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Disorder - Part 3

 ◆ ◆ ◆

 

 都市国家プロジェス。そこは、取り立てて肥沃な土地があるワケでも、目を見張るような土地があるワケでもない。約30年前の地球に起こった『混沌の曙(カオティック・ドーン)』の際、近隣の住人達が寄り集まって作った集落が地道に発展を遂げて成立した、というだけの都市国家である。

 プロジェスのような成り立ちを持つ都市国家は珍しくない。むしろ、地球上では多数派である。アオイデュアやアルカインテールと言った強烈な個性を持つ都市国家はそうそう多くはない。

 ちなみに、星撒部は両都市国家のような個性的な都市国家ばかりを活躍の舞台に選んでいるワケではない。短期間に両都市国家と関わりを持ったのは、純粋に偶然の賜物だ。

 さて、プロジェスのような都市国家は普通、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の庇護の元に入る。『現女神(あらめがみ)』達の苛烈な求心活動に対抗する為の合理的判断と言える。

 しかしながら、プロジェスは居率から現在まで、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の傘下に入ったことはない。その理由は、単純にして意地っ張りな自尊心である。

 "艱難辛苦を乗り越えてようやく掴み取った都市国家(くに)だと云うのに、大きいばかりの勢力に飲まれたくない"――そんな反骨的な気概を約30年来持ち続けて来たのである。

 そんなこの都市国家(まち)は今、"慰めの都市国家(まち)"などと言う、生来の気概に真っ向から反するような二つ名で知られようになった。

 その経緯の概略を言えば、2ヶ月前にようやく終結した『女神戦争』に()るのだが――より詳細な背景については、後に述べるとしよう。

 

 プロジェスの街並みを表現するならば――良く言えば"田舎情緒の暖かみに(あふ)れている"、悪く言えば"発展不十分な古くさい街"である。

 オフィス街だろうが繁華街だろうが、5階を越えるような高層建築物は(まれ)だ。多くは2、3階建ての石造りの建物で、電飾も光霊飾も極乏しい。まるで、西部劇の舞台にちょっと近代化の毛を生やしたような光景である。

 行政中枢区は流石にもっと高い、ピカピカの高層建築物が林立しているようだが…如何せん、地区の面積が狭いため、波が静かな大海原にポツンと現れる絶壁の小島のように見える。

 そんな都市国家(まち)の活気はどうかと言えば…シンプルな光景にそぐわぬ程の騒々しい賑わいに満ちている。

 「むうぅ…祭りでもやっておるような(やかま)しさじゃな…」

 繁華街の端の方、ビルの日陰が濃い所で、壁を這うようにして進む渚が、肩耳を塞ぎながらうんざりと語る。

 渚の前を進む蓮矢がケラケラと笑い、首だけ回して答える。

 「ここ最近じゃ、この都市国家(まち)のどの通りもこんな感じだぜ。

 戦災復興の真っ最中に、しかも地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の援助無しでこれほどの賑わいなんだ。結構な事じゃないか」

 「むうぅ…まぁ、それはそうなんじゃが…。賑わいようにも程があるのではないかのう…?」

 渚がこめかみを抑えながら、心底キツそうに半眼になりながら、ブチブチと文句を口にする。

 彼女が先に"祭"と形容したように、通りの賑わいは人混みと喧噪でごった返している。通りの中央に出ようものなら、高密度の人混みの波に(さら)われて、何処とも知れぬ場所に流されてしまいそうだ。

 街並みを活気付けているのは、通りを囲む数々の店舗…ではない。賑わいの真の立役者は、路傍を埋め尽くしている大量のパフォーマー達である。

 装飾系の魔術を用いて派手な大道芸を行う者。似顔絵を初めとした絵画を実演販売している者。自作の小物やアクセサリーを広げて、けたたましい呼び声を上げている露店商など、パフォーマーの種類は様々だ。

 しかし、何より数が多く目――と言うか"耳を引く"のは、ストリートミュージシャンの存在である。

 彼らは流石に爆音を流すことはないが、甘い声のラブソングやら家族や友人との絆を歌い上げるラップなどを、喧噪に負けじと声高らかに歌い上げている。

 歌が盛んな都市国家と言えば"音楽の都"アオイデュアが想起されるが、あそこではストリートミュージシャンを見かけることはない。特に許可されたストリートライブでない限り、野外での音楽活動は原則禁止されているからである。故に、ライブ会場の外では物静かな雰囲気を楽しむことが可能だ。

 それに比べると、このプロジェスの有様の何と混沌たることか!

