劇を免れることが出来たが…。気丈にザイサードの体へ刀身を突き立てた一方で、こみ上げる吐き気と渦巻くような目眩(めまい)に苛まれていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ザイサードは血塗れの顔をキョトンとさせていたが。やがて、間近に居る蓮矢のフルフェイス越しの険しい視線を眺めて、ニヤリと嗤う。…とは言え、ここまで肉体を破壊されていては、嗤いは病的にひきつったものにしかならない。

 同時に、ザイサードの体から噴き出した真紅が、カタツムリのような速度でゆっくりと這いずり始める。この状況でもザイサードは存在支配(ドミネイション)を扱えるようだ。なんというしぶとさだ!

 (ゴキブリみたいな野郎だな、色は似てないがよッ!)

 蓮矢はフルフェイスの内側で歯噛みをすると。ザイサードの存在支配(ドミネイション)が何らかの攻撃を形作るよりも早く、蓮矢はザイサードの体から刀を大きく振りながら引き抜く。ザイサードの肉体にズッパリと大きな裂傷が開き、大分勢いを失った血液がドロリと気怠そうに流れ出す。ザイサードは激痛を覚えたらしく、ニヤリとした嗤いを一変、グシャリと表情を潰すようにしかめる。

 蓮矢はそのままザイサードの体を蹴り、跳び退って距離を取る。支えのなくなったザイサードは、重力の為すがままに壁からフラリと離れ、そのまま自由落下。血肉の飛沫をバラバラと振りまきながら、大地へと落ちる。

 その最中、ザイサードは自身に血肉に対して存在支配(ドミネイション)を発動。ゆっくりとその傷の再生を始めつつ、正面に血液で幕を付くって激突に備えようとする。

 彼は、この致命的な状況に陥ってなお、交戦を諦めることをしていない。

 

 しかし、そんなザイサードにも、ついに引導が渡される瞬間がやってくる。

 彼が落下する先に、ある人物が待ち構えている。

 その人物とは――紫だ!

 手にした大剣を腰だめに構え、刃はすでにエネルギー体へと変化させている。それゆえ、大剣は太陽のような煌々たるオレンジ色の輝きに縁取られているように見える。

 (アタシだって、アンタが回復するまでのうのうと待ってるワケないじゃんッ!)

 紫はしっかりと、ザイサードの落下を見つめている。その視線に対峙するザイサードは、ギクリと顔をしかめてから、諦めたかのような苦笑を浮かべる。

 (そう、諦めなッ! そして、アタシ達を相手にした事、後悔して――ッ!)

 ザイサードが紫の間合いにまで落下した瞬間。紫は大きな半月を描くように大剣を振るう。オレンジの軌跡を残して空を両断する一撃は、ザイサードのボロボロの肉体を、頭頂から臀部までを真っ二つに斬り捨てる。

 ((たお)れろッ!)

 斬撃の衝撃で、ザイサードの体が左右に吹き飛ぶ。完全に体が分断されたザイサードは存在支配(ドミネイション)を維持できなくなった。血液の膜は単なる液体へと化し、ビチャリと床に大輪の赤をぶちまける。その中にザイサードの半身がビタンッ! と叩きつけられる。

 そして、ザイサードの身体は、当然ながら、ピクリとも動かない。

 ――紫と蓮矢の勝利が確定した瞬間であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「ああー…もぉー…超しんどいッ!」

 ザイサードの身体が動かなくなった事を確認した紫は、投げやりな感じに大騒ぎすると、膝を折ってその場にズドンと腰を下ろす。

 同時に、紫を包む魔装(イクウィップメント)の鎧は蛍光色の術式へと昇華し、宙空に蒸発してゆく。そして紫は、肉体の損傷に比べて異常に綺麗な制服を身に付けると、シャクトリムシのようにお尻を突き出した格好で、その場に倒れ伏す。

 「その格好、年頃の女の子としてどーなんだよ?」

 フルフェイスを取った蓮矢が、ケラケラと笑いながら歩み寄ってくる。露わになった彼の顔は、汗でビッショリだ。滴を垂らすほどの髪の毛は、ボリュームを失ってペッタリと平たくなっている。

