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対面と対話

「今取引してる八百屋のにいちゃん、料理人だったんじゃないかなぁ。こっちの気持ち、すごくよくわかってくれるし、野菜もさ、見栄えのするのどんどん持ってきてくれんの」


 三保大雅(ミホタイガ)は取材で訪れた店の、野菜の話を聞いて胸が躍った。かつての自分が喫茶「アポロン」で野菜を中心としたメニューを考案したこともあって、野菜にこだわる店にはつい一目置いてしまう。


 あの頃の三保にもお気に入りの農家があった。自分の店の野菜は絶対あそこがいい、と何日も通ってようやく口説き落とした。ただ店が立ち行かなくなり、注文を停止するしかなくなった時は結局挨拶にも行けなかった。今ではもうその畑はなくなり、マンションが建っていると聞く。それを知った時、三保はますます戻れないという気持ちを強めたことを今でも鮮明に思い出す。


 もう一度店を出そう、トライしてみよう。

 アポロンを手放すと決まった時、店を譲ってくれたばあちゃんにもそう誓った。ただ、そのばあちゃんが亡くなり、ライターとしてぼちぼちやれるようになってからは、そんな情熱はしぼんでしまった。経営は難しい。その怖さを知っていると逆に一歩が踏み出せない。気軽に店をオープンしていく人たちを見ていると、自分は損をしているのかもしれないという思いに囚われることはあった。時には、失敗してもいいからとにかくやってみたらいいじゃないか、と半ばヤケになって自分を奮い立たせることもある。ただそのたびに言い訳をしていたら、ついに諦めの方が先に漏れ出るようになった。


「ああっ、もうこんな時間か。まずいなぁ」

 娘と一緒に店を切り盛りする父親の方が、真っ白になった頭髪に手をやって「参ったな」と繰り返し始めた。

「この後もう1人取材したいっていう人がいるんです。お父さん喋りすぎるから」

 娘の方は父親に対応を任せたきり、仕込みに忙しく立ち働いていたが、ちらりと壁時計に目をやって文句を投げてきた。

「取材続きとは、人気のお店の証拠ですね」


 三保は雑誌の特集記事に合わせて店をピックアップするのだけれど、ニューオープンの店は注文度が高いため、取材がかち合うことは珍しくもない。その中でどういう切り口で店を紹介するのかは、それぞれの手腕にかかっている。三保は一通り記事の構想が固まってきたので、そろそろ退散することにした。

「こんにちはー、今日はよろしくお願いします〜」

 快活そうな女の声に視線が引き寄せられ、三保はその美貌に呼吸が止まった。


 そうか、ナビゲーターの取材だったのか。


 にこやかに店内に入ってきたのは、いつぞや写真で見た女、週間ナビゲーターのグルメリーゼに違いなかった。写真は数年前のものだったはずだけれど、その美貌は全く衰えていない。

「週間ナビゲーターの藤堂(トウドウ)です。この度はありがとうございます」

 ハキハキとした物言い、歩き方と、身のこなし、弾むようにしなやかで美しい。

 父娘の顔に緊張の色が浮かんだのは、グルメリーゼの噂を聞いているからに違いない。

「では、ありがとうございました」

 三保は半分はグルメリーゼこと藤堂奈津(トウドウナツ)にも聞こえるように父娘に声をかけた。奈津のふっと振り返った視線が、三保の姿を捉える。軽く会釈しながら、瞬間迷って名刺を差し出した。


「今、取材を終えたところです。月刊ウマイモンの三保ともうします」

「三保さんって、あの・・・」

 藤堂奈津の表情がパッと華やいだように見えたのは自分の思い違いだろうか。

「いつも記事楽しみにしています。何というか、三保さんの批評は参考になります」

 あのグルリーゼに参考になると言われてもあまり実感はないけれど、しみじみと三保の名刺を受け取る藤堂奈津の態度には嘘は感じられない。

「藤堂さんって、あのナビゲーターのグルメリーゼさん、ですよね?」

「あ、ええ。はい。ご存知でしたか」

 同業者の反応が必ずしも良くないのか、奈津は曖昧に濁してきた。話をしたい名残りを抱えたまま、三保は店を後にする。


 会社に戻ってからも、三保の記事はなかなか進まなかった。コーヒーを買いに行き、おやつを買いに行き、何度も真瀬(マセ)から笑われる。

「絶不調じゃないの、三保ちゃん〜」

 グルメリーゼがどんな記事に仕上げるのか、同時に取材しただけに気になって仕方がない。三保はポケットから受け取った名刺を取り出し、記載されたメールアドレスを打ち込んだ。いや、何を言うつもりなのか自分は。三保は頭を抱える。ただ、奈津の好意的な態度はずっと頭から離れない。

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