グルメリーゼとウマイモン
「うひょ、また攻めるねぇ、グルメリーゼは」
真瀬がそばをすすりながら、傍らに置いた”週間ナビゲーター”を読んでいる。毎週発売されるその雑誌には、人気のグルメページがあり、担当のうち「グルメリーゼ」を名乗っている方がズバズバ書くことで有名だった。
「お店のことを考えて、店名、外観は伏せてお載せします、だってさ。取材交渉してんだろ?これじゃあ店も浮かばれないねぇ」
三保大雅は、真瀬の言葉を気にしつつも、目の前のそばに集中していた。真瀬のように、片手間に食事をするということがどうしてもできない。そばを打ち、提供している店主のことをつい考えてしまうのだ。飲み物はいい、ただ食事の時はその作品に集中して欲しい、とは作り手側のエゴだろうか。
「そういえば、このグルメリーゼ、結構美人らしいぞ。業界じゃもうすっかり面が割れてて、取材拒否する店もあるらしい」
三保の集中力に構わず真瀬のおしゃべりは止まらない。中途入社同士、何やかやと気が合ってよく一緒にランチをするので、真瀬の方も慣れたものだ。
「でもさ、店の方も掲載された時は嬉しいだろうなぁ。あのグルメリーゼが認めた店!なんて貼りだしたら客増えそうだもんな」
最後の一口のそばをすすり、蕎麦湯を注文してようやく、三保は真瀬の傍らの雑誌を手にした。そばは悪くないけれど、ツユはいまひとつで、ネギもパサついている。頭にメモをすることも忘れない。
「高い有機野菜を使っているが、調理法にはもう少し工夫が必要だろう。ランチ時は忙しいかもしれないが、パサつくほど前に野菜を洗うのは厳禁、か。ベジタリアンのモデルがプロデュースしてる店かな」
「確かにベジカフェって書いてあるけど、よくそれだけでわかったな」
「まんまだもん。俺の印象と」
「へぇ取材済みか。お前は何て書いたの?」
「店内に降り注ぐ太陽と緑あふれる内装もご馳走の一つ。オーナーこだわりの食器とともにご堪能ください、だな」
「ぶはっ、野菜に全く触れてねぇじゃん」
「いいんだよ、でかでかとオーナーの名前と有機野菜のカフェって題名つけといたから」
三保がライターとして在籍しているグルメ雑誌「ウマイモン」は女性をターゲットにしているので、紙面は全体的にポップなイメージにしている。マイナスポイントは見ないふりをして、必死でいいところを探す。そして三保は店側の努力や事情も自身の経験からなるべく察してやりたいと思う。対してグルメリーゼは正直さをウリにしているのかもしれないけれど、こき下ろした店の店名や外観写真を掲載しないという逃げをやってのけている。これはどう見てもずるい。
週間ナビゲーターは芸能人のゴシップやスクープなどを得意とする大衆紙で、グルメを売りにしているわけではないからそこにポリシーなどないのかもしれないけれど、同じグルメ担当のライターとしては、グルメリーゼのこのやり方には賛成しかねる部分が多い。
「そう思うと、お前の記事はまだ愛があるよなぁ」
「愛というか同情と言うか」
真瀬の専らの担当は市販されているお菓子全般で、新製品が出るとかならずチェックしている。今月号のテーマは「ビールに合うつまみ系スナック」だそうで、デスクの上がパーティー状態だ。「ノンアルコールビールじゃ全然盛り上がらないけどな」と愚痴りながらも、楽しそうだ。
「無理に褒める必要ないけど、不満解消みたいにただけなす必要もないと思う。それじゃ素人ブログと同じだからな」
あの辛口日和のように。
「お前、そういえば、さっき美人とか何とか言ってなかったか?グルメリーゼ」
「やっぱり興味ある?もう飲食業界じゃ結構有名らしい。すごい美人で、誰もがこれがあのグルメリーゼか、ってショック受けるんだってさ」
「顔に似合わず辛辣、か」
美人の美食家か、一度は会ってみたい気もする。と三保は軽薄なことを思う。
「写真、送ってもらったけど、見る?」
真瀬のいたずらっぽい眼差しに抵抗を感じるけれど、三保は結局降参した。
「もしかしてこの先会うかもしれないしな」
「正直に美人を拝みたいって言えよ」
真瀬が笑いながら、スマートフォンをこちらに向けてきた。そこには目鼻立ちのくっきりした美人が写っている。
「数年前の写真らしいから、もうすこし年食ってるな今は。藤堂奈津って名前だって」
向けられた写真の女は確かに美人だけれど、眉のアーチが気の強さを象徴していた。この女がどんな顔をして食べ歩いているのか三保は俄然興味が湧いてきた。