 「どうせおっさんに見せてるんだから、気にしないわよ。

 むしろ、ムサ苦しい脳筋おっさんの目の保養になって良いでしょ?」

 紫がニヤリと陰を含んだ笑みを浮かべて、毒舌を発してみせる。疲労は確かに大きいようだが、精神的にはだいぶ余裕があるらしい。

 「オレはお尻よりもムネの方が隙なんだよ、生憎な」

 蓮矢がケラケラと笑って答えると、紫は"一本取られた"と言わんばかりの苦笑を浮かべて見せるのだった。

 それから一瞬、沈黙が部屋の中を支配したかと思うと。蓮矢が真っ二つになって転がるザイサードの(むくろ)を眺めながらポツリと語る。

 「…逮捕できなかったばかりか、お嬢ちゃんに辛い役目を押しつけちまったな」

 「辛い役目って…あの凶人(ザイサード)(たお)した事?」

 蓮矢は至極真剣な表情を作り、コクリと(うなづ)く。

 「君の行為は正当防衛だ。罪には問われない。

 だが…オレが不甲斐ないばかりに、君に命を奪わせる結果になってしまった。

 相手は大罪人だ、とは言え…気分の良いモンじゃないだろ。どんな大義名分があっても…」

 "人を殺した"と言う胸糞悪い言葉が蓮矢の口から出るより早く。紫がゴロンと寝返りを打ち、四肢を大の字に投げて語る。

 「別に、アタシは気にしてないよ。

 学生の身分とは言え、アタシ達は戦場に顔を出してる身だよ。自分の命は勿論、非力で何の落ち度もない人々を救う為に、理不尽な暴力の相手の命を奪った事だってあるわ。

 …まぁ、良い気分になることはないし、馴れることも絶対にないわ。でも、戦場なんて場所に身を置くと決めた以上は、命のやり取りをする覚悟くらい持たなきゃ、やってられないわよ。

 当然、命を奪わないで済む方法を出来るだけ考えようとするけどね」

 「まだまだ学生の身の上だってのに、そんな覚悟をしてるなんて、素直に感心するぜ。

 オレが学生の頃なんて、遊びたい盛りで、ンな覚悟について思いを馳せるなんてあり得なかったからなぁ」

 「そこまで気が回るなら、ユーテリアに入ってたでしょ」

 と言った直後、紫はニヤリと陰を含んだ笑みを浮かべる。毒舌の合図だ。

 「(もっと)も、おっさんのアタマじゃ進級失敗しまくりの、落第無限ループ人生だったでしょうけど」

 「…オマエ、ホントに年長者に対する敬意ってモンがねぇよなぁ…。

 いくらユーテリアの学生だからって、そんな態度じゃ社会に出てから苦労するぞ?」

 すると紫は、いたずらっぽく下をベロリと出して見せる。

 「アタシは然るべく尊敬できる人に敬意を払うだけよ。年長者ってだけで無闇に敬意を払うような単純バカじゃないのよ」

 「ってことは、オレは敬意を払うに値しない、ただの年長者ってことですか。へいへい」

 蓮矢が苦笑いしながらプラプラと手を振り、紫に答えてみせる。

 それから蓮矢は笑みを消して、再びザイサードの骸に視線を投じる。そして、ポツリと独りごちる。

 「とりあえず、これで新しい呪詛の生成は無くなったワケだ。

 あとは、この遺体を回収するだけ――」

 

 蓮矢の言葉が終わらぬ内のこと。不気味な事態が両名の目に飛び込む。

 縦に真っ二つに割け、死んだ魚のような目を半開きにしていたザイサードの瞳が、突然、パチクリと瞬いたと思うと。爛々と意志の輝きを灯し、三日月のように眼を笑みを形に歪める。

 そして、分断された2つの口が一斉に開き、ゲラゲラゲラ! と大声で嗤い出す。気道や声帯と言った発声に用いられる器官は全て両断されて機能不全なはずなのに、あまりにも滑らかな声音で笑い声を張り上げる。

 紫も蓮矢も、この事態にギョッと目を見開く。常識的に考えて、こんな事態は考えられない。だが、(まぎ)れもない事実として、ここに発現している!

