ダイス目で神にも魔王にもなれる世界
この世界はダイス目が人生の全てを握っている。
そこに努力も何もなく、とにかく何においてもダイスを振れば何とかなる世界である。
こうなったのも全て新しい神様のせいだ。
どうやら違う世界からきたらしいその神様は、この世界の皆にドキドキを与えたいと、ダイスにそんな力を付加して下さった。
努力しなくても何とかなる世界。そんな世界にドキドキなどないと神様が気づくのは、それから直ぐの事だった。
そしてそれが犯罪に利用される事も増え始めてきた今日この頃。
わたしにもその魔の手が忍び寄ってきた。
わたしはダイス目により、半年前から予約をしていた、数量限定『虹色クリスタルダイス付ノベリスタ・ファンタジー』と言う、卓上ゲームをダイス目で横取りされたのだ。
ノベリスタ・ファンタジーとは最大で4人から5人で遊ぶゲームで、それぞれが自分が創作したキャラクターになりきって、提示された物語を遊ぶと言うものだ。
そして遊んだものはその名前通り、本当に『本』になって現れる。
例えば創作キャラクターではなく自分自身をキャラクターに登録しても良い。
物語次第ではあるが、自分自身が創作上で王子と結婚したり、姫とラブラブな関係になったり、竜を倒したり、はては国王になったりする本を生み出す事が可能なのだ。
酷過ぎる内容はマイルドに修正されるが、遊び方によってはある意味自分だけの夢の物語が出来上がる。
ちなみにやりようによっては一人でも遊べる。
物語の進行役とキャラクターを全て自分がやらなくてはならいあので相当時間が掛かる上に大変だが、不可能ではない。
理想の物語を作るならばそちらの方が確実である。
その事からも幅広い世代に人気があるが、これはいわゆるマジックアイテムの類の物である。
元々の値段も相当だが、さらに虹色クリスタルダイスというオプションまでついている。
この虹色クリスタルダイスとは、虹色に輝く本物のクリスタルを加工した六面ダイスだ。
さらに値段は張るが、それでも予約は一瞬で売り切れた。
言葉通り瞬殺だった。
ダイスを使う余裕もない程のコンマ一秒レベルの勝負にわたしは打ち勝った。
そして商品の予約注文を勝ち取ったのだ。
勝ち取ったは良いものの、受け取る際にお金がなければ始まらない。
わたしはこれを手に入れる為に毎日毎日出来る限りアルバイトをした。
あの引きこもりの子が頑張っていると母が喜んでいた。
お前も成長したんだなと父も喜んでいた。
多少、いや、かなり申し訳なく思う。
そんなこんなでわたしは目標金額を貯め、数量限定限定『虹色クリスタルダイス付ノベリスタ・ファンタジー』の発売日を迎えた。
その時だ。
悪知恵を働かせた奴が、配達を間違う可能性を対象にダイスを振ったのだ。
運悪くその結果がわたしへと向かった。
わたしが心の底から、いや、魂の底から楽しみにしていた数量限定『虹色クリスタルダイス付ノベリスタ・ファンタジー』は、見知らぬ誰かの元へ届いた。
発送連絡が来てもちっとも届かないのでおかしいなと発売元に問い合わせたら、すでに代金は支払われた上に、悪知恵を働かせた者はどこかに逃げたと言うではないか!
神様は何故そんな適当なダイス振りを承認したのだ。
それを聞いたわたしの落ち込みようは酷かったと母は言っていた。
クビをつきつけられて酒におぼれ、嫁と娘に愛想をつかされ、人生の全てを失ったかのようなサラリーマンの顔をしていたと言う。
母がそれをどこで見たのかは詳しくは聞かなかったが、父がそっと目を逸らしたのを見ると無関係ではないような気もする。
悔しかった。そして悲しかった。こんな結末の為にわたしは頑張って来たのではない。
数量限定『虹色クリスタルダイス付ノベリスタ・ファンタジー』のおかげで、わたしは引きこもりの生活から抜け出せたのだ。
大粒の涙がボロボロと目から零れ落ち、布団を濡らした。
何も起きなければ、きっと今頃わたしは王子様と(想像上で)キャッキャウフフのラブラブだったのだ。
わたしと王子様の物語をどうしてくれる。
三日三晩泣き続けたわたしは、ある日ぼんやりと夜空を見上げた。
まるでわたしを笑っているかのように、輝く満月だった。
「こんな世界だから……」
月までわたしを馬鹿にしているのかと思っていたら、口からするりとそんな言葉が出てきた。
そしてわたしは自分の言葉に目をパチパチと瞬き、口を押さえる。
「こんな世界だから……?」
わたしはハッとして立ち上がった。
そうだ、こんな世界だから行けないんだ。
ダイス目で全てが決まるような世界になったからいけないんだ!
わたしは立ち上がりリュックサックを引っ掴んだ。
リュックサックの中にダイスと財布と預金通帳、着替えに下着に、その他諸々を詰め込んで部屋を飛び出す。
「あら、どうしたの?」
夕飯の支度をしていた母がわたしに気が付いて声を掛ける。
その表情にはようやく娘が元気になったのかと安堵する色が浮かんできた。
母の笑顔と一緒に刺激的なカレーの良い匂いが漂い、わたしの鼻腔をくすぐる。
「お母さん」
「うん?」
「わたし、神様になってくるから!」
そう宣言してわたしは家を飛び出した。
ダイス目で全てが決まるならば、神にでも魔王にでもなれるはずだ。
わたしから数量限定『虹色クリスタルダイス付ノベリスタ・ファンタジー』を奪った世界なんて、根っこから変えてやる!
わたしは力強く地面を蹴り、世界の果てに向かって駆け出した。
神様に喧嘩を売る為に。
「あの子大丈夫かしら?」
「三日で帰って来るんじゃないかな。でも元気になって良かったね」