【On Burnt Spring ・5】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
エリアスとマイクはカースライドを回った後、日の出の直前にタキトゥス砦へ戻ってきた。隊服が湿って少し重い。
カースライド内地に異変はなかった。あとは入り口付近をもう一度見回って終わりだ。だいぶ明るくなってきたのでそろそろ地上の様子がよくわかるようになったはず。このまま何事もなければいいのだが。
地上から前方に視線を戻したところで、再びタキトゥス砦が見えてきた。少し進路を変えようと、マイクに向かって手を上げかけた時だった。
光が視界の端をかすめた。砦から送られた光信号と気づきエリアスも灯りを掲げる。
そして、続く合図に目を見張った。
『 帰還せよ 』
「なんだ……?」
改めてマイクに手信号を送り、ゲアマーテルの背をたたいて砦に寄せた。
屋上に下りるとグアルダ上級騎士に迎えられた。険しい表情で、まだ騎乗したままのこちらに向かい口を開く。
「キルラッシュ中級騎士、並びにファーガス下級騎士。巡回は一時中断してくれ」
「それは……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
エリアス達はグアルダ隊の所属ではない。所属部隊と滞在部隊、どちらの方針に従うべきかはその都度判断する必要がある。
と、グアルダの表情がさらに歪んだ。
「オーヴィス――東の砦から、定時の連絡が来ない」
マイクが息を呑む気配がした。エリアスも緊張を覚え唇を結ぶ。
まさか。何か、動きが。
「今しがた偵察を出したところだ。オーヴィスまでの移動時間は半刻程度。到着さえすれば状況は光通信で報せてくる。それがない場合、武装させた第二陣をやることになるかもしれん」
「……拝竜教の信者達が?」
「そう思うか?」
探るように問えば即座に問い返された。まっすぐにエリアスと目を合わせたグアルダは意味ありげに口角を上げた。
「連中の押さえ程度で、連絡のひとつもよこせなくなるとは考えにくいな。そういうわけだ。何事かわかるまで、念のためドラゴンを飛ばしたくない」
「りょ、了解しました!」
「了解しました」
「こちらの邪魔は、しないでくれよ」
マイクがフローレンスの背でぴしりと敬礼した。同じように敬礼しつつグアルダが砦内に戻っていくのを見送っていると、ふと見返った灰眼が細まった。
その背中が見えなくなったところで、エリアスはすぐさまマイクに手信号を送った。
『出動』
「えっ」
『フローレンス、同行』
そしてゲアマーテルには「合図まで待機」とささやき背を下りた。同時にフローレンスから滑りおりたマイクが駆け寄ってくるので、改めて口火を切る。
「オーヴィスへ行きます。フローレンスも人化させて同行を」
「は……あの、あれってやっぱり、アグリアなんでしょうか?」
不安げな問いに、ひとまず首を横に振る。まだ確定ではない。ただし可能性はある。グアルダもまた、アグリアの関与を視野に入れているような様子だった。
「今から確認することです」
「でも、邪魔をしないようにと言われたことは?」
「ここを動くなという指示は受けていません。ドラゴンを目立つように飛ばすなと言われただけです。……急を要する事態かも知れません。行きましょう」
「は、はいっ」
万一動いたのがアグリアであれば、すぐにも本隊へ報せなければならない。エリアスの指示でフローレンスが跳んだ。二人を背に乗せ砦の石壁に添って落ちるように降下した
濃褐色の体躯は、煙るような雨の中、タキトゥス周辺の森の木々すれすれを滑っていった。
間もなく、オーヴィス砦は落ちる。
作戦の第一段階である奇襲は成功した。そしてその陥落を前に、数名がもう出立の準備を整えていた。
そこへゆらりと現れたのは巨躯の影。アーシェラは一瞬驚いて身構えたが、それは返り血でまっ赤に塗れたバルトサールだった。もはやそう多くないイグニアの生き残りは他に任せてきたらしい。
「本当に、それだけで行くつもりなんですね」
頭を掻き掻き言葉をかけた相手は、もちろんアーシェラではなく、隊長であるレダ・エーゲシュトランド騎士長だ。
「見送りならば不要だぞ。そのような暇があるなら、さっさと次の準備を始めることだ」