 「…別に喧噪だけならば、なんとか耐えられるがのう…。

 背筋がムズ痒くなるような"歌崩れ"ばかりは、どうにも辛抱ならぬ。

 はよう物静かな店に引っ込みたいわい…」

 「なんだ、渚ちゃんよ。若いくせにこういう場所が苦手だなんて、年寄り臭いじゃないか。

 そんな物言いしてるから、心が老け込んじまったんじゃないか?」

 蓮矢がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて語ると、渚はムッと頬を膨らませて反論する。

 「不愉快に思っておるのは、わしだけではないはずじゃぞい!

 のう、おぬしら! ムズ痒くて溜まらんじゃろう!?」

 渚は後ろに着いて回る3人の少女に同意を求める。すると…。

 「同感です。

 ラブソングとかラップだとか、うんざりですよ。耳が腐ります」

 真っ先に小さく手を挙げて同意を示し、猛毒たっぷりの小言を口にしたのは紫であったが…。

 「良いじゃありませんか。こんなに活気に満ちていると、こっちまで胸がワクワクして来ますよ」

 とニコニコ笑って、拳をソワソワ動かして返事するのはアリエッタである。

 残るヴァネッサと言えば…アリエッタ以上に、この状況を楽しみまくっている様子だ。キラキラと眼を輝かせながら露店を見やっては、興奮の色に染まった独り言を口にしている。

 「あのネックレスなんて、イェルグに似合いそうですわ!

 あ、あの生地の模様も素敵ですわね! わたくしもスカーフを作って、イェルグとお揃いにしようかしら!」

 更には、ラブソングに耳を傾けて、その歌詞を味わい尽くすように深呼吸すると、夢見る少女のようにうっとりしながら独りごちる。

 「…ああ、今の歌詞…! あの切なさ…! 共感できますわぁ…!

 わたくしも不安になっておりましたもの…。でも、そういう不安の山を乗り越えて、愛する二人の絆は強くなってゆくのですわぁ…!」

 渚は特にヴァネッサの様子に眉をヒクつかせ、嘆息する。

 「…ここでは、どうやらわしが少数派のようじゃな。

 しかし…」

 と、渚は語りつつ、人混みの中にチラリと視線を走らせる。その半眼はうんざりとした疲労感に加えて、キラリとした鋭い知性の輝きが見て取れる。

 「少数派は、わしや紫だけではないようじゃがな」

 …そう、渚の鋭い観察眼が捉えたように、彼女らと似た――いや、それ以上にトゲトゲしい反発的な雰囲気が、人混みの中からヒシヒシと漂っている。

 往来の人々をよくよく観察すると…祭騒ぎの賑わいに眼を輝かせている人々の合間にポツポツと、世を恨むような暗澹とした表情をした者達の姿が見て取れる。その有様は、賑やかに咲き誇る花畑の中に、厳つい石が見え隠れしながらゴロゴロと転がり回っている光景を想起させる。

 彼らと祭騒ぎを楽しむ者達との差は、特に見受けられない。どちらも人種は多様で偏りはない。戦傷者はどちらの側にも含まれているが、強いて言えば、暗澹とした岩勢に比率が多いように思える。…とは言え、都市国家(まち)全体を()べて観察したワケではないので、特徴と断じることは出来ない。

 「単に騒がしいのが迷惑だ…って風じゃないようね。

 何て言うか…都市国家(まち)の様子そのものが気に食わなくて、恨んでるような…」

 アリエッタが頬に人差し指を置いて首を傾げていると。蓮矢がそれ以上はここで口にしないよう、掌でアリエッタのみならず星撒部の少女達を制する。

 「その話は、ここじゃマズい。

 メシを食いながら、コッソリ教えてやるよ。

 場合によっては…」

 蓮矢は一段と声を潜めて語る。

 「今回の一件と、関係があるかも知れん」

 