 ザイサードは、生きている!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「いやー、スゲェスゲェ!

 大したモンだよ、アンタら!

 手が遠くて届かねぇから、拍手できないのが残念さぁ!」

 ザイサードは分断されて床に転がったまま、大声を張り上げる。

 「テメェッ! 生きてやがるってンなら、お縄につけよッ! オラッ!」

 蓮矢が脚部の推進機関を吹かして、一気にザイサードの骸の一方へと肉薄。そして、ザイサードの手首を掴みあげようと腕を伸ばす。

 するとザイサードは、内臓や骨格がむき出しになった断面から、真っ赤な液体――血液なのか、それとも別の物質かは不明だ――を噴出。巨大な腕のように扱って床を叩くと、その反動で一気に天井まで跳び上がる。

 そのままビタンッと天井に叩きつけられるかと思われた直前。ザイサードの断面から噴出した液体は形状を変化させると…まるで、巨大なゲジゲジのように幾つもの節くれ立った長い脚を出現。そのままウゾウゾと動き、蓮矢から距離を取る。

 (もう一つの方は!?)

 蓮矢が慌てて振り返ると――もう片方のザイサードの身体は、肉体をジュクジュクと泡立てながら、衣服ごと真紅の液体へと変化。そのまま床の中へと染み込んで消えてゆく。

 一瞬遅れて、疲弊した身体に鞭打って飛び出した紫が来たが、もはや後の祭りだ。ザイサードは一滴程度の染みも残さず、その場から半身を消し去っていた。

 さて、天井に張り付いた残りの身体は、ゲラゲラゲラと嗤い続ける。まるで、壊れて電源が切れなくなった玩具のようだ。

 「こんなに派手にやられるたぁ、思って無かったぜ!

 学生の身の上で、躊躇なくブッタ斬れるなんて、最高の精神構造してるじゃねぇか!

 アンタ、そこの"チェルベロ"野郎と一緒に居るなんて似合わねぇよ! オレ達に近しい存在じゃねぇかぁ!?」

 「一緒にしてンじゃないわよ、変態殺人鬼ッ!」

 紫が炎を吹くような視線でザイサードを()めつけて叫ぶ。彼女はザイサードのヒトの命を弄ぶような所業を忘れていない、激しい憤りと共に記憶に刻み込んでいる。

 そんな紫の劇場を代弁するように、蓮矢が床を蹴って宙を駆け、再びザイサードを追う。するとザイサードは、ベロリと半分になった舌を出して嘲り、中指を立てて挑発したかと思うと。衣装ごと全身を真紅の液体へと変じると、天井の中に染み込んでゆく。

 蓮矢の拳が到達した頃には、ザイサードの姿はすっかりと消えてしまっている。蓮矢はこめかみに青筋を立てると、思い切り天井をガツンと殴り、凹みを付ける。

 やるせない激情が渦巻くだけとなった室内に、姿無きザイサードの声が響き渡る。

 「良い戦争だった、そうだよなぁ!? そうだったよなぁ!?

 万人を巻き込んで、国家を丸ごと混乱のどん底にぶち込んだ挙げ句! こんなステキな殺し合いまで楽しめた!

 最高の戦争だった! 欲を言えば、オレが勝ちたかったってトコだ!

 "旦那"にゃ叱られるだろうが、それを差し引いても楽しかった戦争だった!

 なぁ、お前らもそう思うだろぉ!?」

 「戦争に良いなんてあるかよッ! 最低しかねぇだろうがッ!」

 蓮矢が唾棄すると、ザイサードはゲラゲラゲラ、と笑って蓮矢の言葉を掻き消す。"ハートマーク"の者達は"凶人"であると同時に、完全な"狂人"だ。戦争狂いの気違いどもだ。

 「なぁ、お嬢さん!」

 ザイサードが紫に尋ねる。

 「名前、教えてくれねぇか? オレとステキに渡り合えたキミの名前、しっかりと胸に刻んでおきたいのさ!」

 「アンタに名乗る名前なんて無いわよ、変態ッ!」

 紫が即答すれば、ザイサードは抱えた腹が壊れるのではないか、というほどにゲラゲラゲラゲラ嗤い転げる。

 「嫌われちった、嫌われちった!

