【On Burnt Spring ・6】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
エリアスはタキトゥスから巡回に出る前に、光信号が送られてくる方向を見た。そのため案内や標がなくともオーヴィス砦の方角は見当がついていた。加えて飽きるほどの回数カースライドへ足を運んだため、その度に目にした水源の記憶が補助となった。
エリアスとマイク、そして人の姿をとったフローレンスは、時折身ぶり手ぶりで合図をし合いながら森を抜け、ほどなく雨に濡れた岩の砦にたどり着いた。
妙に静かだった。宗教者達の姿もそこにはなく、鳥の声ひとつ聞こえてこない。
それに、先に動いたはずのタキトゥスの偵察は。どこにいるのか。
もう少し近づいてみるべきか――
「!」
「えっ……」
声を上げかけたマイクがぱっと自分の口を押さえた。
エリアスは見上げたままきつく眉を寄せる。その間にも、砦の屋上から黒い影が間をおいて投げ出され、吊されていく。
目を凝らせば影はヒトの形をしていた。
それらが纏う色は、白と金。
「マイク君」
蒼白な顔のマイクの手をつかんだ。落ち着きを失っているスカイブルーと目を合わせ、できる限り抑えた声で告げる。
「命令します。今から言うことを、よく聞いてください――」
* * *
あいにくの雨模様ながら空が明るんだ頃。ナーゲル・シュヴァーネは、指揮官ゴールドウィンに報告を済ませると急ぎパートナーの元へ向かった。予定していた出立の時刻には早いが、昨夕からカースライドへ行っている班員二人が気がかりだった。
それにしても、あいかわらずゴールドウィン殿の尊大な態度には閉口する。いかにも貴族であるという口調やら態度やらはまだ我慢できるが、ナーゲル達の大将を、ヴェルナー・ツィーエルを遠回しに貶めるような発言だけは許し難い。
――大将さえやる気なら、いつでもやってやるんだがな――
ヴェルナー自身は怒るそぶりさえ見せず、それが生憎というのか幸いというのか。
そんなこんなで歯がゆい思いを抱えつつ廊下を行くナーゲルは、廊下の隅でこそこそと話す二人組とすれ違い、そのことに気付かなかった。
「――とか言われたんですよぅ、これどうしたらいいんですか先輩いぃっ!」
「どうって、僕に聞かれても困るんだけど。ていうかそれはひとに話してもいいことだったの、グレイくん?」
せっぱ詰まった表情のオフィーリア・グレイに、ニクス・バーナードは相変わらずの眠そうな声で応じた。というか今にも眠り込みそうな様子で、半分目を閉じていた。
「他の人には言うわけないじゃないですかあ! あ、いやでも、ちゃんとナイショにしてくれますよねぇニクス先輩……?」
「もちろん秘密は守るけど。なんだか、変な状況だね」
斜めに傾いだ体を半分ほど壁に預けながら、ニクスは続ける。
「ゴールドウィン隊長は、まだ聖都の警護をメインに置いてるって聞いたけど。グレイくんの話が本当なら、カースライドを気にかけてる団長とゴールドウィン隊長は、方針が食い違ってるってことにならないかな。団長がそれを、ただほっとくかな?」
「ニクス先輩ってねぼすけのくせに、時々頭の良さそうなこと言いますよね……」
「そういうことだったら、……僕はどっちになるのかなあ」
「は?」
「できることならこっちがいいなあ……あっちに行けば、レディを危険にさらすかもしれないし……」
「もしもーし? せんぱーい?」
「うん、とりあえずわかったよ。ありがとねグレイくん」
「論理展開の途中をはしょったあげく勝手に自己完結して終わるのやめてもらえませんかー!?」
悲鳴のような――あくまで小声ではあるが――叫びに、ニクスはもう反応しない。
いつの間にか、器用に壁にもたれて立ったまま眠っていた。
「あ、ちょっと先輩! せーんぱーいっ!!」
こっそり騒ぐ二人のそばを、また人影が通りすぎた。
と思うや、戻ってきて立ち止まる。気配にふり向いたグレイは、ぴっと固まった。
「じ、ジーク、騎士長っ」
少し前から直接の上官になった騎士長、ジーク・ソルダート。ただでさえ苦手意識があるというのに、今日の騎士長はことさら固い表情をしていた。
「探した。話が、ある」
「は、話と、いいますとっ」
「……騎士長室、に」
アルバート団長に続きジークにまで単独で呼び出されてしまったグレイは、半ば涙目でニクスを窺った。
が、案の定ニクスは眠ったままで、そのまましおしおとジークのあとに続く他ないのだった。
竜舎の入り口でナーゲルは立ち止まった。先客が何人かいて、知った姿もあった。それがふり向いたので反射的に直立して敬礼する。
「ヴェルナーさん、お疲れさまです!」
「……ナーゲルか」
ナーゲルの直属上官であるヴェルナーは、パートナードラゴンのルフトに果物を食べさせているところだった。ヴェルナーの班は聖都に残り警護に当たると記憶している。体の大きなルフトは、その存在だけで拝竜教者達に絶大な威圧感を与えることができた。
