【On Burnt Spring ・4】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
雲が多く視界が悪い。ゲアマーテルの背でエリアスは苦く顔をしかめた。タキトゥス砦まではこちらの姿を隠してくれるからいいが、カースライド付近に敵がいた場合、発見しづらくなる。
「ゲアマーテル。ドラゴンは夜目がきくものですか」
「それは、種によるわね。わたしに関して言えば、一般のヒトよりも少しましという程度かしら。フローレンスもそんなところだと思うわ」
「今どこまで見えますか」
問えば、ゲアマーテルは地上を見下ろした。
「下にいる人間の数がわかるくらいね」
「……それなりに見えているようですね」
ならば好都合だ。エリアス自身も身体強化を用いれば多少視界は広がるが、ここで体力を消耗するのは早すぎる。
「様子は」
「夜だからでしょう、ひとところに集まってじっとしているようよ」
「そうですか」
あの中にアグリアはいるだろうか。仮にいたとしてもここから見分けるのは難しいので今は通り過ぎるしかないのだが。
マイクに合図を送り速度を上げた。タキトゥス砦までもうすぐだ。まずは、うまくナーゲルの知人に取り次いでもらえるかどうかだ。
「見えたわ、エリアス」
ゲアマーテルが啼いてフローレンスにも知らせる。と、ほどなく前方に黒々とした影が見えてきた。
ランタンを掲げて合図を送り、返答の光信号を確認してから砦の屋上に下りた。
「事前の連絡は受けていないはずだ。所属は? 誰の指示でここへ来た?」
五人の騎士がものものしい雰囲気でエリアス達を迎え、その中の一人が問いかけてきた。やや小柄だが覇気ある男に、気圧されないよう胸を張って敬礼する。
「ゴールドウィン隊、ナーゲル・シュヴァーネ班所属、エリアス=キルラッシュです」
「同じくマイク・ファーガスです」
「先日より聖都警護を任じられていましたが、作戦変更によりカースライド警邏に異動になりました。ナーゲル班長は明日の到着ですが、ボクとマイク下級騎士で先行して偵察しておくようにと」
「おおそうか。ナーゲルのところのか。奴とは多少の縁があるぞ」
相手は一瞬だけ男臭い笑みを浮かべ、しかしすぐに、厳しい顔に戻った。
「上級騎士、グアルダ・カトルゼだ。ナーゲル班がこちらへ来るというなら歓迎しよう。だが、奴が先んじて部下をよこしたったことは……」
何かあったか。そう問いかけてくる眼にかすかにうなずいた。周囲には他の騎士の目がある。軽々しく詳細を口外できる事案ではないことを、グアルダも察したようだった。
「この後はどういう手はずになってる」
「班長は明日の昼までに来るはずです。我々は夜のうちに、一度カースライドの巡回を行います」
「了解した。出るときは必ず俺に一言かけろ。帰営の合図はさっきと同じでいい」
「はいっ」
「ところでその口振りじゃ、聖都からここまで飛ばして来たな。そうぶっ続けじゃドラゴンもバテるだろう。今水を持ってこさせる。少し休んでから飛べ」
「ありがとうございます」
再度敬礼しそれぞれのパートナーに向かった時。
不意に視界の隅でチカチカと光が瞬いた。
「あれは……」
「気がついたのか? なかなか目敏いな。あれは東の砦、オーヴィスだ。このところ、こことあそこには拝竜主義がひしめいてるからな、念のため定時で連絡を取り合っている」
エリアスはじっとその光に目を凝らした。普段使っている光通信を当てはめても読み解けない。二砦間だけの暗号なのだろう。
「――マイク君」
しばらくして声をかける。マイクはフローレンスと何か話していたが、すぐにうなずいて騎乗準備にかかった。
空を見上げると、闇の中にきらきらと光るものが見えた。とうとう降り出したようだ。ますます視界が悪くなるだろうことに苦い思いを抱えながら、エリアスはマイクと共に、風に舞う霧雨の中を飛び立った。
* * *
空の裾だけがうっすらと白み始めた。もうじき日が昇る時間だ。見晴らしの良いこの砦からは、晴天ならすばらしい朝日が見える。
しかし、この日は――
「衛兵さん、ちょっと、そこの騎士さんがた」
大きな荷車を引いた集団が砦の門の前へと寄ってきた。先頭にはフードを目深にかぶった大柄な男。入り口の護衛二人は即座に槍を構えた。
「なんの用だ」
「礼拝用の像を運ぶ荷車がなぁ。車輪片方壊れちまったんだ。道具とか材料とか、あまってたら分けちゃもらねぇか」
衛兵は一瞬顔を見合わせた。そしてすぐに槍を交差させる。
「お前達だけ特別扱いはできない。離れろ」
「そんな固ぇことを」
「帰れ!」
「……そう言われてもなぁ」
男は大きく息を吐き、不意にローブを跳ね上げた。
「だったらまあ、力ずくでもらうだけなんだが」
衛兵が声を上げるよりも早く、男が腕を横に薙いだ。
それを追うように深紅が飛び散る。倒れ伏した白銀の騎士には目もくれず、彼らは動いた。男を先頭に門を押し開け、ものも言わずに手近な騎士に襲いかかる。
さながら暗殺者のように、一人ずつ、確実に息の根を止めていく。
それほど厳重な警戒態勢ではなかったようだ。大半のイグニア騎士は彼らの姿を敵と認識する間もなかったことだろう。
「殲滅、ですか」
「向こうから降伏を示されない限りはな」
「アーシェラ。念のため言うが、迷うなよ」
「わかってる、エル」
「行くぞ。バルトサール中級騎士に続け」
いくつかの声が交差し、同時に赤が飛び散った。湿った空気のにおいに血臭が混じる。
水源を舞台とする戦いは、こうして再び幕を開けた。
* * *
【一部キャラクターをお借りしています】
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