【On Burnt Spring ・3】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
夜。班長報告から戻ったナーゲルがあまりにも難しい顔をしていたので、エリアスはマイクと顔を見合わせた。
「どうなりました」
「いや……なんというか。とりあえず明日から、4、5班はカースライドまで行くことになりそうだ」
「二班だけ、ですか」
エリアスはわずかに眉をひそめた。中途半端なことをするものだ。そんな思いが伝わったのか、やれやれとばかりにナーゲルが肩をすくめた。
「ゴールドウィン隊長からのご指示だ。うちのボスは、やるならもう少し人員を割いたらどうかと言ってたんだがな。まるで聞く耳持ってもらえなかった」
ボスというのはヴェルナーのことだろう。立場としては同じ上級騎士でも、指揮権を与えられたゴールドウィンがずいぶんと強気に出ているらしい。
「とにかく今夜はもういいとさ。明日も朝飯を食うくらいの余裕はあるだろう」
「……すみません、班長」
「うん?」
「可能なら、ボクは今夜のうちに出発してしまいたいのですが。差し支えありませんか」
切り出すとナーゲルが目を見張り、マイクもぱちぱちと瞬いた。
「一人で先に行くってことか?」
「そ、そんなに急がなくても……」
いや。急ぐ必要があるとエリアスは思っている。聖都での騒ぎが持ち上がってからどれほど経ったか。そろそろすぐにでも、何かが起きる可能性があるのではないか。
返答を待ってじっと見上げていると、少しの逡巡の後、ナーゲルは「ふむ」と唸った。
「そうだな。行っていいぞエリアス。俺は朝の班長報告をしてからでないと出られないんで、後から行くことになるが」
「! ありがとうございます」
「ええっ」
マイクが困惑の声を上げたのも無理はない。実を言えばエリアスも許可が下りる可能性は低いと思っていた。
作戦等で班が定められた場合は、通常よほどのことがない限りは班全員で任にあたる。そして、単独で任地に赴くというのは危険も大きく、何かあれば班長の責任ということになってしまう。もっとも反対されたとしても、夜のうちにカースライドを回り、朝までに戻るつもりでいたのだが。
「本当にいいのですか」
「ああ。さっきボスから、お前についていろいろ聞いてきてな。裏切り者を見破ってとっ捕まえたとかなんとか?」
「……ああ……」
先のアグリコラ戦でのことだ。ヴェルナーにそんな忠告はしたが、代わりに捕虜にとられそうになったところを助けられている。だから差し引いても借りという認識でいたのだが、あちらの評価はそれなりだったということか。
「何か考えあるならやってみろ。まあ問題を起こさない程度にはしてほしいが」
「わかりました」
「それとマイク、お前もできれば一緒に行ってくれないか」
「――え、えっ」
水を向けられたマイクがまん丸に目を見開く。ナーゲルが苦笑してその肩を叩いた。
「命令ってわけじゃないし、急なことだから無理にとは言わない。ただ、万一何かあったときの備えになるからな」
「ええと。……フローレンス」
少しためらうようにしてから、マイクは傍らで静かにたたずんでいた少女を見る。人化したドラゴンである彼女は、クールな無表情でうなずいた。
「必要ならば。行きましょう」
「そうですか? もともとは単独で行くつもりだったんですが……」
言いながら心の打ちで想定してみる。マイクが同行した場合、敵と遭遇したときに対処できるだろうか。
フォローしながら戦うことは、できるだろうか。
「いえそんな! やっぱりおひとりは危険ですし!」
「それとも私達が一緒では、何か不都合なことでもあるのですか?」
フローレンスにじっと見られ、少し考えて、エリアスは首を振った。
「いいえ」
「じゃあ決まりだな。いないことは適当にごまかしておく。頼むぞ、三人とも」
カッと同時に軍靴が鳴った。そうしてすぐに発とうと動きかけたところへ、ナーゲルが思い出したように声をかけてきた。
「もしそのままカースライドに留まるなら、南の森にあるタキトゥスの砦に向かえ。そこの指揮官とは顔なじみだ。俺の名前を出せば寝床くらい貸してくれるだろう」
「了解しました。ありがとうございます」
「気をつけてな」
ナーゲルと別れ、マイクとは半刻後に落ち合う約束をした。簡単に装備や携帯食を整えて竜舎へ向かう。ゲアマーテルはもう身を伏せて目を閉じていたが、近づくとすぐに首をもたげた。
「どうかしたの?」
「出ます。準備を」
「今から?」
本来は明日の朝からの出動予定だった。不思議そうにしつつ起きあがったゲアマーテルの、赤い目を見上げてふと思い出す。
カースライドで、多くの同胞が命を落としたことに嘆き、祈りを捧げていた姿。
かの地が再び戦地になったとすれば、彼女は怒るのか、悲しむのか――
……なぜ、急にそんなことを考えた?
