【On Burnt Spring ・7】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
――レダ隊長、まさか酔ってるわけじゃあありませんよね?
砦襲撃の直前のこと。勝利祈願の杯を交わしている最中にバルトサールが言い出した。杯とはいえ中身は水だ。酔うはずもないことはわかっていように。
なぜそう思った? バルトサール中級騎士。
いや、それはなんとなく。
根拠のない憶測を口にするな、馬鹿者が。
……
なんだ。
レダが努めてそっけなく問えば、バルトサールは肩をすくめた。
いいえなんでも。それは置いといて、今はただ勝ちを願いましょう――
目を上げた。レダの前方では馬で駆ける少女の赤毛が揺れている。その隣りに小柄なフード姿。そして見えはしないが後ろに三人。人員はこれだけだ。元より与えられた兵数は少なく、しかも作戦のためそれを更に割る必要があった。
今のところイグニアに気付かれた気配はないが、ひとたび追われようものなら何人かは死ぬだろう。それに砦の連中も。そうならぬよう事前に時間をかけて準備はしてきたものの。
何かひとつかけ違えたなら、レダ自身が彼らを殺すことになる。
それが思いのほか重圧だったのだと、ふと気がついた。だからなのだろう。酔わぬ杯に胸が焼けたことも、今こうして手綱を取る指が、異様に冷たいことも。
「レダ騎士長?」
何か察したのか、フード姿の少年がふり返る。レダは黙って首を振った。弱気は捨てなければならなかった。迷えばそれだけ判断が鈍る。だから心中すべて押しつぶすように、きつく歯を噛みしめた。
* * *
タキトゥス砦の屋上に戻ると、またもグアルダが待ちかまえていた。エリアスがゲアマーテルから降りかけたところでもう口を開く。
「オーヴィスはどうだった」
咎められるかと思いきや、第一声がそれだった。エリアスは向き直って敬礼した。
「内部まで確認することはできませんでしたが、制圧されたものと思われます」
「既にやられたというのか!?」
「……はい」
吊された白金に対して、他の解釈は極めて難しい。
そしてある程度予測していたものの、その範疇を超えていたのだろう。グアルダは誰かの名をつぶやいて眉間を抑え、またすぐに目を上げた。
「アグリアか」
「おそらく」
「偵察行為は気付かれなかったか。戦闘は」
「戦闘ありません。先方は私達を認識していないはずです。ただ、マイク・ファーガスとフローレンスはその場から聖都への報告に飛びました。私の独断です。申し訳ありませんでした」
神妙に頭を下げた、その時。
「隊長、あれを!」
その場にいた全員の視線がオーヴィス砦の方角に向けられた。
狼煙が上がっていた。色と発煙の間隔パターンから、アグリアの信号と知れた。
「なんの合図だ……まさか、近くに本隊が!?」
「増援があるのか!?」
「――!」
エリアスは身をひるがえし、ゲアマーテルに飛び乗った。
仮説が浮かんだ。きっかけは直感のようなもの。しかし、後から思考がついてくる。
「ゲアマーテル! 出ます!」
「待て、どこへ行く!?」
問われ、とっさに閃いた場所を口にした。
「『失われた湖』へ」
森が湖が、多くの命が焼かれたあの場所は、後になってそう呼ばれるようになった。
言葉にしたからか妙な使命感が生じる。――行かなければ。その思いを汲んだかのように、ゲアマーテルが大きく羽ばたいた。
団長アルバートは、団内に残る騎士全員に緊急招集をかけた。マイク・ファーガスが持ち帰った報を重く見たためだ。ちょうど休憩に入ろうとしていたゴールドウィン上級騎士も顔色を変えて訓練場に駆けつけた。
「すでに耳にした者もいるかもしれんが、カースライドの砦がひとつ落とされた。アグリアの奇襲による可能性が高いということだ」
アルバートの第一声に、場はしんと静まりかえる。
こんな時に。聖都の混乱もまだ続いているというのに。そんな無言の声が聞こえてくるようで、アルバートはほんの一瞬、皮肉っぽく口元を歪めた。そうして最前列のゴールドウィンを見据える。
「駒は少ない。貴様ならどう動かす」
「はっ……私、ですか」
鼓動四つ分ほど。ゴールドウィンは碧眼を伏せて沈黙し、きっと顔を上げた。
「聖都の守りを固めます。カースライドを足がかりに聖都を攻める算段がないとは限りません」
「カースライドはどうする」
「飛竜班を、偵察に送ります。その上で目的がカースライドとわかれば即時兵を向かわせる。それが最もリスクの小さい戦略かと」
「ふん……そんなところか」
それはアルバート自身が想定したいくつかの戦略のうちのひとつと違わなかった。ただし、最も消極的なものとして高位には置かなかったものだ。
しかしこの際致し方ない。ともかく、時間がない。
「人選は任せる。俺はこれから拝竜のお偉方と会わねばならん」
この日はやっとのことでこぎつけた会談を控えていた。それも拝竜教で最大の勢力を誇る『ユグドラシル』の御仁とだ。これがうまくいけばひとまず拝竜は抑えがきくようになるかもしれない。
せめてもう少し時間があれば、カースライドに送る最も適した人材を自ら指名したいところだ。が、もうひとつ才気に欠けるゴールドウィンでもこの程度の采配はうまくやるだろう。
「拝命いたしました!!」
「――ヴォルカ!」
呼べば即座に風が撓んだ。
パートナーのヴォルカは――老練な火口ドラゴンは、アルバートのすぐ後ろ、地面に下りるなり眼を細めて首を下げた。
「いい時間だ。さっさと乗れ」
「わかっている」
ひらりと飛び乗る動きは俊敏だった。あっという間に空へと上る影を最後までは見送らず、ゴールドウィンが威儀を正して前へ出た。
「隊の再編成を行う! 飛竜隊! 4班、5班、加えてツィーエル班は即時、全騎カースライドへ! あとの者は聖都防衛のため、配置を――」
全騎と言うがたった三班、総勢十騎ほどで。
ナーゲルは抗議の声を上げかけた。しかしヴェルナーに肩をつかまれやっとのことで呑み込んだ。人員の不足は買変えようのない事実。ヴェルナーが加わっただけまだ戦力は上がったのだから、現状、これ以上は望めまい。
幸いカースライド偵察班には、ヴェルナーの旗下で足の速い者が多い。それに先方での足がかりはすでにできている、はず。
「すぐに準備を。人員が揃い次第、出る」
ヴェルナーが短く号令した。聖都に残る騎士達を横目に、彼らは一斉に散った。何人かはすでに騎乗準備を終えようとしている。そのうちの一人に、ヴェルナーは歩み寄っていった。
「無理はするな。少し後から来てもかまわない」
声をかけた相手は、まだ腕の包帯から血を滲ませているマイクだ。竜型に戻ったフローレンスも気遣わしげにパートナーを見るが、マイク自身ははっきりと首を振った。
「行きます。このくらい平気です」
「そうか」
「ただ、その……」
「なんだ」
「よかったんでしょうか、僕とエリアスさんが、先に出動した件……ち、懲罰があったり、とか」
急におどおどと小さくなるマイクに、ヴェルナーは微笑する。
「非常時だ。誰も気付いていない。たぶん、それも折り込み済みだったんだろう」
「あ……ありがとうございます」
「大将?」
何か引っかかるもの言いにナーゲルは瞬いた。しかし聞き返すほどのことでもなさそうだと思い直す。
早くも遠征組は集まりつつある。ゴールドウィンが聖都防衛組への指示を終える頃にはこちらも出立できそうだった。
* * *
【一部キャラクターをお借りしています】
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