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自信と自覚

 三保大雅(ミホタイガ)は、人の流れが落ち着いたランチタイム後の店内で、「グルメリーゼ」という単語を聞いた。

 ふっと意識を巡らせると、店内で話をしている男2人からそのワードが発せられているらしい。向かい合ってコーヒーを飲んでいる男のうち1人が「あのグルメリーゼだって言うからさ、速攻断ったよ。店のためにならないだろう。あいつ勝手に取材受けちゃうんだもんなぁ。参ったよ」と愚痴る。

「けど、共同経営してんだったら、そういうのもみんなの意見聞くんだろ?何で勝手に取材受けてんの」

「あいつ料理の腕はいいんだけど、経営のことまるきりわからないからさ。ただ、ある程度は自分で判断していいよって言ったら取材勝手に受けちゃうんだもんなぁ、反則だよ」

「彼女、美人なんだろ」

 軽薄に話題に乗っかってきたのは、この店のオーナーらしき男で、店に来てからずっと座りっぱなしで、無駄話に興じている。

「美人でも何でもいいよ、とにかく勝手に取材受けちゃうのが問題だっての」

「で、どうだったの。評価は」

「もちろん、好評価だったさ。だから掲載を承諾しろだと。あっちも締め切りなんかがやばいんじゃないのー?」

 ははっと乾いた笑いの後で、店のオーナーが「いいなぁ、俺んとこ来ないかなぁ。ビシバシ批判されてぇよ、そんな美人なら」とうっとりした声を吐く。


 三保は食後のまずいコーヒーを飲みながら、飲み物はイマイチ、スープはうまいがぬるい、ハンバーグは手こね、米は上等と取材メモに書き記しながら、先ほどからグルメリーゼのことで愚痴っている男の店はどこだろうと思いを巡らせる。

「酷い店は外観も載せてもらえないってことなんだからさ、掲載してもらえよ」

「まぁ今回は内容が内容だったからいいってことにしたけどさ」


 三保はコーヒーを飲み干して、掲載保留の判断を下す。ここに来る前に目を通したバイト情報誌で、この店のシェフ募集の記事を見てしまったからだ。料理人が変わればまた味も変わるかもしれない。それを待ってからでもいいだろう。


 グルメリーゼのやり方には反感を覚えることも多々あるけれど、料理に対する情熱は一定の評価に値すると感じていた。ただ、あまりにもあっけらかんと腹の中を見せるので、もう少し評論される側のことも考えてやって欲しいと三保は思う。

 舌の感度に自信を持つのはいいけれど、それを傲慢に振りかざしてはいけない。そんな風に三保は考えていた。


 今でも時々考える。当時の恋人がもっと料理や食事に対する感覚が自分に近い人間だったら、自分ももうすこし彼女の意見を取り入れる気になっていたかもしれない。ただそれも、自分を振った彼女への負け惜しみなのだと思い当たると、途端に自分の情けなさが身にしみる。


 三保は立ち上がり、会計を済ませた。ちらりと視線をやった先には、自信が服を着たような男がふんぞり返っていて、グルメリーゼが苦心して記事を書くような店を経営しているとは到底思えない。


 ただ、自分も料理だけ作っていた頃はあんな感じだったかもしれない。自分の味覚に自信があり、コトは順調に進んでいたのだ。自分に対する評価は高かった。

 クーポン付きマガジンになど掲載する気はさらさらなかったし、コーヒーチケットも古臭いからと導入しなかった。店のチラシも業者は一切信用できず自分でパソコンを駆使して仕上げていたし、他の店のことは腹の中でけなしていた。

 彼女にも表面では歩み寄っていたけれど、肝心なところでは受け入れていなかったのだ。意見されたことに従うフリをして、本当にこれでいいのかと常に自問していたし、少しうまくいかなくなると途端に反感が湧いて出た。


 たかが素人の意見に振り回されて、何をやっているのだ、と。


 最後には「もっと自分らしい店にしてもいいんだよ」と言われ、プツンと何かが切れる音がした。

 お前が言ったんだ。こうしろああしろって。


 決して口には出さなかったけれど、全身で不平不満を発していた。もうその頃にはどうしていいのか自分でもわからなくなっていたのだ。はっきりと後悔が身に染みて痛い。その痛みに、ひたすら苦しんだ。

 もしかして今なら、もうすこし冷静な判断ができるようになっているかもしれない。一人暮らしゆえに自炊はするよう心がけているし、自分の作るものには今でも自信がある。外食して美味しいと感じたものは、まず作ってみたいという感情が湧いてくるのだ。それはまだ三保が自分を料理人だと自覚する唯一の瞬間だった。


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