 でも良いや、良いや! 顔さえ覚えてりゃ、それで良いとしとくぜ!

 だから、お嬢さん、また良い戦争しようぜ! 次回のオレは加減抜き、一気にキミの心臓をブチ抜きに行ってやる! だから、キミも精々、足掻きまくってみせてくれや!」

 「そんなに元気に舌が回るなら、次回なんて言わずに、今掛かってくれば良いじゃん!」

 紫はトンでもない事を口にする。正直、それは完全な減らず口だ。彼女は疲弊し切っていて、マトモに戦える状態じゃない。

 もしもここで、ザイサードが"それじゃあ、ご希望に添えて!"なんて言い出したら、紫も蓮矢もその命を落とした事だろう。

 しかし、幸いにも、ザイサードは紫の減らず口の挑発を拒否する。

 「いやいや、これでもかなーり身体がヤバくてね! こんな状態じゃあ、キミらを殺したくても殺し切れねぇ!

 お楽しみは取っておくことにするさ! そしたら、次もまた――いや、今回以上にもっともっと楽しめるからねぇ!」

 そう語る最中、ザイサードの声が遠ざかってゆく。床や天井の中に染み込んだ身体が、そのままこの場を離れて行くようだ。

 「それじゃあ、今はさようなら、だ!

 また会おうぜ、お嬢さん!」

 そしてザイサードは、ゲラゲラゲラ、と嗤い声の木霊(こだま)を残して、そのまま場を去ってゆく。

 

 「だってよ、お嬢ちゃん。

 随分好かれたみたいだな」

 蓮矢が肩を(すく)めながら語ると、紫はガクリと膝を折って座り込みながら、疲労で崩れた表情で苦笑いを作る。

 「そう言うおっさんは、空気扱いだったわね。一言も声掛けられないでやんの」

 「あんな変態野郎の眼鏡になんて、適いたくないね」

 そう語ってから、蓮矢はパンッ! と己の拳と掌を打ち合わせる。

 「それにしても…あいつも"旦那"だかに怒られるとか言ってたが、オレも上司に雷を落とされそうだなぁ。

 ここまで追いつめておいて、まんまと逃がしちまったもんなぁ。機動隊まで投入してこのザマか、って小言を一時間は聞かされそうだ」

 「はいはい、無能なヒトはお疲れ様ねー」

 紫は再び四肢を床に投げながら語る。

 「それにしても…あの変態の身体ってどうなってるワケ? 不死身だっての?

 呪詛に存在支配(ドミネイション)存在振替(オルタネイション)、おまけに不死身だなんて、キャラ設定盛り過ぎでしょ。どんだけバケモノなのよ、あいつは」

 「不死身じゃねぇさ、あいつは。

 極めて死ににくい、ってのは本当だろうがさ」

 蓮矢の言葉に、紫は疑問符を浮かべて眉をひそめる。対して蓮矢は、"知らないのか?"と意外そうな顔を作って答える。

 「あいつは恐らく、"悪夢作り(ドゥーム)"…いや、完全じゃなくてハーフだろうな…そういう種族なんだろうよ。

 この地球じゃあまり聞かないだろうが、立派な人類の一員だよ」

 悪夢作り(ドゥーム)は、地球とは異なる宇宙に所属している人類の一種だ。その名の通り、生物の意識に"悪夢"を送り込むことを生業としている知的生命体である。

 彼らはその生業だけでなく、姿もまた悪夢的である。地球人類のみならずとも、大抵の人物は生理的嫌悪感を催してしまう姿をしている。彼らの外観は千差万別で、ゾンビのような姿をわかりやすいものから、幾何学図形のような無機質なもの、作りかけの煮凝りのような不快な格好のものなどが居る。故に、大抵の世界では生業と相まって差別の標的とされ、自分達の出身宇宙から出ることは極めて少ないとされる。