軽く眉根を寄せて頭を振ると、ゲアマーテルが不思議そうに瞬いた。
「エリアス?」
「なんでもありません」
「? そう」
すぐに鞍をつけて空へ上がると、ちょうどマイク達も飛んでくるところだった。ヒトの時と同じ若葉の瞳のフローレンスは、ゲアマーテルより少し低い位置に留まり滞空する。二頭の体格は同じほど、歳はゲアマーテルが大分上だ。
「まずはタキトゥスの砦に向かい、偵察を行う旨の報告及び小休憩。その後カースライドを巡回し、帰営して仮眠。それでいいですか」
「了解しました。大丈夫です!」
「……それと、もうひとつ」
「はいっ」
目下の騎士と二人。故に指揮権は自分にある。
以前にも似た状況に立たされたことがあった。否応なく思い出すのは、あの時の記憶がひどく苦いものだからか。
「ナーゲル班長が合流するまではボクの指示に従ってください。その代わり、責任はすべて負います」
高度が上がり、風音で声が届かなくなってきた。マイクが手信号で『了解』と返し、エリアスは『前進』を指示した。
* * *
先んじてイグニアに潜行していたかの人が、ついに合流した。
焚き火を囲んでいた数十人の輪に、さりげなく、大柄な男と女性のような細身の人物が混ざる。どちらも他の者と同じく厚いローブで全身を隠している。二人を迎えた側はそこかしこで安堵と歓喜のため息を漏らした。
「お待ちしておりました」
「よくご無事で……!」
「予定通りだな。皆も、よく無事に集まった」
低く押さえているが凛とした声に、場の雰囲気が引き締まる。
実を言えば数名は欠けていた。それでも想定より多くの者がここへ到達できたのは、イグニアに仕掛けた攪乱がうまくいっているということだろう。
「静まれ。本題はこれからだ」
歓喜に沸く兵員をぴしりと黙らせてから、その声はわずかにやわらかくなる。
「ベリ中級騎士。ここまでの任務ご苦労だった。悪くない状況だ」
直に声をかけられたアーシェラは反射的に直立し、敬礼しかけた腕を傍らの相方に押さえられた。あわてて声を潜め、返答する。
「光栄です、レダ隊長!」
「アロンドラも無事運んでこられたようだからな。上出来だ」
「いやぁしかし、まさかここまでうまくいくとは思いませんでしたなあ」
気の抜けるような男の声に苦笑する気配が広がった。儀式用の彫像に偽装するこの方法を提案したのは他ならぬ彼だ。もっとも「こんなのはどうでしょう」と思いつきを口にしただけのようではあったが。
ともかく今は夜が明けるのを待ち、奇襲をかけて、砦をひとつ落とす。それでやっと第一段階終了だ。
「未だイグニアにこの周辺を警戒する動きはない。だが時間の問題だろう。くれぐれも油断をするな」
それだけ告げると、レダは一人天幕に入っていった。
後に残った大柄な男は、ローブの上から頭を掻き掻き、布をかぶせられた台車に歩み寄った。
「よくこれで誤魔化せたもんだ。よっぽどあわててるんだなぁあちらさん」
「……バルトサール? そこにいらっしゃるの!?」
布が動き、その下から興奮した鼻息が聞こえた。
男は――アグリア中級騎士バルトサール・ラケルマンは、パートナードラゴンのアロンドラに対してさも面倒くさそうに「おー」とだけ答えた。そこへ運搬担当の若い騎士があわてて布を押さえにきた。
「もう少し、あと少しだけ静かにしてくれアロンドラ。たのむ」
そう言う彼もまた少しばかり浮き足立って見える。アーシェラも、また。
「もうすぐ、戦いが始まるのね――」
今回の任務はやや特殊だ。それでも戦闘は避けられないだろう。
先のカースライドの戦いに参加したアーシェラは、複雑な思いを抱えて唇を噛む。その背中を、パートナーのイェルディスがぽんぽんとたたいてくれた。
夜明けまで、もうそれほど遠くはない。
* * *
【一部キャラクターをお借りしています】
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