 蓮矢が少女達を導いたのは、"ココット・ダイニング"と言う名のレストランである。

 建物の外観は他の店同様に質素で、控えめな色彩ながら大きな看板だけが特徴的である。ただし、看板には電飾や光霊飾は一切施されておらず、ライトアップ用のスポットライトが数個設置されているだけだ。

 比べて内装は、目五月蠅(うるさ)い程ではないが、結構凝ったものになっている。細やかな装飾とすり減った傷が着いた木製の家財は、暖かみのあるレトロな感覚を想起させる。天井で回っている扇風機も羽が木製で、元は建材か何かの板を加工したもののようだ。

 「店主の趣味なんだとさ」

 蓮矢は紹介しながら、客が疎らな店内を我が者顔で歩き、窓際の一席を占拠する。対して店員は素知らぬ顔をしているので、もう常連の域に達しているのかも知れない。

 少女達が席に着くと、店員が来るより早く、蓮矢はメニューを開いてオススメについて言及する。

 「まだ全部制覇してないが、地雷はないぜ。

 特に肉の煮込み料理が美味い。舌の上で(とろ)けるぜ」

 「ふむ。それではのう…」

 渚は数瞬指と視線をメニューの上に走らせた後、ピタッと一つのメニューを指し示す。

 それは、メニューの中で一番値の高い、牛の上等な肉を使ったトマトソース煮込みをメインに据えた定食である。

 「こやつを貰おうか」

 ニヤリと笑うと、蓮矢は嫌な顔をするでなく、楽しげに声を上げる。

 「おっ、流石は立花渚! お目が高いな!

 そいつは、値段が裏切らない絶品だぜ。オレも大のお気に入りだ」

 すると紫やヴァネッサも遠慮なく同じものを指差した。

 その一方で、アリエッタだけは別の料理――白身魚のマスタードソース和えをメインに据えた定食を指差す。値段は、この店のメニューでは中の上、といったところだ。

 「アリエッタよ、遠慮なぞする必要ないんじゃぞ?

 こやつはどうせ、このランチの代金も経費で落とすつもりなのじゃろうから」

 渚が諭すが、アリエッタはニコニコ笑って語る。

 「気にしないで。私って、こういう時は(あま)邪鬼(じゃく)なのよ。

 お肉の料理が良いってお店なら、魚料理はどんな味なのかなって、気になるのよね」

 すると蓮矢はパタパタと手を振って、やはり楽しげな様子で口を挟む。

 「大丈夫、心配することないぜ。

 肉の煮込み料理が美味い店ってのは本当だがよ、肉だけが取り柄ってワケじゃないからな。

 そいつも結構美味いぜ。ソースの味が病みつきになってな、皿まで舐めたくなるんだよ」

 「あら、それは楽しみです」

 アリエッタは一層ニッコリと微笑む。その上品で清楚な微笑みは、学生とは思えぬ大人の色気と抱擁力を醸し出す極上の表情である。

 蓮矢はその笑みの虜になり、一瞬我を忘れて頬を染め、アリエッタを呆然と見つめるばかりであったが。隣に座る紫に肘で(したた)かに突かれ、ハッと我に返る。

 「天下の"チェルベロ"の捜査員とは言え、所詮(さが)悲しき男よねー」

 毒気たっぷりの紫の一撃に、蓮矢は咳払いをしてなんとか気を変えると。手を挙げて店員を呼びつけるのであった。

 ちなみに、蓮矢が頼んだのは、白身魚をアーモンドとスパイスで風味付けしたソテーである。彼がまだ試したことのないメニューとのことだ。

 さて、料理が運ばれてくるまでの間。渚は机の上に両肘を着いて手を組み、その上に(あご)を乗せると、ちょっと警戒するように半眼を作って蓮矢を睨む。

 「さて…こんな大盤振る舞いをしおるからには、何らの腹積もりがあるのじゃろう?

