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辛口の正体

『弊社の雑誌で食べ歩きの記事を書きませんか』


 突然のメールに藤堂奈津(トウドウナツ)はしばらく固まった。本文には三保大雅(ミホタイガ)の記名がある。

 まいったな。奈津は気まずさと恥ずかしさに一旦ノートパソコンを閉じた。いつも「辛口日和」はスマートフォンからアップしているのだけれど、メッセージは仕事で使うパソコンにも飛ぶように設定してあった。

 腕を組んで、天井を見上げる。当たり前だけれどそこには答えなど何も書いていない。


 辛口日和をスタートさせたのは、正直になりたいという素直な願望から来ている。ライターになりたての頃は多少誇張した褒め言葉を使うこともあった。グルメライターとしては駆け出しで、まだ自分の腹の中まで見せるには躊躇があったのだ。褒めるということは案外簡単だ。けなしたり、厳しい意見を吐くよりもずっと。

 奈津は本音とのバランスを取るように「辛口日和」をスタートした。ここでは飾ることなく、思ったことをはっきり書いてみた。そうしたら記事の方も徐々に毒が入るようになり、それにつれて人気が出始めたのだ。


 ただ、欠点を指摘する行為は底なし沼で、注視しすぎると深みにはまる。やりすぎてしまう前に、辛口日和で発散していた。膨大な数の素人の戯言に埋もれ、自分の毒は薄まる。やがてグルメリーゼは辛辣な意見が爽快というキャラクターに落ち着くようになり、「辛口日和」で思い切り書き連ねて、そこから推敲していくということも珍しくなくなった。


 三保がこのブログを読んでいたなんて知らなかった。奈津は昨日買ったばかりの「月刊ウマイモン」を手に取る。今月号からタイトルのフォントもレイアウトもリニューアルされた。噂によると、編集長が変わり大幅にテコ入れされたということだった。中身を見ても、三保らしくないコメントが並んでいる。

 昨日、一通り目を通して三保に連絡を取ろうと思った。けれど、前回会った時の気まずい空気を思い出すと何となくその気持ちも無くなる。まだ料理に未練があるのだろうという奈津の意見に、

「未練があるかどうかなんて関係ないでしょう。あなたみたいに、何でもバッサリってわけにはいかないんだ」

 三保はそう言ったきり、古い傷を隠すように押し黙った。奈津は、もしかしてあそこまで葉山を追い込んだのは自分なのだろうかという想いに捉われる。自分はただ、必死に葉山のことを考えて道を選んできたつもりだったのに、振り返った道が急に色褪せてくる。


 葉山(ハヤマ)が未だに奈津に何も言ってこないのは、困っているからかもしれない。将来を約束したものの、それどころではない状況になり、はっきりできないまま時間だけが過ぎていく。その中で、自分の為だとこれ見よがしに料理にまつわる仕事を見つけてきた女を、ただ残酷に捨てられないだけだとしたら。ただあまりにも時間が経ち過ぎていた。もっと早く、彼を解放するような言葉を自分は言うべきだったのかもしれない。


 奈津は吹っ切る様に、パソコンを開く。


 三保様。メール拝見しましたがお断りします。わたくしはすでに他誌で連載を持っております。


 何度か文章を書きなおし、時間をかけたのちに、奈津は腕を組んで全体を見渡す。

 そして自動的に着く署名機能の「藤堂奈津」をそのままにして送信した。



「葉山さーん、こんにちはー」

 大声で叫ぶ声にひょいと頭を出すと、野菜のツルたちの合間に、麦わら帽子が歩いているのが見えた。

 ああ、そうか。

 葉山の野菜を使いたい、と連絡をくれた人と畑で待ち合わせていたのだった。

 葉山はそっと腰を伸ばして、麦わら帽子の方を見る。手を振っているのは、丸々と太った若い女でいかにも美味しいものが大好きという顔つきだ。思わず微笑む。

「ここの畑すごいですねっ、野菜たちが光ってます!」

 女がウキウキした顔に変わるのを見て、葉山はこの子とはいい付き合いになるだろうと予感した。その女は峰野(ミネノ)と名乗り、バーニャカウダと野菜パスタの店を計画中だと言う。

「ここの野菜はパワフルで、こう向かってくるみたいに力強いです!!」

 よく動く手は白くて丸くて美味しそうだ。

「ええ、美味くなれーって作ってますから」

 葉山の言葉に、峰野はにっこり微笑んで一枚のチラシを差し出す。

「店名は、ベジミネですか」

「はい、ベジタブル峰野でベジミネ。ちょっと単純すぎますかね」

 女につられて葉山も笑った。

「あ、葉山さんって笑うとかわいい」

 峰野の笑い声が、野菜を揺らして空に溶ける。葉山は久しぶりに飛行機雲を見た。


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