「カースライドへ行くんだったな」
「これから出立します」
「そうか、気をつけろ。……一人なのか?」
「!」
班員はどうした。静かな青の眼がそう言っている。話すかどうかを一瞬悩み、しかしヴェルナーが相手では偽りを口にすることもできなかった。
「キルラッシュとファーガスは、先に行かせました」
「先に?」
「はい、その、いろいろと事情が――」
「待て」
ヴェルナーが遮ってナーゲルの後ろを見やる。つられるようにふり返ると、空から風圧と共にドラゴンが降ってきた。
地面すれすれで一度羽ばたき地面への激突を回避した、濃褐色の竜体。そのドラゴンも、ドラゴンの背から転がり落ちた小柄な騎士も見知っていた。
「マイク・ファーガス!?」
「どうした」
ヴェルナーと共に駆け寄ると、マイクはよろよろと立ち上がった。顔色が悪い。しかも腕を押さえる指の間から赤黒い色が見える。
「ナーゲルさん……ヴェルナーさん……!」
「何があった。エリアスは」
「エリアスさんは、まだカースライドに……そ、それより、報告します」
マイクは大きく息を吸った。必死の表情で、かすれ気味の声を張る。
「カースライドの、オーヴィス砦が……襲撃を受けました! アグリア軍による占拠を、確認しています……!!」
何事かと近くにいた騎士達が集まってくる。ナーゲルは急いでマイクに駆け寄った。肩の傷はそれほど深くない。他に大きな怪我もなさそうだった。
「タキトゥスではなく、オーヴィスなのか」
「は、はいっ」
「キルラッシュは向こうに残っているんだな?」
「オーヴィスの状況を、タキトゥスに報せると、言っていました」
「他に何か言われていないか」
横から問うたのはヴェルナーだった。一瞬の間があり、マイクがこくりとのどを鳴らした。
「このことを――団長に」
「直接……ということか」
「大将、とにかく中へ」
ここでこれ以上のやりとりは厳しい。騎士達の好奇の目が動揺に変じつつある。詳細不明のうちからあまり騒ぎを大きくするわけにいかない。
少年騎士を促して兵舎へ向かう。そのうしろからふわりと追いついてきた影があった。
人化したフローレンスだ。きっと唇を引き結び、怒っているようにも見える。
「フローレンスは無傷か」
「……」
「どうした?」
「報告を早く。マイクの怪我が無駄になる」
「? ああ」
団長はもうじきに外出の予定だ。それまでにつかまえようとナーゲルは足を速める。
肩越しにふり返ると、マイクは遅れることなく走ってついてきていた。怪我によるダメージはさほどでもないようだ。それは、不幸中の幸いだった。
そのさらに後ろ――最後尾のヴェルナーは、そんなマイクをじっと観察しているようだった。
ゲアマーテルはタキトゥス砦の屋上でじっと身を伏せていた。
とうにオーヴィスへ到着し、あるいは帰途についたかもしれない頃合いだが、エリアス達は無事だろうか。何事もなかったろうか。案じながらもひたすら待ち続ける。今は体力温存を最優先にすべき時だ。『その時』に備えるためにも。
「――!」
ふと首をもたげ耳をそばだてる。ヒトという種より若干勝る聴覚が音を拾った。
笛の音。ただの笛ではなく、自身の鱗の笛だ。聞き間違うことはない。
「エリアス!」
大きく羽を広げる。先ほどのフローレンスと同じように砦の壁すれすれを、落ちる。
あわてて呼び止めようとする誰かの声はすぐに後方へ遠ざかった。
音は、砦前の森を抜けたあたり。
低く滑空しながら細く声を発する。示し合わせていた『迎えにいく』の合図だ。再び鱗笛の音が応え、居場所がはっきりとわかった。
「ゲアマーテル」
木の陰からパートナーが姿を現す。その右手が赤いことにぎょっとした。一瞬緊張を覚えるが、怪我をしているわけではないらしい。状況を呑みこめないまま極力音を立てぬようエリアスの前に下りた。
エリアスはすぐさま背に飛び乗ってきた。少しだけ、息が上がっているようだった。
「オーヴィスは――」
「駄目です。騎士団への伝令はマイクに任せました。戻りましょう、タキトゥスからの偵察隊も……おそらくやられている」
「戦いがあったの? あなたのその血は?」
これは、とエリアスの苦笑が落ちた。
「問題ありません。ことが重大だと思ってもらうための仕掛けです」
「え……?」
「それよりも、問題はこれからだ」
声音は噛みしめるようなものに変わった。浮き上がる風音に紛れて、エリアスがつぶやくのが聞こえた。
「ここからどう動くのか。あちらの目的が、まだ見えてこない……」
タキトゥス砦に光が灯った。応答を求める光信号だった。エリアスはもう何も言わず、鞍の横につけていたランタンを取り上げた。
* * *
【一部キャラクターをお借りしています】
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