 また捜査に協力しろ、とな?」

 対して蓮矢は屈託なく笑う。

 「気前が良いのは、生来の性格だ。お陰様で、後輩からの評価は上々なんだぜ。

 ちなみに、いくら"チェルベロ"所属だからって、ランチ代は経費じゃ落ちないさ。純然たるオレのポケットマネーだよ」

 「なんじゃ、規模の割にケチ臭い組織じゃな。

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)なんぞ、協力者への接待費用は経費で落ちるそうじゃぞ?」

 「ウチらは地球圏治安監視集団(エグリゴリ)みたいな収益モデルはないんでね。儲からないどころか、タダ働きだってザラさ。

 有り難~い支援者(パトロン)の方々が居なきゃ、とっくに破綻しちまってるね」

 「でも、あなたは沈む泥船と理解した上で、乗り続けてるんでしょう?」

 紫が嫌味ったらしく言うが、蓮矢は悪びれずにアッハハハ、と笑い飛ばして頭の後ろを掻く。

 「金なんて代物より、正義と信念に生きるのを(たっと)ぶバカだからな、オレは。

 でも、そんなバカも超異層世界集合(オムニバース)中から掻き集めると、結構な人数になるワケさ。だからこそ、我らが"チェルベロ"は存続できてるんだよ」

 

 ――ところで、先から"チェルベロ"という言葉が行き交っているが、その意について解説する。

 "チェルベロ"は話の内容から容易に推測できるように、組織の名称――正確には通称である。

 正式名称は『異相世界際刑事警察機構』。その名が示す通り、地球圏のみならず数多(あまた)の異相世界を股に掛けて活動する警察機関である。

 "チェルベロ"の通称は、この組織のトレードマークから来ている。制帽を被った3つ首の犬は、地獄において罪人を監視し罰する番犬"ケルベロス"をモチーフにしている。"チェルベロ"とは、旧時代の地球のとある地方における"ケルベロス"の古語の発音である。

 "チェルベロ"の主たる活動は正式名称が示す通り、犯罪の捜査と犯人の逮捕である。

 この職務自体は、大抵の都市国家に備わっている。市軍警察の刑事課がそれだ。しかも、市軍警察ならば軍事戦力を有する為、テロのような有事の自体に実行的な武力を(もっ)て速やかに対処することが出来る(部署間の縦割りが極端でない限りは、だが)。

 一方で"チェルベロ"は純粋な警察組織である。故に、軍事力は当然、それに準ずるような武力を有していない。

 それでも都市国家が"チェルベロ"を頼みにするには、幾つか理由がある。

 1つは、"チェルベロ"の有する極めて広大な情報ネットワークである。地球圏のみならず、加盟地域ならばどんな異相世界にも支部を持つ"チェルベロ"の情報網は、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)を遙かに(しの)ぐ。

 また、超異層世界集合(オムニバース)においてトップと称しても偽りのない捜査技術にも熱い視線が注がれている。軍事技術に一切関わりを持たない代わりに、ひたすら捜査技術の向上に尽力しているため、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)すら思いも寄らぬような魔術で事件の全容を速やかに解明することも多い。

 加えて、ハズレがないと評価して過言でない程のハイレベルな捜査官も大きな魅力だ。"チェルベロ"は軍事力を持たないが、捜査官自身は凶悪事件にも対応するため、高い自衛能力――というか、戦闘能力――を有する。彼らにテロ組織の摘発を頼めば、犯罪の詳細な流れ図とともに、勝手に組織の壊滅してくれることも大いにあり得る。

 暮禰(くれない)蓮矢は、"チェルベロ"の中でもベテランに分類される実力者だ。そして、渚達の対応からも分かる通り、星撒部と何度か接点を持つ人物でもある。

 

 「で、じゃ」

 渚が半眼になって、テーブルを人差し指でコツコツと叩きながら、逸れた話題を戻しに掛かる。

 「おぬしの気前の良さは充分分かったから、早よう本題を言わんかい。

 捜査協力の依頼なんじゃろ?」

 「いやいや。それは頼むまでも無さそうだからな。

 オレも渚ちゃん達も、目的は一緒だろうから。今回の事件の解決…そうだろ?

 だったら、自然と互いに協力し合う事になるだろうさ」

 渚は「むうぅ」と唸るものの、反論しない。事実、蓮矢の話は図星だし、合理性を考えれば協力する方が得な事は分かり切っている。

 「今回の用件は、情報交換さ。

 別に、渚ちゃん達から一方的に情報をもらうつもりはない。オレの方からも知ってる事は全部提供するよ。

 ランチの驕りは、まっ、オレの気前の良さのアピールって事にしておいてくれ」

 すると渚は、一瞬キョトンとした表情を作った後に。抗議するように表情を曇らせて、「はぁ!?」と声を上げる。

 怪訝な顔を作ったのは渚だけではない。他の3人の少女達も、顔を見合わせたり、眉根を寄せたりしている。

 その事情を、渚が代表して口にする。

 「情報交換も何も、わしらは今日入都したばかりじゃぞ!?

