【On Burnt Spring ・2】
聖都イグニア:イベント
11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』
※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。
翌日からドラゴンが聖都の空を飛んだ。効果は確かにあったようで、ゴールドウィンのもくろみ通り、騒ぎは目に見えて激減した。
が――落ち着いたのは初日だけだった。
二日目にはもう勢力図が書き変わり、急激に人間主義者の声が高くなった。それに伴って尊竜派も反発を強め息を吹き返す。またも堂々巡りで、しかも一度下火になった反動なのか、以前よりも深刻な事態に発展するケースが増えた。
「ゲアマーテル。下りてください」
広場で乱闘が起きている。見つけてしまえば放っておくわけにもいかない。素早く見渡すと、ちょうどこちらへ向かってくるマイクの姿もあった。
「ゲアマーテル」
「ええ」
先に広場の真上へ到着したところで、ゲアマーテルは突如、咆吼した。炎を吐いたかと思わせるほど猛々しい迫力に、取っ組み合っていた人々がぴたりと止まる。
その頭上すれすれにゲアマーテルを滞空させたままエリアスは声を張った。
「全員、退去してください。ここは諍いのための場所ではありません」
すると集団の中の三分の一ほどが、凄まじく険しい目つきでこちらを見上げてきた。
「イグニア騎士か」
「ドラゴンを重用し、ヒトの尊厳を軽んずる不埒者……!」
――嫌竜派か。よりによって。
思わず内心で舌打ちする。彼らは『ドラゴンとは悪魔の化身であり、ヒトは悪魔にうち勝たねばならない』と主張する一派であるため、ドラゴンでの威圧は逆効果だ。
応援を呼ぶよう手信号でマイクに指示し、ゲアマーテルの背から飛び降りる。手にした半棒を威圧と取ったのか――実際その意図もないわけではなかった――衆目すべてがエリアスに集中した。
「少し、質問してもいいでしょうか?」
口調は極力穏やかに。棒は後ろ手にして決して上げないように。
ほとんどは武芸に関して素人のはずだが、二十人ばかりを一人で相手にするのはさすがに荷が重い。むやみと刺激しない方が得策だ。
「どうしてこのようなことに? 何があったんですか?」
「それは、こいつらがっ」
「お前達こそ!」
「落ち着いてください。話は順番に聞きます。まずはあなたからお願いできますか」
あちらこちらで同じようなやりとりがあった。かなりうんざりしながらも表情には出さないようにして、手近な若者に目を向ける。
「どちらの教派の方ですか」
「お、おれは『スティーリア』だ、だからどうした!」
犬が毛を逆立てるような反応は、彼が挙げた名から納得できた。『スティーリア』は信徒が極端に少ないものの、邪教として有名な嫌竜の一派だ。拝竜が多数を占めるイスタールにあっては迫害にも近い扱いをされるため、警戒心が強く、信徒同士の結束は硬い。
それを知っていたエリアスは、彼に精一杯のやわらかな笑顔を向けた。
「咎めるわけではありません。とにかく、お話を聞かせてはいただけないでしょうか? そうでなければ判断もできません」
低姿勢に出た甲斐はあった。彼は緊張が解けたようにくしゃりと顔を歪めた。
「――『ユグドラシル』が! スティーリアの教会を破壊する計画を立てていたんだ! おれ達はそれを止めようとしただけだ……っ!」
「そんな計画あるはずがない! 我々を害するため、貴様らがでっちあげた口実に決まってる!」
即座に中年のまるまるとした男が叫び、途端にわっと喧噪がよみがえった。
こうなるとまともな話すらできない。皆が皆己の主張をまくしたてるばかりで聞く耳など失っている。双方のあまりの剣幕に物理的な頭痛さえ覚えた。
それにしても――妙だ。
「お前もッ、結局はおれ達を疑うんだろ! いつだって勝手に悪者にされんのはおれ達の方だ!!」
「――ゲアマーテル!」
若者がつかみかかろうとするのをかわして呼べば、すぐに空から羽音が近づいた。ゲアマーテルの鉤爪につかまりそのまま上昇する。怒りの声を聞いたようにも思うが、一切無視して広場の向こうを見やった。ちょうどマイクとフローレンスが戻ってきている。その下方に白い隊服の一団も見えた。この場の騒ぎはひとまずなんとかなるだろう。
「エリアス、怪我はない?」
「ええ……」
心配そうなゲアマーテルへの返答もついぞんざいになった。深く息を吐いてからなんとか気を取り直し、スティーリアの言を思い返す。
『勝手に悪者にされるのはおれ達の方だ』。そう彼は吐き捨てた。少数派故に汚名を着せられることが多いというのは、エリアスにも理解できる。
だからこそ、こんなところまで彼らが来ていることの意味が気になった。弱い立場の彼らがこれほどまでに派手な行動に出たからには、それなりに根拠のある情報があったはずだ。ユグドラシルが教会を襲撃する計画、だったか。しかしユグドラシルの男はそれを否定した。
『ユグドラシル』の方は、最も勢力のある拝竜教だ。彼らがわざわざ弱小の教派を襲撃する理由は、意味はあっただろうか。もちろんないとは言い切れないが。
本当のことを言っているのは、果たしてどちらか。はたまたどちらも嘘なのか。
「せわしないわね。これでは本来の任務を果たせそうにないわ」
頭上からゲアマーテルの声が聞こえた。同感だった。飛竜隊は本来、アグリアの伏兵を探し出すために組織されたはずが。結局のところ以前と同じく、教派対立絡みの鎮圧に駆り出されている。
これでは、伏兵を探すどころではない――
「……伏兵を……探させない?」
不意に脳裏で何かが閃いた。
聖都での騒動に乗じてアグリアが潜入した、今まではそんな認識だった。しかし偶然起きた騒動に乗ったのではなく、騒動を『起こさせた』と考えてみてはどうだろう。
仮にアグリアが火付け役だったとした場合、見えてくるものがある。宗教者達が集結している場所は聖都の他にもう一箇所ある。が、そちらでは大がかりな事件が起きていないので放置したままだ。
かの地ははたして無関係だろうか? 聖都のみに目を向けたままでいいのか? もしかしたら――アグリアの思うつぼになってはいないだろうか?
