同窓会
山中さんがいつの間にか隣に来ていたことを、僕は話しかけられるまで全く気づかなかった。
久しぶりの場の雰囲気に緊張していたのか、酔いが回っていたのか、それとも両方か…。始まってから既に1時間半が経過しており、周りは近くにいる人たちと気分良く盛り上がっている。僕もそのうちの一人だと思っていたが、どこか俯瞰して見ているような感じだった。
「飲んでないの?」
山中さんはいきなりそう問いかけてきた。
「なんで?」と返すと、「なんかイマイチ楽しんでなさそうな感じがしたから」と言い放った。
山中さんはぼくが中学生の頃に同じクラスだった女の子である。そして、今この場で行われているのは卒業して15年目の同送会だった。彼女とはお互いにメールアドレスを知っているものの、この同送会があるまで一度も連絡を取っておらず、会うこともしなかった。中学の頃は普通に話す程度のクラスメイト。特別な存在というわけもなく、ただのクラスメイトだった。
「山中さんは?」
「楽しんでたら、恐らく真栄田君に話かけてないよ」と笑いながら言った。ごく普通の会話だ。山中さんとは中学時代でも、そこまで話したことがない。意識したこともないくらい。それはお互いだと思う。そんな彼女が話しかけてくるのだから、彼女もこの空気に慣れないでいたのだろう。
「同送会今まで参加してた? 最近では2、3年に一回くらいのペースでメール来てたよね。私一度も行ってなくて…今回初めてなの」
「俺も。」そう言うと、山中さんはクスッと笑った。それに釣られて僕も笑う。
「なんで今日は来ようと思ったの?」
「15年目ってのが響いたのかな? ちょうど私らって20後半になるでしょ? だから、みんなどうなっているかな?って思って行ってみたの。じゃあ、この様」
「どうゆうこと、それ?」
「全然馴染めてない。高校私立に進んだの知ってる? それもあってかさ、中学の子とは本当に疎遠だったの。同送会も誘っておいてもらって顔出さなかったからさ、それもあるよ」
「一緒。俺も高校私立だったんだ。だから、地元の友達って全然いなくて。携帯もさ、持ち始めたのが高校からだからさ、それもあって山中さんと同じような理由でずっと疎遠。」
お酒の力もあってか、二人は中学時代に仲が良かったわけでもないが話が弾んだ。いつしか周りの音が聞こえないくらい。目の前の相手の話に夢中になっていた。同じ境遇で、同じような気持ちをお互いに抱いていたため、共感し合ったのかすごく心が晴れた気になった。すると、山中さんがドキッとするようなことを言ってきた。
「外出ない? なんか外の空気吸いたくなって」
山中さんはそう言うと、立ち上がり、部屋の奥にある障子に向かって歩いて行く。辺りでは同級生が酔っ払い、僕らの存在など全く気にしないかのような盛り上がりを見せている。僕は立ち去る山中さんの後ろ姿をボーッと見ていると、彼女は振り返り、ニコッと笑ってみせた。僕は自然と立ち上がり、彼女に倣った。
外はいつの間にかポツポツと雨が降っていた。ザーッという雨の音と少し夜の肌寒い風に当たっていると、自然と頭がクリアになっていく。何故後をつけたのがわからないが自然と身体が動いていた。山中さんといえば、雨の音に耳を澄ますように玄関に立っていた。
天気予報で今日雨って言ってたかな? なんて思い出していると、山中さんが突然口を開いた。
「実はね…私今年の4月に結婚するんだ」
「えっ!? そうなの? おめでとう。相手は会社の人とか?」
今が12月なので、婚約中ということだろう。よく見れば、確かに彼女の左手の薬指には銀色に光った指輪がはめられている。
「ううん、会社の人に紹介してもらった人。私法律事務所で働いているんだけど、そこの取引先に当たる人。」
山中さんはそう口にするものの、どこか浮かない感じの表情をしている。祝福の言葉にも反応を見せなかった。
「そうなんだ。良かったね。どうゆうお仕事かは詳しくわからないけど、法律関係なら安定しているイメージあるし、わからないけど…。」
僕自身もどうゆう気持ちなのかわからなかった。特別仲が良かったわけでもなく、単なるクラスメイトであり、そして10数年ぶりに久しぶりに会ってこの告白。親友なら喜んでいただろう。元カノなら少し悲しい想いをするかもしれない。女友達なら結婚相手に少しの嫉妬心があるかもしれない。しかし、山中さんに関しては「ありがとう」以外に言葉がなかったし、それ以上の祝福の言葉をかけようなら胡散臭くなると思い口にしなかった。
「なんか…これでイイのかな?っていう気持ちが正直心のどこかにあって。別にその人のことが嫌いになったわけでもないし、むしろ好きだし、結婚したら安らぎが待っていると思うんだけど、なんか思いとどまる気持ちもどこかにあって。」