 症状を目にしたもの、さっきグエンと言う男を相手にしたのが最初じゃよ!?

 何を話すことがあると言うのじゃ!?」

 渚の劇的な表情変化を面白がるように蓮矢はクックッと笑い、それから咳払いを挟んで続ける。

 「何でも良いのさ。

 依頼者(クライアント)は何処の誰だとか、依頼内容の詳細だとか。今回の事件について知ってる事ととか。更には、さっき治療した時に感じた事、理解した事とか。

 どんな情報であろうと、事件の全容を形作るパズルのピースに成り得るからね」

 「ならば、おぬしから話すのが道理じゃろう?

 人から何かを聞き出す時には、まずは自分から手の内を明かす、というのは鉄則じゃ」

 渚にジト目で睨まれるが、蓮矢は両の掌をパタパタと振って断る。

 「オレの話を先に聞いて、変な先入観が吹き込まれちゃ困るんでね。

 すまないが、そっちから話してくれ。

 大丈夫、大丈夫。オレは聞き逃げなんてしないよ。もしもやったら、"チェルベロ"に名指しで抗議してもらって構わない」

 渚はジト目のまま、暫く蓮矢を睨み続けていたが。やがて、手前に置いてあった水の入ったコップに口を付けてから、ため息を接頭語にして語り始める。

 「依頼主は、プランツワルド・レコード。先の被害者――グエンとか言ったのう――あやつが所属しておる音楽レーベル会社じゃよ」

 今回の一件について、星撒部は依頼主から特に守秘を言い渡されていない。故に"蓮矢の言葉を信じる"以上に、情報提供に対する(しきい)は存在しなかった。さもなければ、渚は正式な令状無しには蓮矢の願いに応えなかっただろう。

 「プランツワルド? 聞いたことないレーベルだな」

 「そうじゃろうとも。

 地球圏には進出したばかりじゃし、そもそも企業の規模も小さいからのう。所属世界においても、さほど名は知れておらぬ」

 「わたくしの出身世界と同じ宇宙に属しておりますわ」

 ヴァネッサが口を挟む。

 「但し、所属する銀河系が違いますけど。名前は今回の件で初めて聞いたくらい、無名の企業ですわ」

 「ほぉー。

 ってことは、アレか、"フリージア効果"への便乗を狙ってるクチってことか」

 蓮矢の言葉に渚が「ま、そういう事じゃ」と同意する。

 

 "フリージア効果"とは、プロジェスにおける都市国家規模の祭騒ぎの根幹を成している社会的現象のことだ。

 "フリージア"とは、女性ヴォーカリストを添えたゴシック・メタルのバンドの名称である。

 このバンドは当初、地球圏では"知る人ぞ知る"程度の認知度であり、評価は高いものの無名同然の状態であった。

 そんな彼女らを一躍有名にしたのは、女神戦争によって荒廃したプロジェスで開催した慰問ライブである。

 フリージアのメンバーが売名を目的としていたかどうかは、分からない。しかしながらライブは女神戦争で傷ついた者達の心に(ことごと)く響き、絶大な成果を上げた。

 同時に、フリージアが所属する音楽レーベル、シャンデリア・ミューズが地球圏に進出する足掛かりともなったのである。

 そんなフリージアにあやかって、慰問活動を足掛かりとした地球圏進出をする音楽レーベルを初めとしたクリエイター系企業の一連の動きは、"フリージア効果"と呼ばれるようになった。

 そして"フリージア効果"の聖地ともなっているのが、フリージアが地球圏で初めてライブを開催したプロジェスである。この都市国家には今や、毎日のように地球圏外からのクリエイターが訪れている。

 この効果がプロジェスに大量の外貨をもたらし、未だに地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の庇護下に入っていないにも関わらず、急速な復旧を遂げられる原動力を生み出している。

 