「はいはいわかってますよ」
「わかっているなら砦へ戻れ、バルトサール中級騎士」
あくまでも冷ややかな態度のレダにバルトサールが肩をすくめる。気安い空気だ。しかもなんとなくだが、上官と部下という以上の親しい雰囲気が流れているような気がして、アーシェラはこっそり小首をかしげた。
が――
「いいか。順番を誤るな」
バルトサールが何事か言い返す前にレダが機先を制した。その一言で甘さは霧散し、騎士としての厳しさだけが残る。
「必要とあらば私は卿を捨てていく。卿もまた同様にせよ。どの駒を捨ててでも、軍都へ持ち帰らねばならぬものがある」
わずかな沈黙の後、バルトサールは恭しい礼と共に返答した。
「あなたがそう仰せなら。……ですが隊長」
「なんだ」
「簡単にやられんでくださいよ」
「無論。卿もせいぜいうまくやれ」
言い置き、レダは待機していた五名に向き直る。その視線が自分に留まり、アーシェラはぴしりと背筋を伸ばした。
「ベリ中級騎士。案内をたのむぞ」
「わかりました!」
「可能な限り速く動かねばならぬ。こちらの意図を気取られる前に。幸い先の戦以来、名のある将校はこの地に足を踏み入れていないようだが」
――名のある将校。
皮肉げな一言に、アーシェラの胸はずきりと痛んだ。顛末は幾度も検討されたそうだから、レダがほのめかしたのは、先のカースライドの戦いでイグニアの指揮官だった『あの人』のことで間違いないだろう。
時間を経た今でも記憶は渦を巻いて押し寄せる。苦い思い。戦いの果て、必死で腕に抱いた卵の感触と、壮絶な結末を彩る紅と、そこに浮かび上がる橄欖石の色――
「騎乗せよ」
凛とした宣言を受けはっと我にかえる。そのタイミングで傍らのエルに腕をつねられ、「わかってるわよ」と振り払った。
呆けている場合ではないのだ。ここからは五人でレダ隊長を守ることになる。そこに最大戦力であるバルトサールは含まれない。砦に残り、イグニア軍の目を引きつけるのが彼の役目だ。
しっかり、前を見なければ。
アーシェラは目の前の木々を透かし見た。――帰ってきた。この場所に。
脳裏をよぎる灰髪と瞳の緑は、頭を振って追いやった。ただ、捨てきることのできない仄かな期待が胸の奥に燻っていた。
イグニア騎士団団長アルバートは、一人の騎士を呼びだした。非公式ゆえ団長室ではなく空き小部屋で向かい合うが、距離が近い分かえって相手を緊張させたようだ。
「あ、ああああのあの、団長閣下! 僕――私などに、どどどんなご用でございましょうか!」
「そう固くなるな、オフィーリア・グレイ中級騎士」
小柄でぱっとしない見目のちんちくりんは、敬礼しながらもがちがちに硬直している。つい先頃あのソルダートの隊に配属されたはずの彼女だが、聖都警護からははずされ、入団したての新人騎士の面倒を任されていた。とかく戦闘だの荒事には向かないと各方面からお墨付きだったからだ。
ただし。もうひとつのお墨付きとして『武具・戦術マニア』というのもあった。人の口の端にのぼりアルバートが小耳に挟む程度には、それは確かな事実なのだろう。そんな彼女にしかできないこともあろうというものだ。
「俺の記憶が確かなら、上官ともども待機中だったろう。暇とは言うまいが、使える時間は残っているのではないか」
「はははいっ、仰せのとおりですがっ」
「ならば少々の調べものと、下準備くらいはできるな?」
要旨を伝えれば彼女の目が大きく見開かれる。無理からぬことだ。だが為してもらわねば困る。
「その後に出撃を命じることになるかもしれん。心しておけ。……まずは深呼吸して、落ち着け」
「はっ、はひっ!!」
ぐるぐると目玉が回っているような様子のオフィーリアは一見してたよりない。
だからこそだ。この状況においては、おそらく最も適任であるはず。
「以上だ」と最後に告げてきびすを返した。今日もまた聖都は、騎士団の周囲は騒がしい。団長であるアルバートもまた様々の対処に追われ、自由に身動きがとれずにいるのだった。
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【一部キャラクターをお借りしています】
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