 彼らの身体も悪夢的で、物理的な負傷で痛みを感じることはあっても、命に関わることは滅多にない。彼らの命を奪おうとするならば、形而上相上の定義を破壊するのが一番手っ取り早い…と評されている。

 ――と、蓮矢が紫にそんな概要を語って聞かせると。紫は初めこそ、新しい知識に直面して素直に感心していたのだが。その内、ハッと表情を変えて、普段の天の邪鬼な陰を含む嘲笑を浮かべる。

 「へー、脳筋だと思ってたけど、おっさんもたまには脳ミソを正しく使えるみたいねー」

 「…お前、減らず口叩かないと死ぬ病気にでも(かか)ってンのか…」

 蓮矢はジト目で睨みつつ溜息を吐くと。ふと視線を何処ともない遠方へと投じて、ポツリとつぶやく。

 「悪夢作り(ドゥーム)のハーフだってンなら、あいつが"ハートマーク"に居場所を作った理由も推し量れるってモンだ。

 さぞや悲惨な子供時代を送ったんだろうな。それで社会やら世界やらに対する恨みをたっぷりと抱え込んで、それを爆発させる場として"ハートマーク"を見つけたってところだろうよ」

 「悲惨な人生だったろうが何だろうが、だからと言って、他人(ヒト)の命を(もてあそ)ぶような真似は正当化されないし、到底許されるものじゃないわ」

 大の字に寝転んだままの紫は、嘲笑を消して険しい表情をスッと浮かべて、強い語気で漏らす。

 「アイツが言った通りに、アタシとアイツがまた出会うかどうかは、分からないわ。

 だけど、今度出会ったら、アタシは今以上の全力を(もっ)て、アイツを叩き潰すわ」

 (その為には、もっと強くならないとね…)

 二人掛かりで、ようやくマトモに戦えた相手だった。しかも、全力を出されてからは、二人掛かりですら()されるほどの実力者だった。こちらの奇襲がうまくいったからこそ何とか撃退できたものの――次に一対一で出会って、初めから全力で攻撃されたら、今の実力では到底敵わない。

 だからこそ、紫は決意を胸に深く刻み込む。どんなに悲惨な過去があろうと、過去への妄執があろうと、それらの負の感情を真っ向から受け止めて叩き伏せれるだけの強さを持ちたい――と。

 その決意が、紫の疲れ切った身体に急にエネルギーを注ぎ込み、今すぐにでも身体を動かしたい気持ちになったが。いざ腕を上げようとすれば、鉛のように重くなった筋肉が逸る気持ちを抑えてくる。

 すると紫は、自分の身体の状態を"仕方ないなぁ"と言い聞かせるように薄く笑うと、瞳を閉じて、蓮矢に語る。

 「渚先輩がもう一人を叩き伏せてくれるまで、少し休むわ。

 おっさん、眠ってるところに変な真似しないでよね」

 「誰がするかよ! オレはれっきとした警官だぞ!」

 そんな蓮矢の反論を耳にしながら、紫は意識を内なる疲労の海へと沈み込ませると。思考は直ぐに、微睡(まどろ)みの黒一色に塗り潰されてゆく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ザイサードが撃退されたことで、都市国家プロジェスを席巻していた黒い『天使』は、急激に力を失ってゆく。よく制御されていた行動パターンは稚拙で単調なものとなり、市軍警察程の実力を持っていれば衛戦部所属でなくとも楽々と撃破出来るまでに落ちぶれた。

 また、黒い『天使』が新しく生成されることもなくなり、プロジェスから黒い『天使』は迅速且つ着実に駆逐されてゆく。

 こうしてプロジェスの混乱は、収束の一途を辿(たど)る。

 

 残る課題は、後一つ。元『僧侶の士師』エノク・アルディブラから、元『現女神』ニファーナ・金虹を取り戻すのみ。

 この課題に立ち向かうは――『星撒部』副部長、立花渚。

 

 - To Be Continued -

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