 「依頼主の企業から、このプロジェスに入都した音楽家およびバンドの数は57。

 その内、グエンと同じ症状に陥った者は36人。

 で、依頼内容と云うのは、患者全員を治療すると共に、これ以上発症する者が増えないようにして欲しい、というものじゃ」

 「そんで、君らが最初に訪問したのがグエン氏、ということで良いのかな?」

 「うむ。

 発症した36人の中でただ1人、殺人罪の嫌疑が掛けられておったからな。一番重篤な症状じゃろうと思うて、真っ先に()る事にしたワケじゃ」

 「警察が動いているとは思ったけど、まさか蓮矢のオジサマが居るとは想定外だったわ」

 紫が陰を含めた笑いを浮かべて毒づくが、蓮矢は微笑んでみせるだけで抗議したりしない。紫とも何度か面識があるためか、馴れている様子である。

 「で、看てみての感想は?」

 「部屋(あそこ)で話したじゃろ? あの通りじゃよ」

 渚は両肩を(すく)める。これ以上何を話せばいいのか、と云わんばかりの態度だ。

 しかし蓮矢は、テーブルの上で手を組んで身を乗り出し、促す。

 「情報を整理するつもりでさ、もう一度話してみてくれ」

 「むうぅ…」

 渚は唸りつつ、3人の同僚の顔を見回しながら、ポツポツと語り出す。

 ――症状の原因は、呪詛であること。呪詛の発生源は不明だが、緻密な構成から鑑みて、人為的である可能性が高いのではないか、ということ。グエンに見られた抑鬱症状や自傷行為、舌に開いた傷穴は全て呪詛に起因すること。そして、バンドメンバーの殺害に関しては、鑑識の結果待ちだが、呪詛によって行われたものであってグエンの意志が介在していないこと。

 「人為的である可能性が高いって話だがさ、もし術者が居るとすれば、どんな奴だと思う?」

 一通り聞き終えた蓮矢が口を開くと、星撒部の少女達は互いに顔を見合わせる。

 その内、真っ先に手を挙げて意見を出したのは、グエンの体から呪詛を引きずり出して見せたアリエッタである。

 「まず言えることは、相当に強い憎悪を持った人物だろう…という事ですね。

 ただし、憎悪は抱いているものの、殺意にまで繋がっているとは限らないと思います。

 むしろ、殺意は無いのかも知れません」

 「その意見には、わたくしも同意ですわ」

 ヴァネッサが小さく手を挙げて同意する。

 「犯人がもしも被害者に対して殺意を抱いているのなら、呪詛を掛けた時点で生命活動を停止させる事を試みるでしょう。

 あれだけの技術力を持った術者ですもの。術を掛けた時点で即死を成し遂げることは不可能じゃありませんわ。

 また、仮に殺意の対象が被害者だけでなく、不特定多数の人々だとしたら、やはり呪詛を用いて被害者の心理状態を操り、自爆テロを起こさせることも出来たはずです。

 なのに、それをしない…ということは、()えてやらなかった、ということだと思いますわ」

 「かと言って、殺意の無さは誉められたことじゃないですけどね。

 …むしろ逆に、もっと(たち)が悪いでしょうね」

 そう言葉を次いだのは、水を一口飲み下した紫である。

 「術者の抱いている憎悪というのは、"相手は憎いけど、殺すのは怖い"という類の腰抜けな思想じゃない。

 多分、"楽に死なれては困る、死ぬより酷い苦痛を与えてやる"…って云う、酷く性悪な思考でしょうね」

 3人の少女の意見に、副部長の渚は首をコクリとゆっくり(うなづ)けて、全面的に同意する。

 「うむ、わしも3人の意見に対して異論はない。

 ただ、わし個人の見解を加えるのなら…事象を()せる技術力と、性悪な思想との間に、どうにも齟齬(そご)と云うか…違和感があるのじゃ」

 「と言うのは?」

 蓮矢が興味深げにズイッと上半身を乗り出す。渚は腕を組み、むうぅ、と唸ってから語る。

 「率直に云えば…事件の首謀者と呪詛の術者は、別人かも知れぬ」

 「へぇー?