「あの人数の中に、少人数ならば。簡単に紛れ込んでしまえる……」
根拠はない。ただし可能性のひとつとして、エリアスはその地を脳裏に刻んだ。
水源カースライド。それが敵の目指す地ではないかと。
* * *
「ああそうだ。そもそもアグリアが連中を煽っている可能性がある。だとすれば指揮官はかなりの切れ者だぞ。絶妙のタイミングで絶妙に各教派を揺さぶってきているからな」
そう言ってアルバートは苦笑いをした。背後の窓に映る空はそろそろ仄暗く、夕陽のオレンジが金の巻き毛に輝きを添えていた。
団長室の重厚な色の机を挟んで菫の視線の先にいるのは二人。ヴェルナーとジークだ。軽く目を見開いたジークの横で、ヴェルナーは静かにうなずいた。
「つい先ほど、俺の部下もそのようなことを。もう少し索敵の網を広げ、カースライド方面の連中を同じように警戒すべきではないかとも」
「少しばかり頭を使えば気づく奴もいるだろう。見習え、ソルダート」
「……」
憮然とするジークを鼻で笑い、アルバートは机上で指を組んだ。
「さて。そこでまずはツィーエルを筆頭にカースライドにも――と、言いたいところだったんだがな。わずかばかりの障害のためにそうもいかないのが頭の痛いことだ」
「障害?」
「貴族のご令息が頑として譲らん。『拝命した以上は下々の者の手を借りずとも、貴族の誇りに賭け聖都警護を完遂する所存』なんだと。志高いのは結構だが、おそらく――」
今回はゴールドウィンの手に余る。
そんな言外の言が聞こえたようだった。ゴールドウィンも一隊の指揮を執る程度の能力は備えているのだが、育ちの良さが徒となってか、戦術が綺麗すぎる。自在に人心を操り攪乱してくるような知将の相手には少しばかり足りない。
とはいえ彼の生家である男爵家は、騎士団への多額の出資をしている。それでぞんざいな扱いもできない辺りが団長の悩みの種なのだろう。
「ゴールドウィン上級騎士はおいおい説得する。ツィーエル、すぐ飛べるよう準備しておけ。もうそろそろ大きく動いてもおかしくないぞ。ソルダートお前もだ」
「了解しました」
ジークとヴェルナーはぴしりと敬礼した。
それにしてもとジークは密かに眉をひそめる。「下々」とはヴェルナーのことを言っているようだが――実際彼にはスラムの生まれという噂がある――そんなことで線引きをしている場合だろうか。この手の階級意識の強さはいまだ疑問に思う。アグリアでもそんな意識の持ち主がいないではないが、比較してイグニアのそれはより根が深く、いっそ呪縛のようだ。
そんなことを考えつつ横目にヴェルナーを見ると、特に気にするでもなく涼しい顔をしていた。ならば自分が口をはさむこともないか。
「何か?」
視線に気づいたらしいヴェルナーに問われ首を振った。どこかで支障が出なければいいがと、それだけは気にかけながら。
* * *
暗い砂利道を大きな荷台が通る。馬四頭に引かせるそれはずいぶんと大きく重そうで、かの水源を目指す人々の目を引いた。
「おじちゃん、それはなに? 大きいね!」
好奇心旺盛な少年が、目をきらきらさせながら荷台に寄り添う男に尋ねた。頭からすっぽりとぼろ布をかぶった男は、少し固い声で少年を制した。
「近づいてはいけないよ。これは大事な礼拝用の彫像だ」
「ふうん? なんだかドラゴンみたいな形だね」
「よくわかったね。ドラゴンの形だ。我々は拝竜教だから」
「はいりゅー、わかるよ! ぼくもはいりゅうだよ! 同じだね!」
少年ははしゃぎながら両親に報告に行ったようだった。男が深くため息をついた時、かさりと、『彫像』にかけた布が動いた。
「ちょっと。いつまでこうしていればよろしいのかしら?」
うんざりした響きを隠そうともしない少女の声。男はあわて気味に周囲の様子を窺った。
「明日まで辛抱しろ。合流するまでは、お前は『彫像』だ」
「せめて彼が一緒ならいくらでも耐えられますのに……」
しかし彼女も、今は大事な時とわかっているのだろう。それきり何も言わなくなった。
男は再び安堵の息を吐き、星の見えない空を仰いだ。
この分だと明日も雲がかかる。
見通しが悪いほどに、こちら側には都合が良かった。
* * *
【一部キャラクターをお借りしています】
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