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回想と後悔

「やられましたよ、グルメリーゼ。あんな美人にあんな酷いこと言われるとは」


 カウンターに腰掛けた男は、オーナーの泣き言に苦笑いしている。客である話し相手の方もどうやら同業者らしい。


 三保大雅(ミホタイガ)は、バターが強すぎるサーモンのムニエルを口に運びながら、この店はもうグルメリーゼの餌食になったのかとため息をついた。グルメリーゼの担当記事は欠かさず目を通しているから、おそらくこの店は「掲載を遠慮された」ほうなのだろう。そう言えば、

『本当に洋食を学んだ人間が作っているのだろうか。たかがカフェ飯、されどカフェ飯。これほどバランスの悪い味付けをしていては、おしゃれカフェの名が泣く』

 という記事がつい最近掲載されていたが、この店のことだろうか。三保は先ほどから気を配って探し続けていた「この店の褒めどころ」が急に色あせてきた。グルメリーゼが一刀両断した評価は確かに当たっている。


 グルメリーゼの視点は完全に客目線であって、それは雑誌を手にする側に立っていることは間違いない。ただその舌は敏感すぎて、少しの過ちも見逃さない鋭さに満ちていて、三保は読んでいて気疲れしてしまう。素人にはその鋭い切れ味は、爽快に映るのだろうが、つい店側の様々な言い訳が頭を巡ってくる。


「まぁでもただの大衆紙の評価だろう。そんなに落ち込むこともないだろう」

 店主を慰めるカウンターの男は、見た目はおしゃれでスマート。慰める方もされる方も、この空間にすっぽり馴染んでいて、お互いの趣味を正しいと信じるためだけに友達でいるように見える。

 ただ、料理人は変えたほうがいい。味のバランス感覚がない奴は、いくら学んでも上達しない。

 ここまで熱く思いを巡らせてふと、三保は「偉そうに言えるかよ、この俺が」と自己嫌悪に陥った。


 かつて三保が祖母から譲り受けた店「アポロン」はその名前も引き継いで、古き良き建物の味を壊さないよう、内装にも気を配った。軽薄な店にはしたくない。みんなから長く愛される店、そういうものがやりたかった。

 当時ではあまりなかった、珍しい野菜を集めたサラダボウルを自家製ドレッシングで和えたり、野菜を蒸したものにゴマ味や醤油、味噌などをあしらったソースを三種類つけ、豆腐をアレンジしたプリンをデザートにするなど、素材を追求したヘルシーなメニュー作りに苦心した。

 確かに自己満足にやや偏っていたかもしれない。ただ、三保は今でも自分のやろうとしていたことは間違いではなかった、と自負している。けれど、当時はそこまで強くはなく、結婚を意識した女性の存在もあり、自分の理想に若干の揺らぎが生じたのは確かだ。


「こう言うレトロな喫茶店だったら、もっと洋食っぽいメニューの方が合ってると思うよ。ハヤシライスなんてすごくいいと思うけど」


 賄いとして作った料理を絶賛され、調子にも乗った。そこまで言うなら、とあっさりメニューに加え、思いの外それが良く出た。さらにレベルアップしようと閉店後に試行錯誤していたら、「いつも仕事ばっかりで全然デートできない」とゴネられ、「今でもすごく美味しいんだから自信持ちなよ」と微笑まれると何も言えなくなった。

 内装も昔ながらの喫茶店の良さを大事にしたかったけれど、彼女が持ち込んできたヨーロッパ調の飾りなどが面積を大きく占めるようになり、一気に女らしい仕上がりになる。しまいには「野菜にこだわってるのはわかるけど、満腹感の割に高いのよね」と意見されると正直揺らいできた。メニューの手直しをしていくうち、いつの間にかまるで理想とは違う店になっていた。


 情熱が薄れ、彼女との仲が険悪になるにつれ、店の売り上げも右肩下がりになっていく。ランチの値段を下げ、食後のコーヒーを無料にし、おしぼりなどのあらゆる備品の質を下げてもなお、負のスパイラルはとめどなかった。


 今考えてみたら、野菜料理をメインにするには、店の雰囲気とはズレがあったし、彼女の言うことも最もな部分が多々あった。ただ和解することなく、結局「アポロン」は2年で立ち行かなくなった。店を手放し、気付いたら彼女もいなくなっていた。

 三保は今更に思う。もうすこし冷静に自分の理想と店のイメージを固めておくべきだったと。そして圧倒的に三保に足りなかったのは、全体を見渡す高い視点だった。美味しいものを作っていればそれでいいと思い込んでいたのだ。

 アポロンには今でも未練はある。ただ三保はいまさら評価される側になることが、想像つかない。店の経営は単に舌に自信があるだけではやっていけないのだ。

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