 そう考える根拠は?」

 蓮矢が聞き返すと、渚は鼻で苦笑し、腕組みを解いて肩の高さに手を挙げて首を左右に振る。

 「まぁ、女の(かん)というヤツの範疇を出ないのじゃがな。

 あれだけ天使に似せられる技術力を持ちながら、チマチマと病気に偽装させて陰険にいたぶる…と云うのが、どーにも繋がらんのじゃ。

 わしが術者且つ犯人ならば、パーッと派手に呪詛を都市国家(くに)中に振りまいて、行政部の尻にまで冷や汗かかせてやるところじゃからのう」

 「…お前さんが犯罪の道に進まなくて良かったと、心底思うよ」

 蓮矢は苦笑しながらコップを揺らし、大分小さくなった氷をカラカラと鳴らす。

 それが話題転換の合図だとでも言うように、アリエッタが事件に関する新たな感想を述べる。

 「もう一つ印象深いことがあります。

 それは、術者…もしくは、渚ちゃんが言うように首謀者…が、『現女神』に対して深い思い入れがある…ということですね」

 「そう考える根拠は?」

 一々突っ込む蓮矢に、発言者でもない紫がうざったそうに「チッ…」と舌打ちする。が、アリエッタは特に気にする様子なく、ほんわりにこやかとした態度を崩さずに答える。

 「『女神戦争』の経験者さえ誤解させるほど再現度の高い、神霊圧を模した怨場。それに、天使のように見える呪詛本体の姿形。

 ただ人を呪うだけなら、こんな凝った真似をしないと思うんです。再現するだけで手間もコストも相当掛かると思いますから」

 「なるほどね。

 じゃあ、アリエッタちゃんは、術者…もしくは、首謀者…は、『現女神』に対してどんな思い入れを持っていると思う?」

 アリエッタは下顎に拳の端を乗せて、「う~ん」と少し考え込んでから、視線を蓮矢に戻して答える。

 「2つのパターンが考えられると思います。

 1つは、『現女神』――いや、今回の場合は"元"と言うべきですかね――に対する、復讐心です。

 『女神戦争』の引き金になったのは、元々この都市国家(くに)を統治していた"夢戯の女神"である事には変わりませんから。彼女に罪を押しつけることで困らせてやりたい…と言うものです。

 …でも、これは可能性が低いでしょうね」

 「なんでだい?」

 蓮矢の問いに答えるのは、退屈げにコップの中身をチビチビ飲んでいたヴァネッサである。

 「やり口が回りくど過ぎますもの。

 わたくし達の知る限り、この件が発生したのは3週間前。それから今日に至るまで、全容が不明の状態ですもの。

 元『現女神』の方は最早、この都市国家(まち)の運営に携わっていないのでしょう?」

 「まぁ、その通りだ。

 …と言っても、『女神戦争』前から、傀儡みたいなもんだったらしいがね」

 蓮矢の答えにヴァネッサは頷きながら、言葉を続ける。

 「でしたら、彼女が今回の件の詳細なんて把握していないのではないかしら?

 すると、彼女が今回の件が自分を模した犯行であることすら把握していない可能性がありますわ」

 「…但し、わざと把握させないように策謀していない、という可能性を外した上での話じゃがな。

 まぁ、そんな策謀にどんな意味があるかは、分からぬがな」

 渚が補足として付け加えておく。

 蓮矢は「なるほど」と同意してから、再びアリエッタに振り返り、「で、もう1つのパターンってのは?」と尋ねる。

 アリエッタが可憐な桜色の唇を開く。

 「さっきのパターンとは真逆に、『現女神』に対して多大な敬意(リスペクト)を持っている、という可能性です。

 元『現女神』の方は力を失っていますが、犯人はそれを認めず…または、認めているものの、彼女の再起を求めて…神霊圧や天使といった『現女神』に(ゆかり)のあるものを用いているのかも知れません」

 「なるほどね。

 だが、それもさっきのパターンと同じ壁にぶつかるんじゃないか?

