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お金の使い道

一擲千金いってきせんきんの意味:一時に惜しげもなく大金を使うこと。大事を思い切りよく実行すること。豪快な振る舞いや思い切りのよいたとえ。(四字熟語辞典-goo辞書より)

「竹倉、結婚やめたんだって?」

「神谷先生、どうして知って・・・編集長ですね」

「ニュースソースは秘密だ。お前も俺と同じバツイチ独身か~」

「まだ入籍してませんでしたから、先生とは違います」

 私が散らばっている本を片付けながら言い返すと、神谷先生はこっちを見ないで、ふーんそうだったのかと言って笑った。


 私、竹倉 たけくら・あかりは30歳で、出版社で編集者として働いている。現在担当しているのは、このやけに情報が早い神谷 宗佐かみや・そうすけ先生(38歳)。ミステリー作家としても人気だけど、軽妙洒脱な切り口で人気のエッセイストとしても有名な人だ。

「森川先輩から聞いたけど、結構な修羅場だったらしいじゃねーか」

「編集長から聞いているなら、改めて私から聞かなくてもいいじゃないですか」

 神谷先生がいう「森川先輩」というのが、私の上司である森川編集長だ。学生時代の先輩後輩だとかで、ずっと先生の担当は編集長だった。だけど、出世したことで担当することが難しくなって白羽の矢が立ったのが私。

 私はずっと神谷先生の書くミステリーの大ファンで、担当しろと言われたときは天にも昇る気持ちだった。ちょっと長めの前髪を後ろになでつけ、スーツやカジュアルな服をおしゃれに着ていてかっこいいのにインタビューでは愉快な語り口の先生に、実はちょっとだけ憧れてもいた。

 だけど、その「憧れ」は早くも初日で崩壊した。先生は締め切り前に原稿をあげてくれるし、口調は軽いけど、理不尽な要求はしないとても紳士的な人なのは間違いない。だけど、この人は「書く」こと以外にはまったくの不頓着・不精者だったのだ。

 別にいつもかっこよくなくてもいい。でも1週間まったく同じ部屋着ってどうなのよ。そして、きれいに片付けて見えていたはずの床がどうして2日後には物で侵食されているのだろう。

 先生がきれいにしているのは、ご自分が使用しているパソコンが置いてある机の上だけだ。

 どうやら原稿にメドが立ったらしい先生は、愛用の黒縁メガネ(テンプル部分は鮮やかなブルー)越しに私を見た。長めの前髪を普段はヘアクリップで留めている。


「竹倉、人に話すとラクになるって言うじゃないか。俺の口が堅いのは知ってるだろ」

「・・・挙式中に新郎の子供を妊娠したって女性が乗り込んで来ました。同じ会社の後輩だそうで、つきあって1年だといってました。

おかげで式は中止、相手の親と彼は土下座をする勢いで謝罪、私の家族は激怒。双方の招待客はびっくりしてました・・・それより私、ちょっと先生に相談があるんです」

「お、なんだ。俺と恋愛でもする気になったか」

「あーはっは。おもしろい冗談ですねー、神谷先生」

「棒読みかよ。で、相談ってなんだ」

「両家話し合いが終わって全てが片付いた先週、彼と相手の女性から慰謝料として250万受け取ったんです」

「ま、向こうが有責だから当然だよな」

「先生に相談したいのは、250万円の使い道です。普通ならこんな大金もらったら少しは使うけど、大部分は貯金にまわします。でも見るのも嫌なお金なので残しておきたくありません。

だから、ぱーっと使いたいなと思って。先生、いい使い道があったらアドバイスいただけないですか?」

 私の相談内容は神谷先生の意表をついたようで、先生は驚いているようだ。

「・・・竹倉、なぜ俺に聞く?」

「んー、私の周囲で大金を使うことに慣れてそうなのが先生くらいしか思いつかなかったから、でしょうか」

「そうだな・・・旅行とかどうだ。ビジネスクラスで海外とかさ。竹倉、行ってみたい国があるなら、これはチャンスだぞ」

「なるほど、旅行いいですね。ありがとうございます、先生。その線で考えてみます」

「それはよかった。だが竹倉、俺が大金を使い慣れてるなんて偏見もいいところだからな」

 先生、強調するのはそこなんですか。


 私が休んでいる間の神谷先生の担当を誰に代わってもらうかは立候補多数で相当もめた。さすが先生、人気者だよ。

でも先生が「竹倉の代わり?森川先輩以外はごめんだ」とわがままをいい、結局編集長が先生の担当をすることになったのだった。

 出発前日に先生の家に挨拶をしに行くと、先生自らお茶を入れてくれる。

「それにしても編集長に担当させるなんて。先生、なにわがまま言ってるんですか」

「俺は人見知りだからな」

「それ、いばるところじゃありません。今日は編集長も一緒に来るはずだったのですが、急ぎの仕事が入ってしまって」

「森川先輩の顔なんて改めて見なくてもいいよ。それより竹倉、俺に旅行中メールくれないか?」

「は?なんでですか」

 先生のとっぴな提案に私はまさに「目が点」になる。

「お前、海外一人旅って初めてだろ?元気な証拠として俺によこせ」

 確かに私は国内の一人旅はしたことあるけど、海外は初めてだ。もしかして先生なりに心配してくれてるのかも。

「わかりました」

 確か海外から日本語でメールを送る方法ってどこかにあったな。それを調べておこう。

「楽しみにしているよ。さ、茶でも飲めよ。当分飲めないだろうから渋い日本茶にしてやったぞ」

「ありがとうございます」

 私、男運はあんまりないのかもしれないけど、人間関係には恵まれているかもしれない。

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