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ランチデート?

「一度ランチでもいかがでしょうか」

 藤堂奈津(トウドウナツ)からの突然の誘いに、三保大雅(ミホタイガ)は心臓がどきりと波打った。こんな気持ちは何年ぶりだろう。


 平静を装いつつ、三保は待ち合わせ場所のコーヒースタンドでカフェラテを飲む。何を格好つけてラテとか注文しているのだ。いつもの三保なら、必ず期間限定の新製品にするところだけれど、今日は気取りたい。

「こんにちは。時間ぴったりですみません」

 藤堂奈津のよく通る声が現れた時、三保はどう答えていいものかと躊躇する。

「いや、自分も今これ注文したとこで」

 もごもごと口の中で言い訳めいた言葉を咀嚼していると、奈津が「つい、期間限定の注文してしまうんですよね。前と同じもの飲むと損した気分になっちゃって。だめですねぇ」と手の中の「いちご豆乳スムージーラテ」を見せるのでつられて自分も笑った。


「急にお誘いしてすみません。この前お会いして、これまで文字だけでしかなかった人が、急に立体的になって、親近感と言いますか」

「読んでくださってたんですか。自分の記事」

 三保は、事前に出所不明の写真で藤堂奈津の顔を確認していたなど到底言えない。

「はい、すごい参考にしてます」

「いや、そんな。藤堂さんこそ、毎回切れ味抜群のコメントで感心しています」

「この女キツいなぁ、って正直に言ってもいいですよ、怒りませんから」


 奈津は太いストローから、ピンクと白の混ざった硬い飲み物を吸い上げた。その唇がキュートで思わず視線が吸い寄せられる。

「実は、三保さんって私の人生にすごく関わっているんですよ」

 そう言って向けられた奈津の瞳に、三保は視線を咎められたような気になる。

「人生って」

「ごめんなさい、いきなり。でもちょっと感動してるんです、あの三保さんだと思うと」

 どうも会話のテンションがつかめない。奈津はライターとしての自分に何か並々ならぬ感情を抱いているようだ。



「で、何。好きですって告白でもされたのか」

 真瀬(マセ)が呆れ顔で三保を眺める。

「そんなわけないだろう」

「おノロケにしか聞こえないぞ、いまのとこ」

 真瀬は椅子の背を抱きかかえるようにして、上体を前後に揺らす。その度に事務椅子の背がキィキィと音を立てた。

「何か、昔自分が書いた記事で、彼女の知り合いが自信持ったって」

「お前の記事ってことは飲食関係の人?」

「知り合いって言うか、恋人じゃないかな」

「何だ、グルメリーゼって男いるわけ?」

 がっかりしたように立ち上がる真瀬に苦笑しながら、三保は奈津との会話を反芻する。



「感動って言われると何だか恥ずかしいな」

「三保さんは覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私が昔働いてた店の野菜のムースを、三保さんがイチオシに取り上げてくださって。地味なメニューがそれで看板メニューになったんです。それってすごいなぁって」

 これが本当にあのグルメリーゼだろうか。三保は苦々しく感じていた彼女の記事と目の前の女とが一致しない。

「その料理人、地味にコツコツってタイプの人だったからそれが自信になったっていうか」

 妙に近しい物言いに戸惑っていると、

「その料理人の彼、知り合いなんで」

 と言い訳するように付け加えた。


「私、何だかんだで仕事どうしようかなって思ってた時、三保さんのあの記事のことが浮かんだんです。それでグルメライターになったようなもので。ね、人生に関わってるでしょう?」

「そう言われると責任感じちゃうな」

 それだけだろうか。三保は違和感を感じたけれど、奈津が満足そうに頷くので聞きそびれた。

「ただ、私はお金を払う以上、美味しいもの食べさせるのは基本だと思うんで、そうでない店に当たると許せないんですよね。だからあんな風に書いちゃうんです」

 黒いラインがすっと引かれた瞳のように、奈津の言葉は清々しくはっきりしていた。

「もしかして、写真も名前も掲載しないっていうのは、会社の方針ですか?」

 奈津ははあっと息を吐く。

「ずるいって思いますよね、私も思います。でも女なんだから用心しろって言われて」

 奈津はその容姿で辛口の批評を丸く収めているようなところがあるけれど、逆に女だからナメられることもあるかもしれない。


「確かに、ちょっと賛成はしかねますね。あれでは店の方もたまったもんじゃない」

 正直に三保が言うと、奈津の表情は明らかに曇った。

「店側の意見言うのはずるいです。私は料理人でもないし、経験もないから」


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