 やり口が回りくど過ぎる、って壁にさ」

 蓮矢の言葉に「いや、」と答えるのは、待つのに億劫(おっくう)な体を伸ばしてストレッチしながらの紫である。

 「もしも犯人の目的が『現女神』の再起を都市国家(くに)に――いや、世に知らしめるものだとすれば、今後規模を広げて起こす"お披露目"のテストを兼ねている事も考えられますよ。

 もしくは――被害者自体を呪詛で操作するなりして、一斉に何かをやらせるつもりだとか。

 こうなってくると、復讐ってよりは、『現女神』のリスペクトして再起を知らしめるという意味の効果が高いじゃないですか?」

 「なるほどなるほど。なるほどねー」

 蓮矢は数度頷くと、ニカッと笑う。

 「やっぱり、若くて頭の柔らかい学生は良いねー。常識だのセオリーだのと云った"根拠のない経験則"を根底にして考えを進めるような、都市国家(ちほう)の刑事に比べりゃ、随分と面白い見方をしてくれるねー」

 「…それって、"的外れをベラベラ喋ってんじゃねーよ"って云う皮肉ですか?」

 紫が険悪な顔つきでトゲトゲしい言葉をぶつける。すると蓮矢は両手をパタパタ振って言い訳する。

 「いやいや、トンでもない! 純粋に誉めてるのさ、君たちの事!

 お(かげ)様で、オレも自論に自信が持てて来たよ」

 そう語る蓮矢に、渚が片眉をピクリと上げて、半眼で睨みつける。

 「それで? もうわしらの話は充分じゃろう?

 今度はそっちが話す番じゃと思うのじゃがな?」

 「ああ、そりゃそうだな!」

 蓮矢はやはり悪びれず、自らの額をピシャリと叩く。

 「すまんすまん! 仕事柄、根堀り葉掘り話を聞くって態度が染み着いちまってね。こりゃ、魂魄まで染まりきっちまってるみたいだな! すまんすまん!」

 「謝罪は良いですから、早く話を聞かせて下さい。誤魔化して有耶無耶(うやむや)にしようとしてるみたいに見えますよ?」

 紫が渚以上に鋭いジト目で蓮矢を睨みつけると。流石の蓮矢もバツの悪そうな、苦笑とも苦悩とも取れるような奇妙な表情を浮かべる。

 それから、水の入ったグラスをヒョイと持ち上げて、かなり溶けた氷をカラカラと鳴らしながら、語り出す。

 「――まず、オレ達が知る限りでの発症者の数は、561人。ただ、調査が及んでいない箇所も多いため、その倍…いや、下手すると3倍もの発症者が居ると思われる。

 また、発症者の傾向だが、君たちが今さっき見たようなミュージシャンの他にも、ダンサーや大道芸のパフォーマー、手品師なんかも居てな…」

 

 …と、語りかけた矢先。キュルキュルキュル、と軋む金属の音と共に、木製のワゴンを引いたウェイトレスが渚達のテーブルの前にやってくる。

 「お待たせしました~!」

 大輪のタンポポを思わせるような元気で明るい笑顔をニッコリと浮かべて、ウェイトレスは挨拶するが早いか、テキパキとワゴンの上に乗せられた料理をテーブルの上に並べてゆく。

 思慮深く繊細な話題を続けるにはそぐわない、綿毛に包まれたようなマッタリした和みの雰囲気が辺りに漂う。

 その雰囲気はウェイトレスの間延びした可愛らしい声だけでなく、テーブルの上に並べられてゆく料理から発せられる、湯気と共に立つ香しい旨味からも文字通り漂ってくる。

 「こちら(牛肉のトマトソース煮込みを差す)、大変お熱くなっております。お気をつけてお召し上がり下さい~」

 ウェイトレスは歌うように注意を口にすると、キュルキュルキュル、とワゴンを引いて奥へと引っ込んでゆく。

 残されたテーブルの上の料理に対して、ゴクリ、と大きな音で固唾を飲んだのは、渚だ。

 「…ちょ、ちょっと腹ごしらえしてから、続きを聞こうではないか?

 のう?」

 今にも(よだれ)が溢れんばかりの唇を動かして、3人の同僚に同意を求めると。アリエッタと紫は即座に、ヴァネッサは溜息を挟んでからゆっくりと、首を縦に振る。

 すると蓮矢もニッコリと笑って首を縦に振り、便乗して同意する。

 「だな!

 これからまた、頭脳労働する事になるからな! 脳ミソにたっぷり栄養をやっておかなくちゃな!」

 

 かくして4人の美少女と"チェルベロ"は、声を合わせて「いただきますっ!」と語ると、各々の料理に向かうのだった。

 

- To Be Continued -

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