「焦ってたの?」
「結婚?」
「そう」
「どうだろう…。周りが結婚していくから不思議と自分も意識するようになっていて。彼とは付き合って1年半になるんだけど、今ではないかなって思うんだよね。指輪をもらっておいて失礼な話だけど…ってなんでこんな話を真栄田君にしてるんだろうね」
山中さんは少しはにかんだ。
「結婚はタイミングって言うもんね。僕は彼女もいなければ結婚の予定もないから全然わからないけど、焦る必要はないと思うよ。」
自分には想像も付かない話だった。自分も考えたことがないわけではない。しかし、男の自分にとって結婚はそこまで重く考えていない。いつまでしないといけないとか、そうゆう規制もあるわけでもない。だから、30歳越えてもそこまで焦りはしないだろう。何より自由がなくなることの方が恐ろしかった。
「最近では、その人でイイのかな? とかずっと考えるようになってね。悩んでしまうってことはダメなのかな? そうゆうものではないのかな? この人じゃなきゃダメっていうくらい強い気持ちがないとダメなのかな?」
一人自問自答するように問いかける。僕はその問いに答えることができなかった。いや、まだ答えるだけの経験値も備わっていなければ、結婚を意識してもいない自分が易易と答えるのは失礼ではないかと思ってしまったからだ。しかし、一つ言えることがあった。
「迷ってしまうなら止めた方がいい。」
僕はハッキリとそう伝えた。
「えっ?」
「何でもそうだけど、色々迷うことって沢山あるよね。AとBどちらにしようかみたいな。そうゆう二者択一の答えで迷うことはあっても、一つの選択肢で決めることができないのはそれはもう無理なんじゃないかなって思う。」
「どうゆうこと?」暗闇の中で山中さんの声が響いた。外は雨の音と道路を車が走る音しか聞こえない程静かだった。
「例えば、この仕事しようって思ってやってみたら違うかったっていうギャップは勿論あると思うんだ。でも、その仕事をする以前にやろうかなどうかなっていうのは違うくない? 決心できないうちは何もしない方がいいよ。絶対中途半端になるし、後で後悔する。」
山中さんは僕の言葉を頭の中で反芻するように考え込んでいた。単なるクラスメイトの言葉がどれほどの影響力を持っているのか、そして、どれだけの信頼性があるのか定かではなかったが、酔った勢いとはいえ、僕にこのようなことを打ち明けてくれたのは嬉しく思えた。
「後悔か…」
そう呟くと、彼女は左手にはめていた指輪をソッと薬指から取り出して、手の平に置きまじまじと見つめている、何を思っているのか、何を考えているのか。そして、しばらくすると手の平にあった指輪を握り拳の中に収め、右手を後ろに引いた。まさかと思ったが、彼女は引いた右手を思いっきり前に振り下ろした。
その瞬間、手の平にあった指輪は勢いよく雨の中に放たれ、アスファルトに当たったのか、カンカンと音を立てて転がっていった。僕は何も言えず、唖然としたまま彼女が口にする言葉を待っていた。
「真栄田君が言うなら、そうかもね。実は一目置いて見ていたんだよ、中学の頃から。なんでこの機会に参加しようと思ったかハッキリ今の今までわからなかったけど、ようやくわかった気がする。恐らく真栄田君からの答えが欲しかったんだ、きっと」
そのような告白を受けて、僕は驚いていた。普通のクラスメイトとして、見ていた相手が実は僕に対してそれなりの信頼感を抱いていたとは。
「ビックリしたー! っていうか大したこと言えてないよ。それにイイの? 指輪…。せっかく貰ったのに。」
「いいのいいの、真栄田君の言うとおり、迷っている時点でもうあとも先もないよ。自分で決めることが怖かっただけ。真栄田君にそうゆう風に言ってもらって、自分の中で納得いく答えを言い当ててくれた感じ。ありがとう。」
山中さんはそう言うと、ゆっくりと右手を差し出してきて、握手を求めた。僕はそれに応じる。初めて握る彼女の手。ギュッと力を込めると、彼女も同じく力を入れた。10秒程握手をした後、「本当に良かった」と言って、中に戻って行った。スッキリした様子だった。僕はその後ろ姿を見送る。
ただ、少し泣いているようにも見えた。雨のせいかな? しばらく僕はその場で佇んでいた。アレで彼女は本当に良かったのだろうか? でも、自分の中で納得いく答えを得ることができたのだから良かったんだろうな。
同送会も悪くないな、と同送会に対しての評価を変えると共に、あの彼女が投げ捨てた指輪を質屋に売れ払えばいくらになるだろうと思ったのは言うまでもない。




